第45話『斬新党ばんざい』
■ 斬新党ばんざい
空港から歩いてホストハウスへ向かう地球一家6人は、ふと、地下道らしき物の入口を見つけた。近道のように思えたので、地下に降りて歩き進めた。
地下道はライトに照らされており、片側の壁には、赤い丸、青い四角、緑の三角、黄色の星型、紫色のだ円形が組み合わさった横長の長方形の絵が貼り付けられていた。しかも、それと全く同じ図柄の絵が何枚も横に連なって貼られているのである。この模様はいったい何だ?
6人は、絵を見ながら歩き続けた。百枚、いや二百枚の同じ絵が続いた。
ところが、その次の絵は違った。色合いは似ているが、小さな丸や四角や三角が数多く描かれていた。6人はそこで少し足を止めた。
その次を見ると、また元の絵に戻っている。6人が歩き進めると、やはり同じ絵が百枚も二百枚も続いた。
10分ほど歩くと、ようやく地下道の出口が見えた。結局、途中の一枚を除いて全く同じ絵を三百枚以上も見続けたことになる。
いったいこの地下道の絵は何だったんだろう? 同じ絵をずっと見続けたせいで、頭が変になりそうだ。目を閉じてもその絵が浮かんできて離れない。そして、一枚だけ違う絵は何の印だったのか? 壮大な間違い探しゲームか、それとも中間地点という合図だったのか? そんなことを言い合いながら外の道を歩くうちに、ホストハウスに到着した。
「おじゃまします」
リコが玄関先で叫ぶと、ホスト夫妻と14歳の娘ミラザがすぐに出てきた。
「間に合ってよかった。まもなく、我が国の首相がここに到着します。もちろん、皆さんを歓迎するためです」
HMはそう言いながら、6人をリビングに案内した。首相が歓迎とはすごい!
HFが補足説明を始めた。
「首相は、我が国最大の政党である斬新党の党首でもあります。首相だけでなく、斬新党を支持する国民はみんな、斬新な物が大好きです。とにかく目新しい物に飢えています。皆さんがお泊まりになるのはたった一晩ですが、その短い間に、私たちにとって何か新しい物を残していただけることを、首相は期待しているのです」
その時チャイムが鳴り、一人の高齢の男性が入ってきた。
「首相! お待ちしておりました」
HFが叫んだ。
首相は普段着のジャージ姿で、つばのある帽子をかぶっている。帽子に刺しゅうされた絵を見て、地球一家ははっとした。地下道で何百回も見た、あの図柄だったのだ。目に焼きついているため、同じ図柄を見つけると、嫌でも目が行ってしまう。
帽子に向けられた視線に気付いた首相は、話し始めた。
「これは我が国の旗、つまり国旗です」
そうか、国旗だったのか。あの地下道は、壁に何百枚も国旗を並べて洗脳しようとしているのか?
「詳しく言えば、今月の国旗です」
今月の? 国旗が月替わり? あの地下道の壁は、毎月張り替えているのか? そもそも、そんなにコロコロ変わる国旗なんて、ほかの国から許してもらえるのか?
「ご心配なく。この星には、数えるほどしか国がないので、国旗を変更するルールがあっても、特に迷惑がかからないんですよ。それよりも、来月の国旗の応募、今日が締め切りですから、皆さんもご協力よろしく頼みますよ。地球の皆さんの斬新な発想に、心より期待をしていますから」
首相は軽く手を振って家を出ていった。その後ろ姿を見送りながら、ホスト夫妻が叫んだ。
「斬新党、ばんざい!」
地球一家は、一緒に叫ぶ義務があるように感じて、後に続いて叫んだ。
「斬新党、ばんざい!」
全員がリビングに戻ると、HFが言った。
「首相のおっしゃっていた国旗の応募の件について、ご説明しましょう。今日は月末日です。来月の国旗のデザイン案を住民から募集して、住民投票の多数決で決めるんですよ。娘のミラザはデザインの勉強をしているので、毎月応募しているのですが、なかなか票が集まりません。地球の皆さんに、ぜひとも斬新なアイデアをお借りしたいと思っておりまして」
「ミサ、ちょうどいいじゃないか。手伝ってあげなさい」
父がミサに言った。ミサはデザイナーに憧れているので、適役ということだ。
「はい、ぜひ。私のようなよそ者がエントリーするわけにはいかないでしょうから、ミラザさんとの合作ということにしましょうか」
ミサはミラザと一緒にしばらく部屋に籠もった。小一時間たった頃、二人は出てきた。
「見てください。私たちの共同作品、完成しましたよ」
ミサはそう言って、ミラザと一緒にコンピューター端末上の作品を見せた。
「なかなかいいじゃないですか。応募の締め切り時間にも間に合います」
HMが笑顔で賞賛した。ミサは、ホスト夫妻に頭を下げた。
「お二人とも、清き一票をよろしくお願いします!」
HFは肩をすくめてミサに答えた。
「承知しました、と言いたいところですが、我々住民のおきてとして、全てのエントリー作品をきちんと見て、自分の感性で一番良い作品を選んで投票しなければならないのです」
「ごもっともです。そうでないと、人間関係の強さで票数が決まってしまいますよね」
ミラザは、コンピューター上で作品の応募作業を手際よく行った。そして、しばらくすると、時計の針が7時ちょうどを指した。ミラザは、再びコンピューターを操作した。
「さあ、午後7時から投票開始よ。あー、今月も一万を超えるエントリー作品が集まっているわ」
ミサが驚いてミラザに尋ねた。
「一万もの作品が? それを全部見ないと投票できないんですか?」
「慣れれば簡単よ。ほら、このコンピューター画面で、一度に百個ずつ見ることができるの。3秒ごとに画面を切り替えていくから、見ていて」
「たった3秒ずつで、わかるんですか?」
「わかるのよ。良い作品は、光って浮かんで見えてくるものなの」
ミラザは、カチャカチャと画面の切り替えを始めた。何ページか進んだ時、ミサがミラザに向かって叫んだ。
「あ、あった! 私たちの作品」
「ね、百個の中でも、すぐに見つけられるでしょ」
確かにそのとおりだ。
しばらくして、ミサは一つの作品を指して叫んだ。
「あ! これ、今の国旗と同じじゃないですか」
あの地下道で、嫌というほど見た国旗なので、目に焼きついているのだ。百個の中で浮き出て見えてきたのも無理はない。今度はHFがミサに答えた。
「おっしゃるとおり、現在の国旗です」
「誰ですか、これを応募したのは?」
「斬新党の支持者が応募するはずがありません。住民の1パーセントを占める保守党支持者の仕業ですよ。彼らは、世の中をいっさい変えたくない人々です。こんな応募をするのも、それに投票するのも、彼らの権利ですから仕方がありません。無視してください」
こうして全員は百ページ以上見続け、ようやく最終ページまで見終わった。
「さあ、これで全部です。では、投票しましょう」
ホストファミリーによる投票が終わり、一同はそれぞれ寝室へと散った。
そして翌朝、コンピューターの前に再び全員が集まった。
「おはようございます。今日は平日ですから、ご夫婦とも朝から会社ですよね」
ミサがHFに尋ねた。
「いいえ、今日は休みなんです。10年前に政府が制定した『斬新記念日』という祝日です」
「そうですか。さて、今月の国旗はどうなったんでしょう?」
「投票の結果は、もう出ているはずですよ。見てみましょう。まず、ミラザが応募した作品の順位を確認しますね。ここで1位と出れば、見事に今月の国旗に認定されるのですが……」
HFがコンピューターを操作すると、ミサは手を合わせて祈った。
ミラザとミサの共同作品は、『2位』と表示された。惜しい! HFが残念そうにつぶやいた。
「地球の方のお知恵をお借りしても、強敵を倒すのは無理だったか……」
「強敵? 優勝候補が最初からわかっていたということですか? 昨日教えてくださればよかったのに」
ミサは、不満そうに、地球一家全員と共にコンピューター画面をのぞき込んだ。HFは『優勝作品』という文字をクリックしてページを開いた。
「優勝は案の定、これです」
「え、これって……」
優勝作品を見て、地球一家全員の目が点になった。保守党支持者が応募したという作品、つまり、先月の国旗と同じ図柄だったのだ。
ミサがHFに詰め寄るようにして尋ねた。
「どうして? この作品に投票するのは、保守党の人たちだけですよね? 住民の1パーセントしかいないんですよね。どうして優勝するほど票が集まったんですか?」
「保守党支持者は、確かにわずか1パーセントですが、彼ら全員の票がこの一つの作品に集中したからです。彼らの感性は平凡なので、考えることはみな同じなのです。一方、99パーセントを占める斬新党の票は、さまざまな作品に分散されました。斬新な物を愛する感性を持っているからこそ、価値観も人それぞれ、大きく分かれるのです。他を圧倒するほどの斬新な作品が応募されない限り、勝ち目はないのです」
地球一家に返す言葉もない中、HFは話し続けた。
「地球の皆さん、そろそろご出発の時刻ですね。空港までお見送りしましょう。その途中でぜひ見ていただきたい物があります。がっかりされたついでに……」
見てほしい物とは何だろう? 地球一家はHFと一緒に家を出て歩き出した。
「歴代の毎月の国旗を、今の物から昔に遡って順に全部見られる場所があるんですよ」
HFはそう説明し、すぐにその場にたどり着いた。
「ここです」
え、ここは……。
案内された場所は、ホストハウスに来る前に通った地下道の入口だった。
地下道を歩くと、業者が壁の一番手前に今月の国旗を掲げているところであり、その向こうには、同じ図柄の国旗が果てしなく続いていた。HFはむなしそうな表情で、地球一家への説明を始めた。
「おわかりですね。国旗を毎月投票で決めようとしても、蓋を開けてみると、毎月同じ国旗が選ばれます。実はこの図柄は、斬新党が誕生する前の、我が国の旗だったんですよ」
HFは、話しながらますます声を低くしていった。
「斬新党が結成されたのと同時に、毎月新しい国旗を掲げていく目的で多額の税金をつぎ込んで作った地下道だったのに……。どうあがいても、わずか1パーセントの保守党に勝てない。それは国旗の投票に限ったことではなく、世の中のあらゆることに当てはまります。だから、この世のどこを見ても、斬新な物など一つもない。20年以上前と何も変わっちゃいないんです」
やがて全員は、地下道の真ん中あたりまで到達した。HFが立ち止まったのは、忘れもしない、なぜか一枚だけ異なる図柄の前だった。
「過去にたった一度だけ、別の作品に多くの投票が集まって優勝したことがあったのです。首相は大いに喜んで、その日を『斬新記念日』という祝日にすることに決めました。ちょうど10年前の今日の出来事です」
地下道の天井付近の窓から、この日を祝うかのように、まばゆい太陽の光が差し込んだ。




