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第28話『便利なタクシー』

■ 便利なタクシー


 地球一家6人が空港を出て道を歩くと、ほかに歩いている人がいないことに気付いた。車の往来は激しい。ということは、ここでは車で移動するのが常識なのだろうか。


 一台のワゴンカーが近づいて止まった。運転席から男性が声をかける。

「どうぞ、お乗りください。6人ですね。この車なら全員乗れますよ」

 ホストファミリーのお迎えだと思い込み、6人は車に乗り込んだ。


「お客さんたち、どちらで降りますか?」

「あれ、ホストファミリーさんのお迎えではないのですか?」と父。

「違いますよ。たまたま通りかかったタクシーです」

 男性運転手は父から地図を受け取った。5分で着くらしい。ジュンが運転手に言った。

「タクシーには全然見えませんね。僕たち、地球から来たんですけど、地球ではだいたいどの国でも、タクシーというのは、車体にタクシーと書いてあって、屋根に表示灯があって、正面には空車とか迎車とか書いてあります。これじゃ、普通の自家用車みたいだ」

「家に車を持っている人など、ここにはいないです。トラックでもない限り、道を走っている車は全てタクシーですよ。タクシーはとても便利です。いつでもどこでも乗れますから、自家用車なんて必要ないですよ」


 一軒の家の前で止まると、車の外からHM(ホストマザー)が声をかけた。

「お待ちしていました」


 HMがカードで支払いを済ませ、地球一家は家の中に入った。父がHMに頭を下げる。

「すみません。歩けない距離ではなかったのに、タクシーに乗ってしまって」

「いえ、とんでもない。当然タクシーで来られると思っていました。私たちには歩く習慣がありません。タクシーはとても便利で、しかも安いです。ちょっと隣の家に行くだけでもタクシーを使いますよ」

「そうですか。私はそこまでではありませんけど、タクシーが大好きです」と母。


 客間に案内され、地球一家6人が一休みした。ミサが母に話しかける。

「確かにお母さんはタクシーが好きだね」

「そうね、私はすぐタクシーに乗っちゃうわ」

「乗りすぎると、お金のほうが大変じゃない?」

「うちには車がないからね。タクシーに毎日乗っても、車を買って維持するより安いくらいよ」


 次に、ミサは父に向かって言った。

「逆に、お父さんはタクシーにあまり乗らないわね」

「タクシーはあまり好きになれないんだ。一年前の出張以来、特にね。一か月間、地方の工場に出張したの、覚えてるかい? 毎日ホテルと工場をタクシーで往復したんだけど、どうしてもタクシーに乗りたい雨の日に限って、帰りのタクシーが全然捕まらなかったんだ」

「どうして雨の日は捕まらないの?」

「大勢がタクシーに乗ろうとするから、空車がほとんど走ってないんだよ。走っているのは客を乗せた車か迎車ばかり。ものすごい大雨の日が一日あって、あの日は最悪だったな。タクシー会社に電話したけど、結局2時間もつながらず、大雨の中を歩いて帰った。別にタクシー会社が悪いわけじゃないけど、晴れの日にだけ傘を貸してくれるような商売に思えてね。それ以来、お父さんはますますタクシーが好きじゃなくなった」


 さて、せっかくなので観光したいが、夕飯前だからあまり遠くには出かけられない。5分で行ける所に大型スーパーがあると聞いた。

「女3人で買い物に行こうか」とミサ。

「タクシーなら4人乗れるから、誰かもう一人どう? ジュンは? タクは?」と母。

「じゃ、僕が行こう。スーパーマーケットを見てみたい」と父。

「お父さんか。タクシーに乗りたくないって言い出しそう」

 母は不服そうに言った。


 父、母、ミサ、リコの4人は、外に出て歩き始めた。

「5分で着くらしいから、タクシーは乗らずに、歩いていこう」

 父がさっそくそう言い出したので、母もミサも嘆き声をあげた。すると、すぐにタクシーが近づいて止まった。運転手が手招きのポーズをとっている。父はきっぱりと断った。

「結構です。気持ちがいいので、歩くことにします」

「なんだ、乗らないのか」

 運転手はそう言って、すぐに発車させた。


 4人は10分以上歩き続けたが、スーパーは見えてこない。5分というのは、歩いて5分ではなくて、車で5分という意味だったのか。今思えば当然だ。


 次のタクシーが近づいて、止まった。母は父の意向を尋ねる。

「今からでもタクシーに乗らない?」

「うーん、どうしようかな。いや、やっぱり歩こう。せっかくここまで来たんだ。もう半分くらいの所まで来ているよ」

 父にそう言われ、母は地団太を踏む仕草をした。運転手が窓越しに確認する。

「乗らないんですね」

 タクシーは走り去った。その後も、次々にタクシーが勧誘してくる。不景気なのだろうか。父は疑心暗鬼になる。

「こんなに押し売りをされると、余計に乗る気がしなくなるな」


 しばらく歩くと、スーパーが見えてきた。あと少しだ。

 またタクシーが近づいて止まった。運転手が手招きするが、父が断った。

「すぐそこのスーパーに行くだけなので、当然乗りませんよ」

「乗らないんですか」

 タクシーは走り出したが、近くの家から男女が出てきたので、すぐに止まった。スーパーまで行くようだ。男女がタクシーに乗り込む。父はあきれたように言った。

「あんな近くなのに、乗るのか。そのうち足が退化して、なくなっちゃうぞ」


 地球一家4人はスーパーマーケットに着いた。母は、飛行機の中で食べるおやつを大量に買いこんだ。これだけ荷物があれば、もちろん帰りはタクシーに乗ろうともくろんでいた。


 夕飯の時刻なので、急いで戻らなければと思い、4人が出入口のドアを開けると、いつの間にか雨が降り出していた。入れ違いに入ってきた人にタクシー乗り場の場所を尋ねたが、乗り場などないという。歩いていればタクシーはすぐ来るので大丈夫だそうだ。


「とりあえず、歩き始めよう。みんな、折り畳み傘は持っているね」

 父は歩き出し、母、ミサ、リコも後を続いた。傘をさして歩いていると、前方から車が来る。反対方向だが、あれに乗るか。父は手を上げる。

「おーい、タクシー!」

 タクシーは止まらずに行ってしまった。よく見えなかったが、きっと客が乗っていたのだろう。


 しだいに雨が激しくなり、何が何でもタクシーに乗らなければならない状況になった。後ろから車が来る。今度は、母が手を上げた。しかし、タクシーは止まらずに行ってしまった。後ろには明らかに誰も乗っていなかったが、運転席から4人のことが見えなかったのだろうか。


 風まで強くなってきた。全員の傘がひっくり返って、おちょこ状態になる。これでは傘がさせない。リコの傘は、風で遠くに飛ばされてしまった。全員びしょぬれである。


 後ろから車が来た。今度こそと思い、ミサが手を振って声を枯らせて大声で叫んだ。

「お願い! 止まって! 乗せて!」

 タクシーはやはり止まってくれなかった。父がミサに言う。

「こんな大雨じゃ、叫んでも聞こえないよ」

「でも、今、運転手さんと目が合った。お客は乗ってなかった」

「きっと迎車だよ。大雨の日に走っているタクシーの半分は迎車だと思ったほうがいい」


 タクシーが通るが、乗れない。これを何度か繰り返した。雨と風がさらに激しくなった。

 後ろからまた車が来ているのが遠くに見えた。ミサがリコに指示する。

「今度はリコが一番前に出て」

「うん」

「できるだけ哀れな顔をして手を振るのよ。もっと前に出て」

 リコは先頭に立ち、悲しい表情でタクシーに向かって両手を振った。ミサが感心する。

「さすが、リコ。かわいそうな女の子を演じたらピカイチだわ。でも、駄目?」

 タクシーは、減速して近づいたように見えたが、また加速して通り過ぎてしまった。

「今のは絶対に迎車じゃないよ。ゆっくり走っていた。きっと乗車拒否よ。こんなにぬれているから」とミサ。

「薄情ね」と母。

「さあみんな、最後まで乗れないことを覚悟して歩こう。雨が強ければ強いほど、タクシーは捕まらない。これはお父さんの経験からも明らかだよ」と父。

「うん、さっきのお父さんの体験談、身をもって思い知ったよ」とミサ。


 しばらく歩くと、ホストハウスが見えてきた。父、母、ミサ、リコは、ものすごい形相で玄関の前に立った。HM、ジュン、タクが出迎え、4人の姿に驚いた。

「まあ、皆さん、ずぶぬれ」

 HMはリコの髪の毛をつかみ、雑巾のように両手で絞った。たくさんの水が絞り出る。あまりの痛さにリコが絶叫した。


 4人がタオルで髪を拭いていると、HMが言った。

「皆さん、この暴風雨の中を歩いて帰るなんて、そこまでタクシー嫌いとは知りませんでした」

 4人を代表して、ミサが答えた。

「いえ、違うんです。タクシーが全然捕まらなくて」

「タクシー、いませんでしたか? 大型スーパーからここまで、一台も出会わなかったとすれば、万に一つの運の悪さですよ」

「タクシーは何台も走っていたんですけど、一台も止まってくれなかったんですよ」

「お客さんが乗っていたんですかね」

「いや、乗っていないのがはっきり見えましたよ。迎車だったんでしょうか」

「迎車なんて、めったにないんですけどね。タクシーはどこにでもいるから、電話で呼ぶ必要なんてないんですよ」

「ずぶぬれだったから、乗車拒否されたのかな」

「そんなことあり得ません。皆さんの姿が見えなかっただけじゃないかしら」

「いや、違います。運転手さんとちゃんと目が合ったんです。それに、私たち身を乗り出して、あんなに手を上げて振ってたのに」

「え? タクシーに向かって、手を上げたんですか?」

「はい」

「手を上げたんですね。それじゃ止まってくれるはずがありませんよ。手を上げるのは、タクシーに乗らないという合図ですから」

「何ですって? それは地球とは正反対です。乗らないことをわざわざ手を上げて知らせるなんて、おかしいですよ。これが漫画や小説のオチだったら、読者から非難ごうごうです」

「少しもおかしくないですよ。私たち、歩いていてタクシーに出会ったら、乗るのが当たり前なんです。乗らないとしたら何か特別な理由がある時なので、そんな時だけは手を上げて、乗らない意思表示をするんです」

「そうか、だから、普通に歩いている時は、タクシーが私たちの前でわざわざ止まってくれていたのか」


 4人は思い出してみた。晴れている時に歩いていると、タクシーがわざわざ近づいてきては、『なんだ、乗らないのか』とつぶやきながら去っていった。一方、大雨の時は、タクシーに向かって手を振ったにもかかわらず、タクシーは通り過ぎてしまった。


 HMは、不思議そうに父に尋ねる。

「帰り道はタクシーが全く止まってくれなくて、不思議に思わなかったんですか?」

「ものすごい雨でしたからね。大雨の日はタクシーに乗れなくても無理はないと思って」

「雨だから? タクシーと天気と、何の関係があるんですか?」

「え、それはもちろん、雨の日は乗りたい人が増えるから、空車が少なくて……。いや、待てよ。ここではそんなことないのか」

「そうですよ。私たちは、晴れていようが雨が降ろうが、タクシーに乗るんです。だから、雨の日だけ空車が減ってしまうなどということはないんです」

 父、母、ミサ、リコは、疲れ果てた表情で苦笑いするしかなかった。HMが続けて言う。

「申し上げたでしょ。タクシーはとても便利な乗り物です。ただ立っているだけで、近づいてきて乗せてくれるんですから」


 そして、翌朝。雲一つない晴天だ。地球一家6人はホストハウスを出て道に立った。最後くらいはタクシーに乗ろう。おやつをたっぷり買ったから、荷物も多い。ところが、2台捕まえたいのに、タクシーが一台も通らない。まさに不運だ。


 その時、ワゴンの車が近づいてきた。

「ラッキー。あれなら一台でみんな乗れる。絶対にあれに乗るぞ! 僕に任せて」

 ジュンはそう言うと、ワゴンタクシーに向かって手を上げた。ワゴンタクシーは素通りして行ってしまう。

「しまった、つい反射的に手を上げちゃったよ。みんな、ごめん」

 ジュンが家族5人のほうを振り向くと、5人とも手を上げたまま固まっていた。

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