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第44話『相棒保険』

■ 相棒保険


 地球一家6人がホストハウスに着くと、20代女性のキサラに迎えられた。父親と二人暮らしだが、父親は出勤中で、仕事が忙しいようだ。

 キサラは、銀色で愛くるしい表情の動物型ロボットを抱えていた。犬でも猫でもない、不思議な雰囲気を醸し出している動物だった。アルボと呼んでかわいがった。


 アルボは、人と簡単な会話を交わすことができる。

「人の年齢くらいなら当てられるわよ。タク君。聞いてみてごらん」

「はい。アルボ、僕は何歳に見える?」

「ピピピ……10歳」

「正解! これはすごいや」


 キサラは、アルボを抱きながら、ジュンとミサに自己紹介を始めた。

「私は、相棒の餌を売る仕事をずっとしていました。餌といってもロボットなので、エネルギーというべきですね。そして今年からは、相棒の保険を売る仕事に変わりました。こちらはほとんど売れませんけど……。保険ってわかりますか? 相棒を持っている人が保険に入っておくと、もし相棒が壊れて動かなくなったら、その修理代全額を保険金として受け取れるんです。その代わり、毎月保険料を払わなければなりません」

 ジュンが答えた。

「保険なら、地球にもありますよ。生命保険といって、人間が保険に入るんです」

「人の命に保険をかけるの? それは驚きね。この星では、人の命に対しては政府がいくらでもお金を出してくれます。保険が必要なのは、相棒の命だけなんです。修理代は毎日の餌代の百年分くらいですから、馬鹿にならない大金です。一方、毎月払う保険料は、餌代一週間分くらいですから大した金額ではないんです」

「それなら、保険には入っておくべきですね。どうしてみんな入ってくれないんだろう?」

「相棒は簡単には壊れないからでしょう。それに、突然壊れるわけではなく、必ず兆候が見られるんです。会話する時の受け答えが少しおかしくなって、その翌日には完全に動かなくなります。だから、その直前に保険に入れば間に合うんですよ。保険料の支払いも一日分で済むわけだから。そんなわけで実は、私自身、自分の相棒の保険には入ってないんです。アルボには常に話しかけているから、兆候があったらすぐに気付く自信があるんです」

「壊れかけているのに、保険になんて入れるのかな。会社としては大損してしまいますよね」

「はい、私も一度だけ、会社に大損させてしまいました。私がとれた契約は、今までに一件だけです。突然、電話がかかってきたんです。初めての契約成立がうれしくて、契約前にその人の相棒に話しかけてみたんですけど、異常に全く気付かなくて。翌日、壊れて動かなくなり、私は会社から大目玉を食らいました。でも、それを恐れていては仕事になりません。いつもしっかり飛び込み営業してます!」


 その時、テレビ電話が鳴り出した。キサラがとると、男性が話し始めた。

「もしもし、キサラさんですね。いかがでしょう、今日こそ、我が社の保険に入りませんか? かわいい相棒のことですよ。万一のためにも……」

「結構です。私の相棒は壊れる心配ありません」

 キサラは電話を切り、ジュンとミサに話した。

「毎日電話してくる営業員が5人もいるのよ。それ以外の人も合わせて、毎日10件くらい電話があるわ。断るのも大変だけど、人のことは言えないわ。私も同じ人を何度も訪問してるし」


 テレビ電話が立て続けに鳴った。今度はキサラの父親からだった。

「キサラ、元気か? 僕は、今日から明日にかけて急な仕事が入ってしまったから、今晩は家に帰れそうにない」

「お父さん、急な仕事って何なの? 地球の皆さんをお迎えする大事な日なんだから、帰ってきてよ」

「今日はそうもいかないんだ。今は家族にも話せないプロジェクトを抱えている。またそのうち話せる日が来るから。それより、新聞はちゃんと読んでるか? テレビのニュースも見るんだぞ。社会人の常識だからな」

 キサラの話によると、父親は役所勤めで、相棒についてのルールを決めたり、相棒保険の法規制にも関わっているそうだ。

「じゃあ、いろいろお父さんに相談できていいですね」

 ジュンがそう言うと、キサラは否定した。

「いいえ、無理です。確かに私は、父の影響を受けて今の会社に就職しました。でも、仕事の質問をしても、新聞も読んでいないのかと言って怒ったりするので、父には仕事のことを聞けなくなりました。それに、父は私が相棒を買うのも反対だったんですけど、お小遣いを前借りして買いました。そんなこともあって、自分の相棒のことも相談できません」

 相棒に関することを知り尽くしていそうな父親に仕事の相談ができないとは、何ともつらい話だ。


 その時、玄関で声がした。キサラよりも少し若い女性が立っていた。

「キサラ先輩。お久しぶりです」

「あら、パエラ。久しぶり!」

「私も今日から、保険の営業をやることになりました。よかったら、私の第一号の顧客になってくれませんか?」

「ごめんね、パエラ。協力したいんだけど、保険料払うのもけちりたいくらいお金がないのよ。相棒はぴんぴんしてるし。お互い、がんばりましょう」


 パエラは帰り、キサラが部屋に戻ると、地球一家の子供4人がアルボを取り囲んでおり、リコがアルボに話しかけていた。

「私、リコ。何歳に見える?」

「ピピピ……7歳」

「正解! リコは7歳」

 会話を耳にしたキサラは、慌ててアルボに抱きついた。

「おかしい。アルボが壊れる兆候だわ!」

「大丈夫です。リコは7歳だから、合ってますよ」

 ミサはそう説明したが、キサラは首を横に振った。

「本当の年齢なんて関係ないのよ。リコちゃんは、誰が見ても5歳にしか見えないでしょ。だから、アルボも5歳って答えないとおかしいの」

 5歳と言われてほおを膨らませるリコに目もくれず、キサラは話し続けた。

「大変だわ。すぐに保険に入らなきゃ。保険を毎日勧めてくる営業員が5人もいるって言ったでしょ。片っ端から電話してみる」


 キサラがテレビ電話に番号を入れると、男性の顔が映った。

「キサラです。今すぐ保険に入らせてください」

「これはこれは、キサラさんのほうからお電話を頂けるなんて、光栄です」

「今すぐそちらにお伺いしますので……」

「あー、いいですよ。もう間に合っていますので、入っていただかなくても」

「え、どうして?」

「どうぞ、お気になさらず。今までしつこく勧誘したことは謝ります。どうか忘れてください」

「そんなこと言わずにお願いしますよ」

 交渉もむなしく契約には至らず、キサラは残念そうに電話を切った。


「昨日まで毎日勧誘の電話をしてきたくせに、手のひらを返すのはなぜかしら。まあ、いいわ。ほかにも当てがあるから」

 キサラはそう言って、別の営業員に電話をかけたが、結果はやはり同じだった。

「どうして? アルボがおかしくなったことは、誰も知らないはずよ。どうしてみんな態度が変わったの?」

 キサラは不思議がったが、ミサが気付いて言った。

「それは、キサラさんが変わったからですよ。自分から突然電話してくるなんて、きっとアルボが壊れかけているんだと感付いたんだわ」

「じゃあ、どうしたらいいの?」

「自分から入りたいと言うと怪しまれてしまうから、勧誘されるのを待つんですよ」


 その時、タイミングよく電話が鳴った。

「来たわ。ちょうどいい」

 キサラは電話を受け、相手の勧誘にすぐに答えた。

「保険ですか? はい! 入ります……。え、駄目なんですか?」

 キサラは残念そうに電話を切った。

「どういうこと? 向こうからかけてきた電話よ」

 ミサが少し考えて言った。

「すぐに入りたいって言うんじゃなくて、少し粘って、しぶしぶ入る演技をしなきゃ」


 しばらくして、別の営業員からの電話が来た。キサラは、今回はしばらくためらうふりをしたうえで加入の意思を示したのだが、その瞬間に相手が警戒し、契約はできなかった。

 毎日勧誘していた5人全員から断られ、初めて電話をかけてきた相手からも、同じ調子で最後には拒まれた。

「どうすればいいの? 保険に入れないじゃない」

 キサラは、携帯端末の電話帳をめくった。

「そうだ。パエラがいる」

 キサラが電話をかけると、パエラはすぐに出た。

「キサラ先輩。さっきはどうも。どうしたんですか?」

「私、あなたの保険に入りたいと思って」

「本当ですか? うれしい! 今すぐそっちに行きますね。私の契約第一号です!」

「あ、ちょっと待って……。ごめん、やっぱりやめておく。本当にごめん」

 電話を切った後、キサラはつぶやいた。

「いくらなんでも、パエラが気の毒だわ。最初の契約で大損させることはできない。もっとベテランにお願いしないと」

 しかし、ベテラン営業員ほどキサラの魂胆を察知するのに長けている。キサラは結局、その日は保険に入ることができなかった。


 翌朝、まだ保険に入れずにいるキサラに、ミサが声をかけた。

「お父さんに相談してみましょうか」

「昨日も言ったけど、父には相談できない。それに、家に帰れないくらい忙しそうだし」

「いいえ、お父さんというのは、私たちのお父さんのことです」

 ミサは父を呼び、これまでの経緯を確認し合ったが、父はまゆをひそめた。

「うーん、難しいな。保険には入りませんと最初は拒んだふりをしても、やっぱり入りますと言った瞬間に、壊れかけていると感付かれてしまう。これは、いかんともしがたい相棒保険の特性なのだろう。僕には妙案が思い付かないよ」


 そして午前11時になり、ついにアルボが動かなくなった。

「このまま夕方まで放っておくと、修理してもアルボは元に戻らなくなる。修理を依頼するなら、今すぐ決めなきゃ」

 ミサが心配そうに尋ねた。

「どうするんですか?」

「アルボとお別れなんて、できない。貯金を全部使って、修理代を支払うわ」

 キサラは携帯端末を操作し、ボタンを押した。

「今、支払いが完了しました。まもなく業者がアルボを引き取りに来るわ」


 その数秒後にテレビ電話が鳴り、キサラはすぐに出た。画面にキサラの父親の姿が映る。

「お父さん」

「おい、キサラ。テレビのニュースは見ているか?」

「ニュースって?」

「ニュースは常に見ておくように言っているじゃないか。今朝まで家族にも秘密にしておく必要があったのだが、さっき記者会見を開いて公表したんだ。今すぐ見ろ」


 キサラは、すぐにテレビをつけた。数分前の演説のビデオ放送だった。

「ただいまお話ししたように、相棒保険制度は廃止することに決まりました。相棒の命も、人命と同様に、本来は国が無償で守るべきものです。そこで、今日の午後からは、相棒の修理にお金をかける必要がなくなります。それに伴い、保険料を支払う必要もなくなりました。皆さんお気付きだったと思いますが、もともとこの保険制度は、かけひきに勝った人だけが得をして、うまく機能していなかったのです……」


 キサラは気が遠くなりかけていた。そこへ、会社の上司の男性から電話が来た。

「キサラ。休暇中に仕事の電話で申し訳ないが、今ニュースが出たとおり、相棒保険の仕事は今日で終わりだ。君には別の仕事を引き受けてもらう。少しだが、給料も上がるぞ」

 タッチの差で大金を失ったばかりのキサラには、大した慰めにはならなかった。

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