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第40話『秘伝のチキンスープ』

■ 秘伝のチキンスープ


 地球一家6人は、レストランがずらりと並ぶ商店街の入口近くに到着した。ホストハウスに行く前に、ここでランチを食べて行くことにしよう。父が出し抜けにリコに言った。

「リコ、好きな数字を言ってごらん」

「え? じゃあ、9」

「よし。端から9軒目のレストランに入ろう」

 そんな決め方、ありか? 父は1、2、3、……と店を数え上げた。ちょうど9軒目の店には『チキンスープの店』と書かれている。

「なかなか良さそうじゃないか。リコ、でかしたぞ。入ろう」

 父は先頭をきって入っていった。


 6人が着席してメニューを見ると、チキンスープと特製チキンスープの2種類があり、『特製チキンスープは秘伝の特製のだしを使っています』と書いてある。

「じゃあ、特製チキンスープを6人前!」

 父が注文すると、しばらくして、女性の店員が大きな鍋と取り皿6個を運んできた。

「お待ちどお様。特製チキンスープ6人前でーす」

 味見と言いながら、まず父が一口だけ皿にすくい、飲んでみた。

「うん、うまい。だが、それほど珍しい味とは思えないな。地球でも、ちょっといいレストランで食べたことがあるような味だ」


 その時、店員女性がテーブルに来て言った。

「ごめんなさい、私、おっちょこちょいで。それ、普通のチキンスープです。今、作り直しますね。特製のだしを入れるだけですから簡単です」

 店員は、ポットの蓋を回してスープの上からだしを注いだ。

「はい、これで特製チキンスープになりました」

 たったそれだけ? 店員は頭を下げてすぐにその場を去った。では、みんなで頂こう。父はスープを皿に一杯ずつ盛り、自分、母、ジュン、ミサ、タク、リコに配っていった。

 スープを飲み始めた全員は、渋い表情になった。何だ、この味は?

「さっきの普通のスープのほうが、はるかに良かった」と父。

 父と母に続いて、ジュン、ミサ、タクも少し飲んだだけで、もう無理、というそぶりを見せ、皿を前方に押し出した。リコは食べ続けている。

「おいしい!」

 リコは、おいしそうにスープを平らげた。ほかの5人は信じられないという顔つきでリコを観察した。このスープがリコにはおいしく感じられるとは……。

 人間の味覚には甘味、塩味、酸味、苦味、それにうま味がある。このスープの味は、強いていえば苦味だが、苦味をリコだけが好きになるとは考えられない。この味は、地球にはなかった味なのだ。


 昼食後、6人がホストハウスに到着すると、HM(ホストマザー)が出迎えた。

「いらっしゃい。あれ? 6名様だったかしら。ごめんなさい。てっきり1名様だと思っていまして。なんで私ってこんなにおっちょこちょいなのかしら」

 まさか、ベッドが一つしかないとか……。

「ベッドはちゃんと6人分あります。ただ、夕食が……。一応、6人分はご用意できるんですけど。我が家の特製チキンスープを召し上がっていただく予定だったんです。ところが、秘伝のだしが一人前しか用意できなくて。残りの5名様は、残念ですが、普通のチキンスープになってしまいます」

 父は、ひょっとしてと思い、聞いてみた。

「その秘伝の特製チキンスープは、ここでしか食べられない物でしょうか?」

「妹が商店街で店を出しています。ここと同じ味です。それから、山奥で姉が店を出しています」

 三姉妹でこの味を提供しているということだな。父と母は、小声で確認し合った。お昼に食べた店の店員とHMは顔がよく似ているので、間違いない。

「じゃあ、特製チキンスープは、リコにあげよう。ほかのみんなは普通のスープでいいだろう」

 父がそう言うと、母がすぐに賛成した。

「そうね、それがいいわ」

「地球では、一番おいしい物は、末っ子が食べることが多いんですよ」と父。


 6人が客間に案内されると、ミサが父に厳しい表情で対面した。

「お父さん、あんなこと言っていいの? 地球ではおいしい物を末っ子が食べるなんて、聞いたことない」

「そうかなあ。まあ、とにかく、お昼に食べたスープと同じ物が出るのは間違いないよ。おいしいと思った人が食べるのが、一番いい方法だろ、リコ?」

 リコがうなずくと、父がリコの頭をなでた。

「今日はリコがいてくれて、本当に助かったよ。誰も秘伝のスープを食べたがらないとしたら、がっかりされただろうからなあ。リコは我が家では一番小さいが、家族のピンチを救ってくれることが本当に多い」

「本当ね。リコはとても頼もしいわ。お母さんはうれしい」

 母もそう言うと、リコは父と母に向かってうれしそうにほほえんだ。


 夕食の時間になり、6人はダイニングに着席した。HMは、スープを5人分よそったところで、ポットのだしをスープ鍋に注いだ。

「これがリコちゃんの分よ。特製チキンスープの出来上がり」

 父が皿に盛ろうとすると、HMが待ったをかけた。

「ちょっと待って。よくかき混ぜないと。このだしは、混ざりにくいのよ」

 HMはスプーンで大きく鍋をかき混ぜた。ミサは、かき混ぜるという言葉に聞き耳を立てた。

 HMがリコに皿を渡した後、全員でスープを食べ始めた。みんな口々に、おいしいと言う。

「でも、あくまで普通のスープですから。特製スープがふるまえないのが残念だわ」

 HMは少し残念そうだ。父がリコに尋ねた。

「リコ、特製スープはおいしいか?」

「うん、おいしい」

 リコは食べながらほほえんだ。すぐ隣にいたミサは納得がいかず、リコに小声で聞いた。

「ねえ、リコ。お昼に食べたのと、違う味なんじゃない?」

「うん、違う味」

「やっぱり」


 6人が客間に戻ると、リコはすぐに眠ってしまった。

「疲れたのかな。もう眠っちゃったわ。大活躍したからね」

 母がリコを見てそう言うと、父が答えた。

「うん、あの味のスープをおいしく食べられるのはリコだけだからな。ホストの方の気を悪くさせずに済んだのは、リコのおかげだ」

 それを聞いて、ミサがつぶやいた。

「リコがかわいそう」

 父が不思議そうな顔をすると、ミサは言った。

「まだ気付かない? 夜に食べたリコのスープは、リコにとってもおいしくなかったはずよ」

「そんなことないだろう。昼に食べた時、あんなにおいしいと言っていたんだから」

「お昼のリコのスープはおいしかったのよ。だって、秘伝のだしがちゃんと混ざってなかったから……。お昼に食べた時、最後によそったリコのお皿に入ったのは、秘伝のだしが全く混ざっていない普通のスープだったのよ。いくらなんでも、私もタクも食べられないあのスープを、リコだけおいしく食べるなんてあり得ないわ」

 ジュンがミサに疑問を投げかけた。

「じゃあ、どうしてリコは、夜もおいしそうに食べたんだろう。夜のスープは、ちゃんとかき混ぜたわけだから、あのひどい味だってことだろう?」

「夜のリコは、おいしそうに食べる演技をしていたのよ。お父さんとお母さんの期待を裏切りたくないから」

 ジュンがここで納得した。

「確かに、ミサの言うとおりだな。『リコはとても頼もしい』とか『ピンチを救ってくれる』とか、両親そろって、あんまりリコのことを褒めるから、リコは、食べられないとはとても言い出せなかったんだ。無理して、残さず全部食べていたな」

「そんなつもりじゃなかったんだがな」と父。

「悪いことをしたわ」と母。

「褒めすぎると、リコみたいな性格の子には重圧なんだろうな」とジュン。

「よし、もし明日またあのスープが出たら、正直に言おう」と父。

「まさか明日はもう出ないでしょ、スープは」とミサ。


 翌日の昼、リビングでHMは地球一家に言った。

「昨日は、特製チキンスープをごちそうできなくて、本当にごめんなさい。おわびに、お昼はお勧めのレストランまで車でお送りするわ」

 6人は、HMが運転する小型バスに乗り、山の中を進んでいった。

「もう注文してあるから、着いたらすぐに召し上がれるわ」

 HMはそう言った。お勧めのレストランって、もしかして……。

「昨日お話しした、姉がやっているチキンスープの店です。リコちゃん以外の皆さんに、どうしても特製スープを食べてもらいたくて」

 地球一家6人は、顔を見合わせた。父はHMに言った。

「あの、実は、昨日のお昼に、私たちチキンスープを食べて来たんですよ。そこがたぶん、妹さんのお店だと思います。商店街の、向こうの端から数えて9軒目の店です」

「よく覚えていますね。間違いないわ。妹の店です。同じく、我が家の秘伝のだしを使っています。そうですか、もう皆さん、特製スープを召し上がっていたんですね」

「ええ。ですので、できれば、今日はほかの店に……」

 父がそう言うと、HMは少し困った顔になった。

「そうね、この近くには、ほかに店はないし、もう準備しちゃってるし……。特製スープ、もう一度召し上がりませんか? おいしかったでしょう?」

「え、ええ、それはもう……」

 父のこの言葉に、母もミサもあきれた表情を示した。ミサがまた父にささやく。

「おいしくなかったことは、はっきり言ったほうがいいんじゃない?」

「あんなに自信をもって言われちゃな。それに、あの味はこの土地の独特の文化なんだろうから、おいしいとかまずいとかいう問題じゃないだろう」


 そして、レストランに到着して車を降りると、HMの姉が店から出てきた。

「お待ちしていたわ。今ちょうど準備ができたところよ」

 地球一家が着席すると、すぐに皿に入ったスープが6皿運ばれてきた。

「リコちゃんだけは、昨日特製スープを食べたから、今日は普通のスープを注文しておいたの。あとの5人の方は、特製スープで」

 HMがそう言うと、HMの姉は困った表情でHMに尋ねた。

「特製スープが5人前? 普通のスープが5人前で特製スープが1人前って言わなかった?」

「言ってないわよ。特製スープを5つって言ったじゃない」

「ごめんなさい。私、本当におっちょこちょいで。特製スープあと4つ、すぐ用意するわ」

「あ、あ、このままでいいです。このお皿が、特製スープですね」

 父はそう言うと、素早く特製スープの皿を抱え込んだ。そして、あっけにとられて見ている家族5人に向かって小声で言った。

「これはお父さんが食べるから、それで文句ないだろ。いただきます」

 父は突然、スープを食べ始めた。そしてすぐに、目を大きく開けて叫んだ。

「うまい!」

 そして、驚いて見ている家族5人に顔を向けて言った。

「こんなおいしいスープは食べたことがない! まさに秘伝の味だ! 食べてみなさい」

 まず、ミサが父から皿を受け取り、食べてみた。

「おいしい!」

 ほかのみんなも、同じように皿を受け取っては食べた。リコは言った。

「うん、おいしい。昨日の夜と同じ味だ」

 みんなは不思議そうにリコを見た、ミサが尋ねる。

「そうなの? 昨日の夜、リコはおいしそうに食べてたけど、本当においしかったんだ……。じゃあ、昨日のお昼のスープの味はいったい……」


 その時、レストランのドアが開いた。入ってきたのは、昨日の昼の店員女性だった。

「あら、昨日のお客さん! よかった、ちょうど皆さんにおわびしたいと思っていて。昨日のお昼は、秘伝のだしと間違えて、とんでもない物を入れてしまって、本当にすみませんでした」

 地球一家は、それを聞いて驚いた。とんでもない物? いったい何を入れたのか? いや、怖いから、聞くのはやめておこう。

「私、本当におっちょこちょいで……」

 HMの妹は、頭を下げた。三姉妹が並んで立つと、父がHMの妹に言った。

「おっちょこちょい三姉妹の勝負は、あなたの勝ちですね」

 そして、ジュンがHMの姉に言った。

「そうとわかれば、秘伝のだし、全部のお皿にどんどん入れてくださいよ。さあ、今日は腹いっぱい食べるぞ!」

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