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第46話『サンタサンタさん』

■ サンタサンタさん


 地球一家6人が今日お世話になるホストファミリーは、6歳の少年マバロと母親の二人家族だ。決して裕福ではないが、6人泊まれるくらいの大部屋があるらしい。


 夜が深まり、マバロは先に子供部屋に入って眠りに落ちた。リビングで地球一家は、この星にまつわる話をHM(ホストマザー)からいろいろと聞いた。


「ところで今夜は、子供たちにとっては年に一度の特別の夜です。サンタサンタさんと呼ばれるおじいさんが、眠っている間に枕元に来て、プレゼントを置いてくれるのです」

 HMがそう言うのを聞き、ミサが聞き返した。

「サンタサンタさん? サンタクロースじゃなくて?」

「サンタクロース? それは聞いたことがありません」

「地球では、12月24日の夜中にサンタクロースが来て、枕元にプレゼントを置いていってくれるんです」

「この星のサンタサンタさんと同じですね。驚きです。それで、サンタクロースというのは、本当にいるんですか?」

 HMにそう言われ、地球一家は顔を見合わせた。

「うーん、僕はいないと思うな」とジュン。

「私はいると思うけど。タクは?」とミサ。

「僕は信じているよ。リコも信じているよな」とタク。

「サンタクロースは本当にいるよ」とリコ。

「それで、本当はどっちなんですか? サンタクロースは実在するんですか?」

 HMの質問に対して、誰もが口をつぐんでいると、HMは再び話した。

「失礼しました。話を変えましょう。この星の場合は、サンタサンタさんというのは実在しません。子供たちは本当にいると信じていますが、実際には、子供たちの親がプレゼントを買って、枕元に置いてあげるんですよ」


「それで、マバロ君には何を買ってあげたんですか?」

 ジュンが尋ねると、HMは肩をすくめて答えた。

「今、まだ悩んでいるんですよ」

「え、まだ買ってないんですか? 明日の朝に間に合うんですか?」

「大丈夫です。通信販売で注文すれば、夜でも一時間で届くんですよ。それに、候補はある程度絞ってあります。まずは、マバロが枕元の靴下の中に、欲しい物を書いたメモを入れているはずなので、それを確認します」

 枕元の靴下か。ますますサンタクロースと同じだ。

「彼は、普段から電子ゲームが欲しいと言っています。電子ゲームは値段が高いので、買ってくれというおねだりはしません。我が家が裕福でないことを彼は気にしてくれているからです。でも、サンタサンタさんからもらえるのであれば、家が金持ちかどうかは関係ありませんから、靴下のメモには『電子ゲーム』と書く可能性が高いです」

 なるほど。ということは、プレゼントは電子ゲームで決まりかな? そう思っていると、HMはさらに話し続けた。

「しかし、彼はサンタサンタさんが実在しないことを既に知っている可能性もあります。学校に通うようになって、お友達や上級生から本当の話を聞いているかもしれません。その場合は、親の私がプレゼントの代金を払うことを知っているわけですから、遠慮して安い品物を希望するでしょう。彼は電池で動くロボットが好きなので、『ロボット』と書くかもしれません」


「ということは、プレゼントは、靴下のメモを見て、電子ゲームかロボットか、どちらにするかを決めるということですね」

 ミサがそう尋ねると、HMはさらに否定した。

「いいえ、実際に私が何をプレゼントするかは、話が別です。親心としては、おもちゃではなく、勉強になる物を買い与えたいんですよ。普段から『サンタサンタさんは文字が読めないから、希望どおりの物はもらえないかもしれないよ』と言っていますし」

「なるほど。それで、勉強になるプレゼントというのは?」

「電子百科事典がいいと思っています。値段は高いですが、それだけの価値がある商品です」

 電子百科事典は、確かに勉強になるのでプレゼントにもってこいだ。

「ただし、マバロがサンタサンタさんがいないことを知っている場合は、私がそんなに高価なプレゼントを買ってしまうと、我が家が貧しいことをますます気にしてしまうことになるでしょう。ですので、その場合は、電子百科事典ではなく、もっと安い科学の本をプレゼントにしようと考えています」

 家が貧しいことをそこまで気にしてくれる子供も珍しい。まだ6歳なのに、しっかりしている。


「マバロは、一緒にスーパーに買い物に行くと、お肉は一番安いのでいいと言うんです。彼の栄養のことを考えると、もっと高いお肉を買ってあげたいんですけど、安いのにしてくれと言ってきかなくて。お肉だけではありません。何を買う時でも、もっと安い物でいいよって、そればっかり……」

 HMがこのように話している間、ジュンとミサは背後に人の気配を感じていた。前方にあるガラスの食器棚には、明らかにマバロの姿が映っていた。ジュンとミサははっとした。話を全て聞かれてしまったようだ。

 やがてマバロは自分の部屋に戻り、いつの間にか食器棚の影からも消えていた。

「……というわけで、靴下の中のメモを見て、『電子ゲーム』と書いてあれば電子百科事典、『ロボット』と書いてあれば科学の本に決めようと思っていまして……」

 ここでジュンがHMの話を遮った。

「あのー、すみません。お気付きになりましたか? 今、僕たちの後ろにマバロ君がいましたよ」

「はい。私も気付きました。もう眠ったと思っていたのに。マバロと目を合わせないようにして話し続けましたが、彼は間違いなく私の話を聞いていました」

「私も、ガラスに映っていたのが見えただけなので目は合わせませんでした」

 ミサがこう言うと、HMはジュンとミサに頼んだ。

「ちょっと、様子を見てきていただけませんか」


 ジュンとミサはうなずいて、すぐにマバロの部屋に向かった。マバロは、ちょうどメモ用紙に書いた『ゲーム』という文字を消して『ロボット』に書き直したところだった。ミサが尋ねた。

「どうして書き直したの?」

「今、ママの話を全部聞いちゃったから。サンタサンタさんって、いると信じてたんだけど、本当はいないんだね。プレゼントは、サンタサンタさんがくれると思ってたけど、本当はママが買ってくれるんだね」

 ここまで聞かれてしまったのでは、今さらだますことはできない。ジュンとミサは、優しくうなずくしかなかった。

「だから、値段が高い電子ゲームはやめて、ロボットにする。うちが貧しいことは、よくわかっているから」

 ジュンとミサは、彼の優しさに涙が出そうになるのをこらえながら部屋を出ると、マバロも後ろからついてきた。


 3人がリビングに入ると、まずはジュンが報告した。

「マバロ君、さっきのママの話を聞いて、サンタサンタさんがいないことを初めて知ったそうです」

 ミサも、マバロの肩を両手でもみながら続けた。

「マバロ君はまだ小さいのに、しっかりしてますね、本当に。おうちのお金のことを心配して、高いプレゼントを諦めて、安い物で我慢するなんて」

 HMは、ほほえみながらうなずいた。

「さあ、マバロ。もう遅いから寝なさい。我々も寝る準備をしましょう」

 地球一家は大部屋の寝室に向かった。HMには、プレゼントの注文という大事な仕事が残っている。


 翌朝、地球一家とHMがリビングに集まっていると、マバロが袋を抱えて入ってきた。

「ママ、プレゼントありがとう!」

 袋を開けると、入っていたのは電池で動くロボットだった。マバロはうれしそうに動かして遊び始めた。みんなはその様子を暖かく見守った。


 お昼近くになり、地球一家はホストの二人に別れを告げ、外の道を歩き始めた。ジュンとミサは、まだ納得がいかない様子だ。

「プレゼント、どうしてロボットだったんだろう」とジュン。

「そうよね。『ロボット』と書いてあったら科学の本にするってママは言ってたのに」とミサ。

「ジュンとミサが、ばらしてしまったからだね」と父。

「僕たち、何もばらしてないよ」とジュン。

 ミサも反論した。

「そうよ。マバロ君はサンタサンタさんが実在しないことを既に知っていたし、ママも、マバロ君がそれを知っていることを知っていた。私たちは、二人とも知っていることを話しただけなんだから、何も余計なことはしゃべっていないわ」

 この時、ジュンは自分の失敗に気付いた。

「あ、そうか。マバロ君がサンタサンタさんはママだということを知っていることをママが知っているということを、マバロ君はまだ知らなかったんだ。それを僕たちは、二人がいる場所で話してしまった」

 それを聞いた母が、補足説明した。

「そう。正確に言うと、さらに、マバロ君がサンタサンタさんはママだということを知っていることをママが知っているということをマバロ君が知っているということを……、というように無限に続く状態になった。つまり知識が共有されたということね」


 ミサは、まだ首をかしげている。

「でも、それによって、なぜプレゼントが科学の本からロボットに変わったのかしら?」

 今度は父が説明した。

「ジュンとミサがみんなの前で話さなければ、プレゼントは科学の本だっただろう。そしてマバロ君は、ママは自分のためにサンタサンタ役を演じてくれたんだな、と思っただろうね。でも最終的には、それができなくなった。二人の心の中から、サンタサンタさんが完全にいなくなり、靴下のメモは、純粋にママへのお願いの手紙に変わったんだ。ママは、そのお願いに忠実に従ってロボットを買ってあげた。二人だけの家族にとって、二人の信頼関係を保つには、子供が欲しいと言った物を親が買ってあげるのが一番だからね」

 地球一家6人は、マバロと母親が二人で笑い合う姿を想像しながら、次の目的地に向かって歩き続けた。

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