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第34話『坂道注意報』

■ 坂道注意報


 地球一家6人は、ホストハウスに向かって夕刻の道を歩いていた。急な上り坂であり、みんな険しい表情になった。ホストハウスまで一本道だが、この坂はきつい。

「よし、クイズを出そう。地球上には、上り坂と下り坂のどちらが多いでしょう?」

 ジュンの突然のクイズに、ミサとタクが答えた。

「上り坂のほうが多い気がするな」

「じゃ、僕は下り坂」

「二人とも、はずれ。答えはどちらも同じ。だって、行きが上り坂ならば、同じ道を帰ると下り坂じゃないか」

 だまされて悔しがる二人を見て、母が言った。

「でも、いいクイズね。坂を上るのはきついけど、明日帰る時は楽だということに気が付いて、元気が出たわ。さあ、あと一息、がんばりましょう」

 6人はフーフー言いながら坂を上り、ホストハウスに到着した。


「お疲れ様でした。坂がきつかったでしょう」

 出迎えたHM(ホストマザー)はそう言い、父が答えた。

「いやー、あの坂を毎日上り下りされているんですか? 大変ですね」

「もう慣れていますから、平気ですよ。それから、今ちょうど夕方6時ですね。坂が一番きつい時間帯なんですよ」

 時間帯によって、坂の傾きが変わる?

「この星の坂は全てそうなんです。午前6時と午後6時が一番急な坂になって、正午と真夜中は平たんなんですよ。もっとも、天気みたいなもので、日によって時間は多少変わりますけど」

 そうか、ちょうど運が悪い時間に来てしまったのだな。


 地球一家6人は、夕食の席に着いた。食事を運びながらHMが話した。

「ここの海は観光名所です。明日の朝早く皆さんを案内しますので、ぜひ見ていってください。私は朝から漁港で働いていますので、そこに行くついででもあるんですけど、それより、朝の海が一番きれいなんですよ。黒砂の砂浜が名物です」

「砂が黒いんですか? 普通は、きれいな海といえば白い砂浜ですけど」

 母が不思議そうに尋ねた。

「こちらでは、砂浜は黒です。ぜひ、見てください」

 それは楽しみだ。


「ところで、このテーブル、傾いていませんか?」とジュン。

「坂道に家があるから、しょうがないのよ」

 HMが答える間もなく、リコが豆を床にこぼした。テーブルの下に潜り、豆を拾い始める。タクは生卵を持つ手が震え始めた。ミサが注意する。

「タクも、落とさないように気を付けて」

「うん、気を付けなきゃ」

「ミサ、タクには何も言わないほうがいいかも。緊張すると失敗する性格だから」とジュン。

「この卵、いびつな形をしているから、持ちにくくて。あ!」

 タクはそう言いながら卵をテーブルに落としてしまい、卵はテーブルの上を少し転がった。

「大丈夫よ。見てて」

 HMがそう言うと、卵は転がっていかずに少し戻って止まった。HMはジュンに言った。

「卵型というのは、普通の球の形と違って、どんどん転がっていかないようにできているのよ。鳥が産んだ時に転がっていっちゃったら大変でしょ」

「なるほど。でも、地球では、卵の形はもっと球に近いんですけど」

「へえ。この星のほうが、急な斜面が多いからかしらね」

「確かに。卵型がそういう性質を持っているとは知らなかったな。面白い」

 ジュンは、自分のお盆に卵を乗せて傾けてみた。卵が転がる。HMが慌てた。

「いくらなんでも、そんなに傾けたら転がるわよ」

 卵はお盆を飛び出し、豆を拾うためにしゃがんでいたリコの頭の上で割れた。

「ごめんよ」とジュン。


 そして翌朝早く、地球一家6人は家を出た。HMが先頭に立って歩く。

「さあ、行きましょう。朝早くて申し訳ないけど、朝の海が本当にきれいなんです。ぜひ見てほしいと思って」

 朝6時からの散歩は、とてもすがすがしい。地球一家はHMにお礼を言い、歩き始めようとした瞬間、驚いて足を止めた。あれ? 昨日来た道を戻ろうとしているのに、また上り坂になっている。

「気が付きました? 午前と午後で、上りと下りが逆になるんですよ。この星の坂は、全てそうなんです。午前が西高東低ならば、午後は東高西低」

 信じられない。しかも、今が午前6時ということは、一番急な上り坂をまた上らなければならないということだ。参ったな。午前中に戻ってこないと、帰りがまた上り坂になる。


 HMは説明を続けた。

「もっとも、異常気象と同じで、たまに異常坂道現象というのがあります。一日の途中で、何度も上りが下りに変わったりする日もありますよ。今日は、テレビで天気予報と一緒に坂道予報をやっていましたけど、穏やかな一日ですよ。私も坂道予報士の資格を持っていますけど、大丈夫です」

 大丈夫というか、下りに変わってくれたほうが有り難いのだが。


 しばらく上り坂を歩くと、地球一家6人は苦しくなってきた。平然と坂道を上り続けていたHMは足を止めて振り返り、つらそうにしている父に尋ねた。

「大丈夫ですか?」

「我々は坂道にはあまり慣れていないもので」

「ごめんなさい。私、漁港の仕事があるので、先に行ってもいいかしら」

「あ、どうぞ、どうぞ。我々はゆっくり行きますから」

「この先はずっと一本道の上り坂で、途中に一度突き当たりに出ますが、その先も上り坂で、そこを上りきった所が海ですので、迷うことはありません」

 HMは、持っていたバッグの中に手を入れた。

「念のため、携帯用の通信機を渡しておきます。もしも何かあったら、ボタンを押せば私と連絡がとれます。球形と卵型の2種類があるけど、どっちがいいかしら?」

 HMは、バッグから2種類の通信機を取り出して見せた。リコが球形を指差す。HMは、父に球形の通信機を手渡した。

「じゃあ、すみませんが、お先に」


 HMは先に行ってしまった。残った地球一家6人も再び上り始めた。ミサがジュンに言う。

「卵型を選んでおいたほうがよかったような予感が……」

「うん。でも、リコは昨日、卵を頭から浴びて、卵型を見たくなかったんだろうな」

 その時、地震が起きた。道の傾きが変わり始めているのだろうか。どうも不気味だ。

 前方に突き当たりが見えた。左右に道があり、左方向に上り坂になっている。上り坂が続くと言っていたから、左に行けばいいんだな。さあ、ここを上りきれば、海だ。あと一息。それにしても、坂を上った所に海があるなんて、地球の常識は全く通用しない。


 地球一家6人は、息を切らしながら坂道を上り続けるも、なかなか海に着かない。父が言った。

「念のため、電話してみるか。タク、お父さんのリュックを開けて、さっきのボールをとってくれないか」

「わかった」

 タクは、父の背中からボール型の通信機を取り出した。ミサがからかう。

「タク、坂道なんだから、ボールを落とさないようにくれぐれも気を付けてね」

 タクの手が緊張で震え、ボールを落としてしまった。ボールは坂を転がり落ちていってしまう。タクが追いかけようとするが、追いつかない。

「ど、どうしよう」

「借り物の通信機だから、なくしたというわけにはいかないだろう。探しに行こう」

 父はそう言い、6人は坂を逆方向に下り始めた。どこかに引っかかってくれていればいいのだが。やっぱり卵型を選んでおけばよかった。いや、この急斜面では、たとえ卵型でも転がっていたかな。

 その時、またも地震が発生した。恐怖で立ちすくんでいると、坂が急に動き出し、上りと下りが逆転した。まさか、信じられない。これが異常坂道現象か? 今日は穏やかだと言っていたのに。


 何はともあれ、通信機を探すために、6人は坂を上った。また上り坂か。なんだか、昨日からずっと坂を上っている気がする。

「待って。上らずに、このまま待ちましょう」

 母がそう言って立ち止まった。待つってどういうこと?

「いいから。ほら、音が聞こえてきたでしょ」

 6人が静まり返ると、上り坂の向こうからボール型の通信機が転がり落ちてきた!

「さあ、みんなで必ず受け止めるのよ」

 母のかけ声とともに、6人は横並びになってボールを受け止める体制を整えた。ボールはタクの近くに転がっていき、タクはお手玉するが、それをリコが受け止める。リコ、ナイスキャッチ!

「このボール、汚いよ」

 リコの手が真っ黒になっていた。ジュンが手を差し出した。

「坂を転がっているうちに、汚れちゃったんだな。僕が持つよ。貸して」


 さあ、海へ急ごう。下り坂だから楽だぞ。6人は下り始めた。ジュンが通信機を振りながら首をかしげた。

「あれ、この通信機、壊れているかも。ボタンを押しても、つながらないよ」

「本当か、まずいな」

 父はジュンから通信機を受け取り、振ってみると少し水が出てきた。

「中に水がたまっているみたいだな。あとで水を出せば直るんじゃないか」

「ちょっと待って。この水、海水じゃない?」とミサ。

「それから、この黒い汚れ、砂浜の砂じゃないかしら」と母。

 確かに、黒い砂だ。ということは……。

「海はこっちなんだ! 反対方向だよ」

 ジュンが上り方向を指した。6人が来る前に、一度坂が動いていたということだ。早くわかってよかった。6人は上り始めた。結局、また上り坂か。


 6人は息を切らしながら、砂浜に着いた。HMがかけ寄る。

「ごめんなさい。テレビで見てびっくりしたわ。今日はすごい異常坂道現象だって」

 漁師も近づいてきた。

「今日の海は特別きれいですよ。どうです、皆さんも一緒に漁船に乗りませんか」

 地球一家は不安そうな顔になった。漁師は笑って手招きをする。

「大丈夫。坂道の荒れは、天気の荒れや海の荒れとは何の関係もありません。今日は、坂道は大荒れでも、海はとても穏やかですから」

 漁師と6人は、朝日に照らされながら漁船へと向かった。

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