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第49話『鉄道検定』

■ 鉄道検定


 地球一家6人は、空港からバスに乗って大きな鉄道駅に到着した。駅の改札付近は、大勢の乗降客で混雑している。タクが地球一家5人のもとに駆け戻ると、さっそくジュンが叱りつけた。

「タク、どこへ行っていたんだ。こんな人混みの中で迷子になったら探すのが大変だぞ」

「ごめんなさい。電車の時刻表をもらってきたんだ」

「タクは、地球を離れても相変わらずの鉄道マニアだな」


 その時、二人の若い男性が近づいてきた。今日のホストは双子の兄弟で、兄のビストと弟のガストだ。

「タク君は鉄道マニアなのかい? 僕と友達になれそうだな」とビスト。

「地球の皆さんですね。初めまして。今日は僕たちの家に泊まっていただきます」とガスト。

「お迎えありがとうございます。どうぞよろしく」と父。

「僕たちは郊外の静かな町に住んでいます。ここから電車で一時間です。行きましょう」

 ガストがそう言って先頭を歩き出すと、ビストと地球一家6人は後に続き、郊外に向かう電車に乗り込んだ。満員電車だったが、運良く全員座ることができた。


 4人掛けのボックス席にホスト兄弟、ミサ、タクが座った。

「お二人とも働いていらっしゃるんですか?」

 ミサが尋ねると、ガストが答えた。

「いいえ、二人とも大学生で、今年卒業します。この地域に二つの鉄道会社があります。N鉄道とS鉄道です。兄はN鉄道から内定をもらいました。そして僕はS鉄道から内定をもらって、二人とも今年から働けることになっていたんですが……」

「何か問題でも?」

「なんと、その鉄道会社同士が合併することを発表したんです」

「一つの会社になるということですね」

「はい。明日、いよいよその大会社が誕生します」

「へえ、奇遇ですね。二人そろってその大会社で働くことはできないんですか?」

「駄目なんですよ。この星では、兄弟が同じ会社で働くことは禁止されています。もし既に働いていたのであれば、やめさせられることはなかったでしょう。けれど、僕たちの場合はまだ内定の段階でしたから、二人のうち一人の内定が取り消されるんですよ」

「それは不運ですね。二人のうち、どちらが?」

「それは、明日決まります。今日、二人で鉄道検定試験をコンピューターで受けることになっています。この試験の結果で決めると言われていて……」

「二人とも、自信の程はどうですか?」

 ここで、無言で聞いていたビストがようやく口を開いた。

「僕は、ばっちりだよ。負けるはずがない。そもそも僕はN鉄道の入社試験の時に一度、鉄道検定を受けているんだ。そして、千点満点で990点の高得点を出せた。何回受けても同じくらいの点数は出せるよ」

 ビストが胸を張ってガストのほうを見ると、ガストは気弱そうに話した。

「僕はあまり自信がありません。兄のような鉄道マニアではないし、S鉄道の入社試験にも筆記試験はなくて、面接だけで受かったんです。もちろん鉄道検定を受けるのも初めてです。合併の発表があってから、一か月間必死に勉強はしたんですけど……」


 ガストは、バッグから一冊の本を取り出した。タクが興味深そうに尋ねる。

「その本は?」

「過去に出題された試験の問題集です」

「どんな問題が出るのかな。ちょっと見ていいですか?」

 すると、ビストはガストから本を奪い取り、タクによく見えるように本を開いて指さしながら説明した。

「例えば、こういう問題がよく出るよ。『この国で最も大きな駅から最も小さな駅までの走行距離はおよそ何キロメートルか。次の中から選びなさい』」

「クイズみたいな問題ですね。引っかかりやすいのかな。例えば、大きな駅というのが駅のホームの大きさだったりして」

「いや、そこは引っかけ所ではないよ。大きな駅というのは、一日の平均乗降客数が最も多い駅という意味で、注意書きにも書いてある」

「乗降客数が一番多い駅ってどこなのかな?」

「僕たちがこの電車に乗った駅だよ。中央駅といって、この星で最大の駅だ。逆に、今向かっている駅、つまり僕たちの家の最寄り駅が一番小さな駅だよ。普段、うちの家族以外に乗り降りしている人を見たことないからね」

「所要時間は一時間と言ってましたね。この電車は時速60キロくらいだから、3番の60キロが正解かな」

「さすがタク君、正解だよ。君とは仲良くなれそうだ」

 ビストはタクと握手をした。ミサは兄弟二人に向かって言った。

「鉄道検定試験、がんばってくださいね」

「がんばらなくても楽勝だよ」とビスト。

「あら、じゃあ私はガストさんを応援するわ。がんばってください」とミサ。


 その時、電車が途中駅に停車し、一人の年配の男性が乗り込んできた。彼はビストの姿に気付くと、さっそく声をかけた。

「おー、ビスト君じゃないか。久しぶりだな」

「N鉄道の人事部長! ご無沙汰しています。いよいよ明日は合併ですね」

「そうだね。私もしばらくは大忙しだよ」

 人事部長は、ビストの隣に座るガストの姿も目に入った。

「君が、弟のガスト君か」

「はい。よろしくお願いします」

「こんなことになってしまって本当にすまないが、君たちのうち一人しか採用できないのは、私としてもどうしようもないことなんだ。二人とも鉄道検定試験、がんばってくれたまえ。明日の朝一番で採点するから、今日中に受けておいてくれよ」

 人事部長はそう言い残すと、近くに空席を見つけ、去っていった。

「あの人が人事部長か」とガスト。

「同じ沿線に住んでいるらしいよ」とビスト。


 やがて、電車は終点の駅に到着し、ホスト兄弟と地球一家はホームに降り立った。空気がとてもきれいだ。ここが一番小さな駅か。本当に人の気配を感じない。

「さあ、我が家まで歩きましょう」


 ビストは、並んで歩いているタクに語りかけた。

「どうだい、タク君。都会の大きな駅もいいけれど、こういう小さな駅にこそロマンがあり、ドラマがあるんだ」

「僕にもその気持ち、わかります」

「そうかい。それは、僕も君も心から鉄道を愛している証拠だよ。実は、この駅はあまりにもさびれているから、取り壊して路線も廃線にするといううわさが出ているんだ。でも、僕が入社したら絶対にそんなことはさせない」


 一方、ガストはミサと並んで歩いた。

「僕は、兄ほどの鉄道の知識がありません。でも、内定を取り消されたら行ける所がなくなってしまいます。正直、鉄道会社じゃなくても、どこでもよかったんです」

「せめて鉄道検定、ベストを尽くしてください」


 家に到着すると、ホスト兄弟はそれぞれのコンピューターで鉄道検定の受験を始めた。

 やがて二人は、同時に試験を終えて部屋を出てきた。ガストがビストに言う。

「人事部長は明日の朝一番で確認するとおっしゃっていたな。明日中に結果が出るかな」

「知らないのか。鉄道検定には人工知能による自己採点機能が付いているんだぞ。今すぐ採点してみよう」


 兄弟が部屋に戻ると、ミサとタクも心配そうに後を追って部屋に入った。

 まず、ビストの自己採点結果が表示された。

「僕は今回も990点だ。君はどうだい?」

 次にガストの自己採点結果が表示された。995点だった。

「勝った。兄さんに勝った。まさか……」

「やるな。たった一か月間の勉強でここまでできるようになるとは、恐れ入ったよ」

「負け惜しみ言わないでほしいな。正々堂々と試験を受けたんだから。勝ちは勝ちだよ」


 ところが翌朝、ガストがコンピューターを見ながら叫び声をあげた。

「なぜだ? どうしてこんなことに……」

 ミサとタクが心配そうに部屋に入った。ガストは不思議そうに言う。

「念のため、もう一度自己採点をしてみたんだ。そうしたら、990点に下がっている。なんで5点減ったんだ?」

 ビストも、隣の机で自分のコンピューターを操作し、ガストに向かって言った。

「予想どおりだ。僕の自己採点結果は、995点。5点増えて、逆転勝利だ」

「そんなことってあるか? 同じ試験の採点をしているだけなのに、点数が変わるなんて」

「まだ気付かないか。問題は同じでも、昨日から今日にかけて答えが変わったんだよ」

「昨日から今日にかけて? 確かに鉄道会社は合併したけど、会社に関する問題は出題されていなかったぞ」

 ガストは、そう言って試験問題を一つずつ確認し始めた。そして、一つの問題が表示された状態で手を止めた。

「この問題を間違えたのか。一番大きな駅に関する問題だ。なぜだ? 会社が合併しても、一番大きな駅は中央駅のままで変わらないだろ?」

「ガストは詰めが甘かったな。一番大きな駅というのは、乗降客数の最も多い駅だ。でも、同じ鉄道会社の路線に乗り換える人数は含まれないんだ。注意書きにも書いてあるぞ」

「あ、そうか。中央駅は乗り換える人が特に多い駅だ。合併したことによって、N鉄道とS鉄道の間で乗り換える人数が乗降客数に含まれなくなった。だから今日から、一番大きな駅ではなくなったということか」

 ニヤリと笑うビストと、がっかりした表情のガストが、食卓のテーブルに座った。


 その時、玄関のチャイムが鳴った。入ってきたのは鉄道会社の人事部長だ。彼は食卓に入り、テーブルの上に書類を乗せながら言った。

「おはよう。鉄道検定の結果を、さっそく確認させてもらったよ。そして、採用通知を直接届けに来た」

 人事部長の視線は、ガストのほうに向けられた。

「弟のガスト君。君が合格だ。おめでとう」

「僕が? どうして……」

 ガストの驚きの表情の横で、ビストもいっそうの驚きの表情をあらわにした。

「人事部長。本当に今日の朝、確認されましたか? 僕のほうが高い点数だったでしょう?」

「確かに、ビスト君のほうが高得点だった。しかし、入社してほしいのはガスト君のほうだ。私は、点数が高いほうを入社させるとは一言も言わなかったはずだ。私の方針は逆で、点数の低いほうを入社させるつもりなのだ」

 ビストがぼう然としていると、人事部長はさらに話し続けた。

「いいかね、ビスト君。鉄道検定の点数が高い人ほど、鉄道マニアの傾向がある。でも私は、鉄道マニアの人間を入社させたくないんだ」

「どうしてですか?」

「私が採用したいのは、将来の経営者候補だ。我が社は、合併しなければならないほど経営が苦しくなってきている。経営状態を改善させるには、例えば小さな駅を取り壊したり、路線を廃線にしたりするなどの思い切った対策も必要だ。ところが鉄道マニアの連中ときたら、小さな駅にこそロマンがあるだのドラマがあるだのと主張して、鉄道を愛する気持ちを会社の利益よりも優先させてしまうんだ」

「おっしゃっていることは一理あると思います。それでも、点数が低いほうが合格というのは、どうしても納得がいきません」

「まあ、怒らないでくれたまえ。これは私が何十年も続けている方針なのだ。それに、ビスト君が言うとおり点数の高い順に合格させていたとしても、君は不合格だよ」

「え、どうしてですか?」

「ビスト君は、入社試験の時に990点を取って誇りにしていたようだが、大した点数ではない。君以外の学生はみんな満点を取っていたよ。だから私が落としたのだ。君に内定を出したのは、君が受験者の中で最低点だったからなのだ」

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