第33話『鬼ごっこの女王』
■ 鬼ごっこの女王
地球一家6人が到着したのは、のんびりした村だ。そして、今日は5年に一度の村祭りらしい。ツアーの日程をちょうど祭りに合わせたのだろう。
そこへ、若い男性一人と若い女性二人が近づいてきた。
「実は、地球の皆さんが泊まる家の候補が二つあって、今ここで決めるところなんですよ。さあ、じゃんけんで決めましょう」
男性がそう言うと、女性二人が突然じゃんけんの構えをした。
「せーの、じゃんけんぽん。勝った。今日は私の家に泊まってください」
「あー、悔しい!」
「あなたたち、仲が良さそうですね。どういうご関係?」
母が尋ねると、男性が紹介した。
「僕の名前はトルド。こちらは恋人のヘプサです。そしてこっちが、妹のバラナです」
じゃんけんに勝った女性が恋人で、負けた女性が妹だそうだ。
6人は、ヘプサの家に到着した。母がヘプサに尋ねた。
「トルドさんとの結婚はもう近いんですか?」
「いえ、まだそこまで話が進んでいません。彼のほうが、あまり積極的じゃなくて。あー。今年も村祭りに参加することになるとは思っていなかったんだけどな」
「そういえば、今日がその村祭りだそうですね。どんなお祭りなんですか?」
「村祭りといっても、独身女性たちの鬼ごっこなんですけどね……。失礼ですけど、皆さんの中で独身の女性の方は?」
「私、ミサです。あと、リコはまだ小さいけど、いちおう独身女性です」
「じゃあ二人とも、鬼ごっこに参加しなきゃ。今日村にいる独身女性は全員、野原に集合です」
ミサは驚いた。
「えーっ。でも、楽しそう。ぜひ。でも、そんな大勢で鬼ごっこなんてできるんですか?」
「もちろん。最後まで逃げ切った女性が、女王になるの。前回の女王が、宝玉を持って誰かを追いかけ、捕まったら鬼になって玉を持つ。鬼は次の人を捕まえて、玉を渡して陣地から抜けるのよ。そして、最後まで逃げ切って女王になった女性は、丘に登って玉を置く。この玉は守り神と言われていて、女王は幸せな結婚ができるという大昔からの言い伝えがあるの」
地球一家が興味深く聞いていると、HFが部屋に入ってきてヘプサに言った。
「そろそろ、バスの時間になるよ」
「はーい。じゃ、続きはあとで。鬼ごっこは夕方5時からだから、それまで一緒に観光しましょう」
地球一家6人は、ヘプサに案内されて半日の観光を楽しんだ。
そして夕刻になり、野原を訪れると、若い独身女性たちが大勢集まっていた。その外を取り囲むようにして、多くの男女が見物している。ミサとリコも鬼ごっこのメンバーに加わった。
笛の音が鳴った。さあ、鬼ごっこの開始だ。
「逃げろ!」
リコが木と木の間の狭い隙間に隠れようとした。ミサが声をかける。
「リコったら、かくれんぼじゃないんだから」
鬼ごっこは順調に続いた。捕まえた女性は、捕まった女性に玉を渡して外に抜ける。それを繰り返す。
空はすっかり暗くなった。野原に残っている女性は、鬼以外にあと3人。そのうちの一人がミサだ。
「まさか、私がこんなに終盤まで残れるなんて。ひょっとして、最後まで勝ち残ったら、私が女王……。幸せな結婚?」
ミサは、ちょっとほほえんだ。
「いよいよ残り3人になったぞ。さあ、ラストスリーは誰かな」
見物人がそうつぶやいた時、鬼の女性が言った。
「ちょっと待って。誰か、あそこに隠れているわ」
鬼の女性は、木と木の間に隠れていたリコを見つけ、軽くタッチした。
「さあ、捕まえた。隠れていてもいつかは見つかるものよ」
「違うの。体が抜けなくなっちゃって」
女性がリコを引っ張るが、抜けない。見物人数人が駆け寄り、リコを引っ張って助け出した。
「ふー。大変だったわね。かわいそうだけど、あなたが鬼。ラストフォーよ」
女性は、リコに玉を手渡した。さあ、今度こそ、ラストスリーは誰か。見物人たちは息を飲んだ。
「とうとうリコが捕まったか。リコなんかに捕まるもんですか」
ミサは走り出した。そこへ、見物していた母が駆け寄った。
「ミサ、止まって!」
「お母さん、どうして?」
「あなた、リコに捕まりなさい。女王にはならないほうがいいわ。村祭りは、やっぱり村人たちのものだと思うの。一日だけの旅行者が女王になるのは、お祭りとしてふさわしくないんじゃないかしら」
「え、でも」
「女王になんかならなくても、ミサは幸せな結婚ができるって、お母さんは信じているから」
「お母さん……」
そこへ、リコが走って近づいてきた。ミサは、ゆっくりと逃げてリコに捕まり、玉を受け取った。
「いよいよ、私以外にあと二人か。え、ということは、私が女王を決めることになるの? うわ、責任重大じゃん」
ミサが緊張したその時、逃げていた二人の女性が勢い良くミサに近づいてきた。
「え、どうして? なんでこっちに来るの?」
二人の女性の顔がはっきり見えた。地球一家の前でじゃんけんをした二人だった。
「うそ! ヘプサさんとバラナさん」
二人は、ミサのすぐ近くまで来て顔を見合わせた。ヘプサがバラナに言う。
「まさか、あなたとの勝負になるとはね」
「ここまで来たら、みっともない争いはやめて、この子に決めてもらったらどうかしら」
「そうね」
「ミサさん。あなたが決めるのよ。どちらかを捕まえて。その人がラストツーになるの。そして、残った一人がラストワン、つまり女王」
ミサは驚き、しばらく沈黙した後に言った。
「どっちかって言われても」
ヘプサとバラナが見守っていると、やがてミサは口を開いた。
「私にとっては、二人とも今日初めて会ったばかりで、ただ、ヘプサさんとは、半日一緒に観光して、ヘプサさんがいろいろ案内してくれた。その違いだけなんだけど、それだけのことで決めてしまっていいのかしら」
バラナが冷静に答えた。
「運命なんてそんなものよ。さっきのホストファミリーを決めるじゃんけんが明暗を分けたということね。仕方がないわ。さあ」
「わかりました。じゃあ、決めます。女王はヘプサさん。バラナさん、ごめんなさい」
ミサは、バラナに駆け寄って玉を渡した。すると、バラナは玉を受け取りながら驚いた。
「どうして? なんで私なの? ヘプサさん、まさか、ミサさんに鬼ごっこの説明をしてなかったの?」
「う、うん、まさか、最後にこんなことになるとは思わなかったから」
ヘプサはうつむいた。ミサは、訳がわからずきょとんとしている。
「え、どういうこと?」
「ルールはルールだから、もう無理。ヘプサさん、あなたが女王よ」
バラナは、ヘプサに玉を渡した。ヘプサは、悲しい表情をしながら玉を受け取り、そのまま丘に向かって走り出した。見物人の声が聞こえる。
「あ、ついに女王が決まったな。かわいそうに」
ミサは、まだぼう然としていた。
その夜、全員が家に戻ると、ヘプサは泣き出した。ミサがHFに尋ねた。
「すみません、どういうことですか? さっぱりわかりません。教えてください」
「女王になると幸せな結婚ができるというのが大昔からの言い伝えだけど、それはあくまでも言い伝え。実際には、女王になった女性で、結婚できた人は今までに一人もいないんです」
ミサは驚いて言った。
「そんな悲しい村祭り、やめちゃえばいいのに」
「そうしたいんですけど、昔、一度やめてみたところ、その年に大災害が起きて、それで仕方なく続けることになったらしいんですよ」
HFはそう説明した。ミサはさらに尋ねた。
「それで、誰も女王になりたがらなかったんですね。じゃあ、どうしてみんな、鬼ごっこで逃げ回っていたんですか?」
「ミサさん、考えてみてください。みんな女王になりたがらないけれど、それと同じくらいなりたがらないのが、ラストスリー。今回でいえば、ミサさんの立場です。なぜならば、ラストスリーは女王を誰にするかを決めなければならないからです」
「確かに。今回私は誤解をしていたけど、いずれにしてもラストスリーはつらい役目だわ。女王になった人に対して、一生顔向けできないかも」
「さて、それだけではありません。ラストスリーと同じくらいつらい立場の人がいます。それはラストフォー。今回でいえば、リコちゃんです。なぜならば、ラストスリーを誰にするかを決めなければならないからです」
「確かに、ラストフォーにもなりたくないわ。でもそうすると、ラストファイブもラストシックスも、どんどん考えていくと、参加者全員がつらい役目になるじゃないですか」
「そのとおりですよ」
しかし、何だか変な気がする。地球一家の残り5人も頭をひねっている。HFは、ミサに説明を続けた。
「変ではありませんよ。少なくとも、この星では普通の考え方です。そう、この鬼ごっこは、みんなつらい思いをするんです。ただし、ただ一人の例外がいます。それは、ラストツーです。今回でいえば、バラナさんの役目です」
「そうか。もう女王が確定しているから、機械的に玉を渡せばいいだけですからね」
「そうなんです。おわかりいただけましたね。鬼ごっこでみんなが逃げ回っていた理由は、女王になりたいのではなくて、ラストツーになりたいからなんです」
「さらに頭が混乱してきたわ。でも、それでわかった。だから、ラストスリーが決まった瞬間、逃げていた二人が急に近づいてきたのね」
「そうです。その瞬間、鬼ごっこから奪い合いに変わるのです」
ミサは、泣いているヘプサの顔をのぞきこんだ。
「ヘプサさん、ごめんなさい。事情を知らなかったものだから、こんなことになってしまって」
「いいのよ、私がちゃんと説明していなかったのがいけないのだから」
その時、玄関のドアが開いた。男性の声がする。ヘプサの恋人のトルドだ。
「夜分すみません。どうしても今日中にと思って。ヘプサさんにプロポーズしに来ました!」
全員、驚きの表情。ヘプサも顔を上げて聞いた。
「僕も、鬼ごっこをずっと見物していました。最後の二人が、ヘプサさんと僕の妹の二人になった時、正直、目の前が真っ暗になりました。どちらかが女王にならなくてはいけないんだと思って。でも、僕は以前から、女王のこの悲しいジンクスをなんとかしてなくしたいと思っていました。そして今、それを実現できるのが自分なんだと思ったんです」
トルドは、ヘプサと向き合った。
「必ず幸せにするよ」
ヘプサはほほえんだ。トルドは、ミサに近づく。
「ミサさん。ありがとうございます。もしあなたが僕の妹を女王に選んでいたとしたら、僕の力ではどうすることもできませんでした。本当に助かりました」
「勘違いだったけど、結果的にうまくいって、よかったわ」
全員が笑顔になった。




