第42話『片付けの達人』
■ 片付けの達人
地球一家6人が今日のホストハウスに到着し、玄関から入ろうとすると、廊下にいろいろな物が散らかっていた。ダイニングも同様に、足の踏み場もない散らかり具合だ。机や収納などいっさい置かれていない。
HFは有名なテレビ番組の司会者だ。HMと娘に案内されて6人が大きな部屋に入ると、中央にテレビカメラが立っており、正面の壁にはテレビの画面があった。HFがマイクを持ってテレビカメラに映るように立っている。ちょうど今から、テレビのトークショー番組が始まるところで、自宅からオンラインで撮影しているのだった。この部屋の床にも、さまざまな物が大きく散らかっている。
テレビ画面に映る映像は6分割されており、HFのほかに、ニュースキャスター、学者などが、一人ずつそれぞれの自宅の部屋を背景にして座っていた。どの部屋も、床が散らかっている。HFがカメラに向かって語り出した。
「こんばんは。今日も皆さんのお相手をさせていただく、私、ミスターさらけ出しです。いつものように、学者や弁護士、社長の皆さんと一緒に番組をお送りします!」
HFは自分の毎日の出来事をいつもさらけ出すので『ミスターさらけ出し』というニックネームなのだそうだ。
「さて、今晩はどんな話をしようかな……」
HFは振り返り、地球一家のほうを見た。
「あ、今日の話題はもうこれしかありません。私の家に地球からの旅行者をお招きしているんですよ。どなたか、この星に来た感想でも教えてもらえますか?」
地球一家はとまどっていたが、ミサが積極的に手を挙げて何度も発言した。
トークショーがしばらく続く中、後ろでHMが小声で地球一家に解説を加えた。
「この番組の面白いところは、視聴者のみんなからすぐに反応が届くところなんですよ」
正面のテレビ画面の映像に重なるように、顔マークが手を挙げたポーズの黄色い絵文字がポン、ポン、ポン、と10個くらい並んだ。
「例えば、あの絵文字は、視聴者から届いた『私も同じです』とか『私も同じ体験をしました』というメッセージを表しているんです」
ほかにも、桃色の笑顔の絵文字は、視聴者から届いた喜びのメッセージ。赤色の大きな笑顔の絵文字は、最高に幸せという意味である。水色のしょんぼりした絵文字は、逆に残念な気持ちを表したメッセージ。そして、青色の泣き顔の絵文字は、さらに悲しい気持ちを表現するのだという。
トークショーが終わり、HMは地球一家を客間に案内した。この部屋だけは、何も散らかっていない。そこへ、HFが入ってきてうれしそうに言った。
「今日は皆さんのおかげで、番組が盛り上がりましたよ。特に、ミサさんはすばらしかった! 全く物おじせず、良い聞き役になってくれました。ぜひ明日も出てくださいよ。明日の朝8時に、今度はモーニングショーの司会をやるんです」
「私でよければぜひ……」
その時、部屋の外で娘の声が聞こえた。
「お父さん、お届け物が届いたわよ。また視聴者からの贈り物だと思う」
HFは客間を出ていった。部屋に残ったHMに、ジュンが尋ねた。
「さっきテレビに映っていましたけど、どの家もすごく散らかっていましたね」
「この星では、全ての家がこんな感じですよ。それから、みんな自分の部屋というものがありません。自分の物を置いた所がすなわち自分の領域なんです」
「地球では、散らかしっぱなしの子供は叱られます。もしかすると、ここではその逆で、片付けないほうが偉いんですか?」
「いえいえ。私たちはただ、片付ける必要がないだけなんです。何をどこに置いたか全部記憶していますから」
「全部記憶? でも、それだけで大丈夫ですか? 全員で使う物の置き場所を決めておかないと、ほかの人が使って動かした時に、探さなければいけないじゃないですか?」
「みんなで使う物が一つもないのよ。機械も、文房具も、洗面用具も、全部一人一人が自分の物を使います。それから、私たちは物を探すという習慣がありません。そこで、お願いがあります。床に散らかっている物を決して動かさないでくださいね。そのために、このお客様用の部屋を用意しました」
地球一家が了承したその時、部屋の外でパーンという鈍い爆発音が聞こえた。何かが破裂したのか? HMと地球一家が部屋を出ると、ちょうど娘がリビングに向かって走っている。
「お父さんのほうで何かが爆発した!」
HFは、リビングで箱を持って座りこんでいた。
「贈り物の包みを開けたら、急にパーンという音がして、目の前が真っ暗に……」
え、まさか危険物? HFが箱を開けると、液体の入った瓶が出てきた。ただのワインのようだ。HFは、蓋を開けてそのままラッパ飲みした。
「頭がフラフラしてきた。ちょっと薬を飲もう」
HFは立ち上がったが、すぐにきょとんとした表情をした。薬の場所を思い出せないのだ。
「あら、思い出せないなんて珍しい。いや、初めてだわ。薬はもう残ってないんじゃない? 薬局に買いに行ったら?」
HMに提案され、HFは財布を探し始めたが、やはり見つからない。HMと娘は驚いてのけぞった。財布まで思い出せないとは、意外な様子だ。
「まさか、さっきの爆発みたいなの、僕の頭の中がパンクしたんじゃ……」
HFがそう言って縮み上がるのを見て、娘は言った。
「それよ! うわさに聞いてたけど、容量オーバーっていうのかしら。最近お父さん、もらい物が多いし、持ち物が増えすぎて、頭の中で置き場所を検索できなくなってしまったのよ」
「うわー、どうすりゃいいんだ。僕は生まれてこのかた、探し物なんてしたことないんだぞ」
動揺するHFに、HMは大きな籠を二つ差し出した。
「散らかっている物の中から、お父さんの物を分けて一か所にまとめ、とりあえず客間に置くことにしましょう」
ひとまずHFは自分の物を客間に集めたものの、これではまだ何がどこにあるかわからない。地球一家6人は、片付けができないホストファミリーのために、代わりに整理をしてあげることにした。父が号令をかける。
「さあ、6人でやれば5分でできる!」
しばらくして、整理されたいろいろな物が客間の床に並んだ。机や収納がないので床に置きっぱなしではあるが、これであちこち探さずに済みそうだ。
しかし、片付いたものの、物が多すぎて地球一家の寝る場所がなくなってしまった。6人は、ほかの家に泊まりに行くことになった。
HMが近所の家のチャイムを押すと、やや暗い表情の女性が家から出てきた。テスカという名の人らしい。HMがテスカに頼んだ。
「突然すみません、今夜6人泊まれる部屋を探しているのですが」
「あー、よろしければ、うちにどうぞ。ただし、お願いがあります。家の中がとても恥ずかしいんです。目隠ししてもらえますか?」
テスカの指示に従い、地球一家は目隠しをしてこの家に入り、そのまま眠りについた。
翌朝、一番に目を覚ましたミサは、目隠しを外してほかの5人を起こした。
「みんな、起きて、見て」
地球一家は、ミサを先頭に廊下を歩き、部屋を見回して歩いた。
「ほら、見て。どの部屋も、片付いていてとてもきれい!」
その後ろから、テスカが近づいて不服そうに言った。
「恥ずかしいから見ないでほしかったのに」
こんなにきれいに片付いているのに、どうして恥ずかしがるのだろうか。それを尋ねようとした時、テスカが突如として叫び声をあげた。
「視線を感じる!」
テスカが窓のカーテンを少し開けると、外にHFが立っていた。テスカが驚く中、HFは窓を開けて身を乗り出した。
「ミサさん、迎えに来ました。もうすぐモーニングショーの時間ですよ」
「いけない。そんな時間なのね」
HFはミサと話しながら、窓から部屋の中を見渡して叫んだ。
「すごい! この部屋!」
HFは窓から部屋に入ってきてしまった。そして、隣の部屋も見に行った。
「おー、この部屋も! どうしてこんなに片付いているんですか? おっと、時間がない! ミサさん、行きましょう」
HFとミサは、慌てて家を出ていった。
「今の男性、どこかで見たことあるような……。そうか、ミスターさらけ出しだ!」
テスカは、リモコンでテレビをつけた。ちょうどモーニングショーが始まり、テレビの画面が分割されて、HFとその他3人が映った。HFの隣にはミサが映っている。
「おはようございます。ミスターさらけ出しです。さて、今朝はどんな話をしようかな」
テスカと地球一家5人はテレビ画面に集中した。画面の中でHFが一人で話し続ける。
「そうそう、私、いわゆる容量オーバーになってしまいました。何をどこに置いたのか、まるで思い出せないのです。同じ悩みを持つ方、いらっしゃいますか?」
テレビ画面一面に、手を挙げたポーズの黄色い顔の模様が並んだ。HFが目を丸くする。
「こんなに大勢! でも生まれてから一度も片付けなんてしたことないので、急に片付けなんてできません。皆さんどうしますか? そうだ。さっき偶然、とても片付いている家を見つけました。今から中継に行ってみましょう!」
HFは走り出し、テレビ画面から消えた。ミサは慌てて後を追った。
「この家に来るわよ!」
テレビ画面の前で母が叫ぶと、テスカが慌てふためいた。
「何ですって! 早く散らかさなきゃ! 手伝って!」
テスカは、床に整理して置いてあった物を散らかし始めた。
「みんなでやれば一分でできる!」
地球一家5人はテスカの大声につられ、一緒に物を部屋中に散らかした。そこへちょうどドアが開き、HFとミサがマイクとカメラを持って入ってきた。
「ごめんください。突然すみません」
HFは、部屋の中を見回した。
「あれ、なんでこんなに散らかってるの? 片付け名人として全国に紹介しようと思っていたのに。ねえ、ミサさん」
「そ、そうですよ。片付ける方法を本にすれば、ベストセラーになって億万長者になれるかもしれませんよ」
億万長者という言葉にテスカが驚いて反応すると、テレビ画面の中の一人の男性が答えた。
「私は出版社の社長です。私も、間違いなく本は売れると思います」
「じゃ、私、やります。見てて」
テスカは、ものすごいスピードで部屋を片付けた。全員があっと驚いている間に、片付けは終了した。HFはテスカにマイクを向ける。
「やっぱり片付けの達人だ! でも、どうすればできるんですか? その秘けつは?」
「じゃ、お話しします。実は私、生まれつき容量が小さいんです。容量オーバーになったとかではなくて、もともとすごく小さいんです。なので、片付けないと何がどこにあるかわかりません。こんなこと恥ずかしくて誰にも言えないし、これじゃ誰も一緒に暮らしてくれないから結婚もできない。でも、億万長者になれるならと思い、公言しました」
その時テレビ画面に、手を挙げたポーズの黄色い顔の絵が並んだ。HFが言う。
「おー。あなたと同じように、容量が小さくて悩んでいる人が全国にこんなにいますよ」
「うそでしょ。信じられない……」
ミサが横から二人の会話に割り込み、テスカに言った。
「よく話してくださいました。でも、こんなに大勢いたら、みんなが同じような本を書きますから、億万長者じゃなくて、その何百分の一かもしれませんね」
テレビ画面にがっかりした水色の顔の絵が並んだ。出版社の社長も声を低くして言った。
「いや、残念ですが、努力して片付けられるようになった経験がないのでは、片付けられなくて困っている人の助けにはなりませんから、本はそもそも出版できないでしょう」
テレビ画面に悲しい表情の青色の顔が並ぶ。ミサは、テスカの表情が固まっていることに気付いて言った。
「億万長者どころか、ゼロになってしまいましたね。そんなに落ち込まないでください」
「いいえ、お金なんてどうでもいいです。それより、仲間がこんなに大勢いることがわかって、最高にうれしいんです。マイクを貸してください」
テスカは、そう言ってミサからマイクを奪い、テレビカメラに向かって叫んだ。
「皆さん、もう恥ずかしがる必要はありません。私たちは堂々と生きていけます。結婚もできます。さあ、踊りましょう!」
テスカは最高の笑顔になり、踊り出した。HFとミサも合わせて踊る。テレビ画面一面に、大笑いの表情をした赤色の顔の絵が並んだ。




