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第47話『やりたくないんです』

■ やりたくないんです


 地球一家6人は、目的の星に到着するとすぐに空港の近くのギフトショップに立ち寄った。店内にはこの星の特産品などが置かれていたが、照明がついていなかった。入口付近で6人がとまどっていると、後ろから女性が声をかけてきた。

「ごめんなさい。今日はお休みなんです。やりたくないので」

 お休みとは、残念。でも、やりたくないとは?

「私、今日はお店をオープンしたくないので」

 オープンしたくないと言われてしまうと、返す言葉もない。一家は歩き出した。


 ホストハウスまで歩くには、少し遠い。車道に出ても、タクシーが通る気配がない。しばらく歩くと、タクシーが何台も止まっている建物が目についた。タクシー会社の営業所のようだ。

 一台のタクシーの運転席で、運転手の男性が眠そうに座っていた。ジュンがおそるおそる声をかけた。

「タクシーに乗りたいんですけど」

「申し訳ない。今日は運転したくないから」

「どうしても乗りたいんです」

「こっちだって、どうしても乗せたくないんだ」

 ぶっきらぼうな返事に対してこれ以上交渉する気力は失せたため、地球一家は仕方なく最後まで歩くことにした。


 今日のホスト夫妻は、レストランを経営しているらしい。おいしい食事を頂けるかな。楽しみだ。

 ところが、家にたどり着くと、店のシャッターが閉まっていた。残念ながら閉店か。6人を出迎えたホスト夫妻は、どことなく元気のない表情だ。

「レストランをやっていると聞いていたのですが、今日はお休みなんですね。私たちが泊まりに来ているからですか?」

 母が尋ねると、HMが答えた。

「いいえ、そういう訳ではないんです。今日は料理をしたくないんです」

 地球一家は、耳を疑った。HFも重ねて言った。

「今日は作りたくないんです」

 地球一家の目には、ホスト夫妻がますます無気力であるように映った。


 その時、娘のエムラが階段を下りてきた。去年から会社で働いているらしい。

「今日はお休みの日ですか?」

 母が尋ねると、エムラは答えた。

「休みの日ではないのですが、私は休みました。今日は会社に行きたくないんです」


 次にリビングに入ってきたのは、息子のアモロだった。ミサが尋ねてみた。

「学校は、今日はないの?」

「学校は休みました。行きたくないので」

 地球一家には、ホスト4人の表情に活気がないように感じられた。


 客間に入った地球一家は、ホストファミリーの特徴について話し合った。

「一家そろって『やりたくないんです』とは、なんという無気力一家だ」とジュン。

「一家だけではなさそうだぞ。空港の店員やタクシー運転手を思い出してみろ」と父。

「この星はきっと、無気力な星なのね。無気力症候群と呼ぶべきかな」と母。

「僕たちは、いったいどうふるまえばいいんだ?」とジュン。

「この星の人たちが気力を出せるよう、微力ながら協力してあげたらいいかしら」

 ミサがそう言うと、父は否定した。

「いや、違うと思うよ。今回の我々の旅行の合言葉は、あくまでも『郷に入っては郷に従え』だ。我々も、この星の人たちと同じように無気力に過ごすんだ。どうしても観光したい所はあるか? 特にないだろう」


 HFが客間のドアを開け、6人に声をかけた。

「まだ明るいですよ。どこかにお出かけなさいますか?」

「いいえ、どこにも出かけたくないんです」

 父が試しにそう言うと、HFはそっけなく答えた。

「あー、そうですか」


 そして翌朝、地球一家6人が客間から出ないため、今度はHMが父に尋ねた。

「今日も、お出かけはしないんですか?」

「はい、今日も出発の時刻まで全員でこの部屋でぼーっと過ごします」

「そうですか。わかりました。10時にタクシーを呼んでありますから、それ以降の時間に予定を入れないでくださいね」

「大丈夫ですよ。どこへも行く気はありませんから」

 こうして地球一家は、引き続き客間に籠もっていた。


 一時間以上も窓の外を眺め続けていたミサに、ジュンが声をかけた。

「ミサはさっきから何を見ているんだ?」

「あまりにも退屈だから、通りを歩く人の様子でも観察しようと思ったの。でも、誰一人通らないのよ。しかも、どの家からも誰一人出てこないわ。休日だというのに、みんな家でだらだら過ごしているのかしら」

「ぐうたらの星だからね」

「私、じっとしていられない性格なのよ。隣の家の様子を見てくる。ジュンも一緒に行かない?」

「僕は、出発の時間までこの部屋から出ないと決めたから」


 ミサは一人で隣の家に行き、玄関のドアを半分ほど開けると、女性がすぐに中から出てきた。

「おはようございます。私はミサといいます。地球からの旅行者で、隣の家にホームステイしています」

「あー、地球の方ね。話には聞いています」

「この星のことに興味があって。少しだけ、お部屋をのぞかせてくれませんか?」

「それはちょっと困るわ。片付いていなくて」

「そうですよね、突然すみませんでした。今、何をしているんですか? 教えてください」

「何をしているかって、それは、何もしていないわ。何もせず、ぼーっとしていたところ」

 女性の受け答えがしどろもどろになっていった。話はここで打ち切り、ミサは退散した。


 ミサがホストハウスに戻ると、ホスト夫妻がちょうどリビングから出てきたところだった。HMは慌ててドアを閉めた。二人の様子がなんとなく変だと思い、ミサは尋ねた。

「どうしたんですか? 何をしていたんですか?」

「私たち、何もしていないわ」

 HMがそう言うと、HFもうなずいた。


 ミサは客間に戻り、地球一家に言った。

「この星の人みんなのことが心配になってきた。隣の家の人もホスト夫妻も、朝から何もしていないって。休みの日でも、普通は何かするでしょ。趣味の一つもないのかしら」

 これに対して、母が言った。

「それがこの星の特徴だということは確実だから、今さら心配はしないけど、アモロ君のことだけは少し心配ね。早く学校に行けるようになってほしいわ」

 父も母に同意した。

「そうだな。どうして不登校になったのか、話を聞いてみようか」


 地球一家がダイニングに行くと、アモロはテーブルに置かれたコンピューターを操作していた。母は、単刀直入に尋ねてみた。

「アモロ君は、どうして学校に行きたくないの?」

「そのことなんですけど、今ちょうど電子メールが届きました。明日からは『学校に行きたくない』ではなくて『学校に行けない』に変わりました」

「どういう意味?」

「この間、簡単な血液検査を受けて、病気の可能性があるとわかったので、精密検査を受けて結果を待っていました。結果が出るまでは、学校に行ってもかまわないと言われていましたが、念のためと思って、僕の判断で学校を休んだんです。そして今、精密検査の結果を知らされました。やはり、僕は病気にかかっていました」

 それを聞いて、アモロに近い位置に立っていたジュンが後ずさりした。

「ジュンさん、大丈夫ですよ。病気といっても、感染症ではありませんから」

「いや。学校に行きたくないと聞いて、てっきり不登校なのかと思って。詳しく話してくれればよかったのに。つまり、『行きたくない』というのは、単に言葉使いの問題だったんだね」

「地球では、こういう言い方をしないんですか。この星では、これが普通の言い方です。『行かない』を場合分けすると、『行きたくない』か『行けない』か、どちらかなので」


 ダイニングにホストファミリー全員が集まった。

 エムラが昨日会社へ行きたくないと言った理由を尋ねると、次のような返答だった。

「会社に行きたくないと言ったのは、交通機関のトラブルがあって、行こうと思えば遠回りして半日くらいかければ行ける状況だったんです。行くか行かないかは各自の判断と言われていましたので」

 ホスト夫妻が昨日レストランをやりたくないと言った理由については、HFが答えた。

「昨日は、どうしても食材がそろわなかったんですよ。開店してはならないという法律などはないので、『やりたくない』と表現しました。今日は、問題なく開店できますよ」

 これで全て納得がいった。


 父はこの時、心の中で5年前の出来事を思い出していた。まだタクが幼かった頃、父とジュンとタクの3人は、11時頃に早めの昼食をとるため、近所の喫茶店に入った。タクは、メニューに載っていたカレーの写真を指さして注文した。しかし、女性の店員は言った。

「ごめんなさい。そのカレーは、午後からのメニューなんです」

 よく理解できず、ぽかんとしているタクを見て、ジュンがすかさず教えた。

「タク、残念だけど、カレーは食べられないよ」

「どうして?」

「今は作りたくないんだって」

「そうか、作りたくないのか」

 この会話を聞いて、店員はあせった様子を言葉に表した。

「いえ、作りたくないというのではなくて……」

 しかし、大人びてきたジュンは、店員に反論した。

「別に国の法律やルールで作ることができないのとは違いますよね。この店の都合ですよね。だったら、『作りたくない』で合ってますよね。小さい子にわかりやすく説明しなきゃいけないんですから」

 その様子を、父はほほえましく思いながら黙って見ていた。


 父は、この思い出話を現在のジュンとタクに話したが、二人とも全く記憶にない様子だった。

 地球一家は、ここが無気力の星だと勘違いし、それに合わせて何もせずにだらだら過ごしたことを後悔したが、既に手遅れだ。時計が10時を指した。父がHMに言う。

「まもなくタクシーが来る頃ですね」

「うそをついてすみません。本当は、あと1時間後です。タクシーの予約時刻は11時なんです。空港に行くには、それで間に合います」

 その時、玄関から10人くらいの人たちが入ってきた。HFが言う。

「今から、地球の皆さんのために歓迎パーティーを開きます。この近所の人たちにも集まってもらいました。地球の皆さんはこの家から一歩も出たがらないのですが、我々としては、せっかくいらっしゃったのだから、この星のことを少しでも知ってほしいと思い、このパーティーを企画しました」


 まさかのサプライズパーティーだ。ホストと近所の人たちは、地球一家のために、この星の歴史、名所、文化などについて、写真や絵なども使ってかわるがわる発表した。

 その中に、隣に住む女性がいた。発表の準備をこっそりしている時に突然ミサが入ってきて困ったらしい。それはホスト夫妻も同じで、ミサに見つかりそうになって動揺していたのだった。

 地球一家が発表を聞いて楽しんでいるさなか、HFがHMにささやいているのが聞こえた。

「地球の皆さんがあまりにも無気力なのでずっと心配していたが、パーティーに参加してもらえて、発表もちゃんと聞いてくれているようで、本当によかった」

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