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第29話『コントグランプリを目指せ』

■ コントグランプリを目指せ


 地球一家が事前に受け取った資料によると、今日のホストファミリーの息子は20歳で、歌手かコント芸人を目指しているらしい。歌手とコント芸人とでは全然違うが、『どっちの道に進もうか迷っています』と書いてある。それを見て、ジュンがミサに言った。

「コント芸人なら、ミサも昔、目指していたことがあるんだっけ」

「私がなりたかったのは、コント芸人じゃなくてコントの台本作家よ。でももう諦めた」

「諦めたのか? せっかく一回入選したのに。会社員が登場するコントだったよね」

「入選したのはもう一年も前よ。それから一年間、一つも新作が思い付かないのよ」

「確かに作品が一つだけじゃ、台本作家としては生きていけないな」

「そのとおり。コントのグランプリを決めるテレビ番組だって、決勝戦まで勝ち抜くためには、いくつものネタで勝負しなきゃいけないんだから」

 父がミサに言った。

「お父さんも一つネタを持ってるぞ。よかったら使うかい? ネタといっても実話なんだけど、会社によく電話をかけてくる人で、声が面白い人がいるんだ」

「あ、その話なら前に聞いたよ。でもあれでは駄目。台本作家になるためには、声が面白い人ではなくて誰が演じても面白いネタじゃなきゃいけないの」

「そりゃそうだな」


 地球一家がホストハウスに到着すると、二人の若い男性が出迎えた。

「いらっしゃい、地球の皆さん。僕がこの家の住人で、コント芸人『副部長アンド係長』の副部長役です。そしてこっちが僕の友達で、相方の係長役です」


 挨拶の後、副部長役は係長役と一緒に、地球一家を大広間に案内した。

「ここが、今日皆さんがお泊まりになる部屋なんですけど、僕たちの練習場も兼ねています。あとで友達が大勢来ますので、皆さんも一緒に僕たちのコントをぜひ見てください」

「楽しみです。でもプロフィールには、歌手になろうか迷っているとありましたが」とミサ。

「歌手のほうはもう諦めました。僕、音痴なので」

 音痴なのに歌手になりたかった?

「僕、3オクターブ出せるんですよ」

 副部長役は、高い声と低い声を混ぜながら歌い始めた。タクがクスクス笑っている。確かに3オクターブ出せているが、音程が不安定。これでは歌手は無理だ。

「歌で感動させるのは無理で、いつも笑われてばかりです。だから今は、相方と組んでコント芸人を目指しています。今の目標は、テレビ番組のコントグランプリです」

「コントグランプリ? 私が住んでいる国にも、同じようなテレビ番組があるんですよ」

 ミサがそう言うと、副部長役は驚きつつ喜んだ。ミサはさらに尋ねる。

「副部長アンド係長という芸名でしたよね。ということは、会社員ネタですか?」

「そうです。会社員ネタは圧倒的に人気が高くて笑いを取りやすいんです」

「真面目なイメージの会社員とのギャップがうけるんですかね」


 副部長役は棚の上のビデオを取り、ビデオに貼ってあるラベルを指してミサに見せた。

「このビデオは、去年のテレビのコントグランプリの決勝戦を録画したものです。ここに書いてあるように、優勝したコントは『ある日の会議室』、準優勝は『就職の面接』。どちらも会社員ネタなんです」

「本当だ。私、とても興味があるんです。このビデオ、見せてもらってもいいですか?」

「どうぞ、どうぞ。あそこにあるテレビでご覧ください。一回戦から全部見たければ、別のビデオに入っているので、取ってきますよ」

「あ、大丈夫です。とりあえず決勝戦だけで」


 ミサは、テレビ画面でコントのビデオを見始めた。しばらくして副部長役が近づいてきた。ミサは興奮しながら言った。

「決勝戦だけあって、とても面白かったです。勝敗を判定する審査員はいないんですか?」

「観客の笑い声の多さで勝敗が決まるんですよ」

「そうですか。でも、コントが面白いわりには、観客の笑いが少ない気がしました」

「お客さんたち、一回戦からずっと休みなく見続けていますからね」

「それは見るほうも大変ですね。もう疲れ切っているのかな」

 その時、係長役が声をかけてきた。仲間が全員集まったらしい。


 大勢の若者が集まる大広間で、副部長アンド係長コンビが前に立ってコントを始めた。このコントで今年のコントグランプリに勝負を挑むという。

 それにしても、若者たちの笑いが少ない。盛り上がりが見られないまま、コントは終わった。

「どうでした、僕たちのコント?」

「そうですね。まあ、面白いといえば面白かったかな」

 ジュンが厳しいコメントを発した。

「実は、妹のミサも台本を書いたことがあるんですよ。同じ会社員ネタなら、僕はどっちかというとそっちのほうが好みかな」

 ミサは照れ笑いを浮かべた。副部長役はミサに言った。

「そうだったんですか。ぜひ、ミサさんの台本見せてくださいよ」

「じゃあ、せっかくだから見てもらおうかな。いちおう、地球では入選した作品だし。今書きますから少し待っていてください」


 しばらくして、ジュンとタクが大広間の舞台に立った。

「僕にできるかな?」とタク。

「大丈夫。私のコントは内容で勝負してるから、誰がやっても同じようにうけるはずよ」

 ミサはそう言って、ジュンとタクに台本を手渡した。


 ジュンとタクが台本を見ながらコントを始めた。若者たちが大笑いしている。ミサは、自分のコントがうけていることに大喜びだ。


「すごい。ミサさんのコント、面白かったですよ」

 コントが無事に終了したところで副部長役はそう言い、さらに全員に呼びかけた。

「コントグランプリで勝負するコントとしてどっちのほうが良かったか、多数決をとってみましょうか。僕たちが考えたコントが良かったと思う人、手を上げて」

 多くの若者が手を上げる。

「ミサさんが作ってくれたコントが良かったと思う人」

 誰も手を上げない。予期に反した結果に、ミサは納得できなかった。みんなあれほど大笑いしていたのに。コントグランプリは笑いの量で勝負が決まるという話だったし。若者たちはみんな副部長アンド係長の友達だから、ひいきしているのだろうか。

「そうだな。やっぱり、元のコントで勝負するか」と副部長役。


 しばらくして、大広間には地球一家6人だけが残された。ミサがリコに聞いた。

「私のコントのほうが面白かったわよね。リコもそう思わない?」

「わからない。会社の話はどっちもよくわからなかった」

「そうよね。小さい子にはわかりにくいわよね。それに、大人でも会社に勤めたことがない人にはわかりにくいかもしれない」

「会社員ネタにそこまでこだわる必要があるのかな」とジュン。

「会社員ネタが人気らしいのよ。去年のコントグランプリでも、優勝が『ある日の会議室』、準優勝が『就職の面接』、……」

 ミサはビデオに貼られていたラベルを思い出し、はっとした。

「そうか、そういうことか。どうして気付かなかったんだろう」


 ミサは部屋から走って出ていき、廊下で副部長役に話しかけた。

「ビデオ、やっぱり一回戦から全部見せてもらえませんか? 初めからそうすればよかった」


 しばらくして、リビングでビデオを見ていたミサは、近づいてきたジュンに言った。

「やっぱりそうだ。このコントグランプリは、私が地球でよく見ている大好きなテレビ番組にとてもよく似ている。でも大きな違いがあるのよ」

「違い? どんな?」

「このコントグランプリで優勝するのは、コント芸人ではなくて、コントなのよ」

「どういうこと? 何が違うの?」

「大違いよ。1回戦、2回戦、3回戦、準決勝、決勝と勝ち進んで優勝したのは、この『ある日の会議室』というコントなのよ」

 ミサは、『コント』という言葉を強調した。ジュンはようやく理解した。

「ずっと同じネタで勝負するわけか」

「そう。しかも、同じ観客の前で。だから、私が作ったコントでは論外。一回目だけは笑えても、繰り返し見て笑えるようなネタじゃないから。だから、さっきの多数決で負けたのよ。副部長さんのネタのほうがまだましだけど、それでもグランプリは厳しいだろうな」

「しかし、それは難しい注文だね。何回見ても笑えるコントなんて。その点、歌だったら何度聴いても感動できる歌というのがあるけどね」

「それよ! まさにそれ! 副部長さんの特技が生かせるわ!」

 そこへ副部長役が入ってきた。ミサがさっそく頼んだ。

「副部長さん。もう一度仲間を集めてください、今すぐ! コントグランプリで勝負するのに、もっといいコントがあります」


 大広間に戻ったミサは、紙に台本を書きつづった。横で見ていたタクが尋ねた。

「また僕たちが演じるの?」

「いや、今度は副部長さんたちにしかできないコントだから」

 ミサは、副部長アンド係長コンビに台本を一部ずつ渡した。


 地球一家6人と大勢の若者たちが見守る中、コントが始まった。

 電話がプルルルルと鳴る。係長役が電話に出るポーズ。

「はい、東西不動産です」

 副部長役が受話器を持つポーズ。非常に低い声で話し始める。

「こちら南北建設のサウスと申しますが、イスト副部長はいらっしゃいますか」

「あいにく外出しておりますが」

 ここで、副部長役は、甲高い声に切り替わる。

「あー、そうですか。それではまたかけ直します」

 副部長役、電話を切るポーズ。ここで副部長役に戻ってドアを開けるポーズ。

「ただいま」

「あ、副部長。今、南北建設のサウスさんという方から電話がありました」

「おー、そうか」

「変わった人ですね。低い声から急に高い声になって……」

「本当? こんな感じ?」

 副部長役はそう言って、非常に低い声に変える。

「南北建設と申します。副部長はいらっしゃいますか?」

 副部長役はここで突然、非常に高い声に変える。

「あー、そうですか。それではかけ直します」

「そうです、そんな感じです!」と係長役。

「あの人、ものすごく人気があって、出世してるらしいんだよ」

「電話の声を聞いただけでも面白い人ですからね」

「僕もまねしてみようかな」

 副部長役は、ここで非常に低い声を出す。

「東西不動産のイストと申します。社長はいらっしゃいますか?」

「あいにく外出しておりますが」

 副部長役、ここから突然高い声になる。

「あー、そうですか。それではかけ直します」

「いいです、いいです。これで副部長も、今年は部長間違いなしですよ」

 二人で踊り出す。副部長役が一人でしゃべり出す。

「(とても低い声で)東西不動産と申します。社長はいらっしゃいますか? (とても高い声で)あー、そうですか。(とても低い声で)東西不動産と申します。社長はいらっしゃいますか? (とても高い声で)あー、そうですか」


 二人のコントが続く。ジュンが笑いながら、感心して見ている。

「なるほど、副部長さんの調子はずれな3オクターブの声がぴったりだ」

 若者たちが大笑いして見ている。ミサもうれしそうにコントを見守る。

「これなら、何度見ても面白い。優勝は無理かもしれないけど、いい線いくんじゃないかな」


 翌日、みんなと別れた地球一家6人は、次の目的地に行くための飛行機に乗り込んだ。

「副部長さんたち、コントグランプリでうまくいくといいけど。結果が見られなくて残念だわ」とミサ。

「でも、ミサが新しいコントを作っていたなんて知らなかったよ」とタク。

「実は、あれは私の作品じゃないの。お父さんの作品よ、ね」

 ミサが父に念を押すと、父は答えた。

「いや、正確に言えば、お父さんの実話だよ。昨日言いかけたけど、会社によく電話をかけてくる取引先の人なんだ。本当にあのコントみたいに声を途中で変えるから、電話をとった人はみんな、笑ってしまってまともに応対ができないんだよ」

「こんなところで役立つなんて。その人に伝えて差し上げて」

 ミサにそう言われ、父が笑った。ミサが母に尋ねる。

「そういえば、お別れの挨拶の時に、お母さんと副部長さんが何か話してたけど、何の話?」

「あ、ミサには黙っててほしいって言われたんだけど」

「え、何、お母さん。教えてよ」

「副部長さん、やっぱりあの3オクターブの声を生かして、歌手になりたいんですって。今朝突然、気が変わったらしいの」

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