表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/100

第27話『運命のコイン投げ』

■ 運命のコイン投げ


 空港の出口に、上りの階段とエスカレーターが並んでいる。地球一家6人は階段を上ろうとしたが、タクは疲れた様子で、一人だけエスカレーターに向かった。エスカレーターで上っていると、後ろで女性二人の話し声がする。タクは耳をそばだてた。お昼に何を食べようか、スパゲティとカレーのどちらにしようかという話のようだ。

「コイン投げで決めよう。あ、コインを家に置いてきちゃった。何か代わりになる物は……」

「じゃ、こうしよう。私たちの前に、男の子が立ってるじゃない。彼がエスカレーターを降りる時に、右足から降りたらスパゲティ。左足から降りたらカレー」

「いいね。そうしよう」


 タクは前を向いたまま困惑した。なぜ自分が決めることに? 責任重大だ。

「スパゲティかカレー……。カレーのほうが、カロリーが高いんじゃないか。二人の健康を考えたら、スパゲティにしてあげるほうが親切だろうな。よし!」


 エスカレーターの終わりに近づくと、タクは右足を踏み出した。

「あ、スパゲティだ!」

 女性の声を聞いたタクは、後ろを振り向きもせずに走り出し、家族5人と合流した。エスカレーターに乗ったにもかかわらず余計に疲れた表情のタクを見て、みんなあきれて笑った。タクが訳を話すと、ジュンが首をかしげた。

「コイン投げの代わりというのが、気になるな。確かにエスカレーターに乗りながらコインを投げるのは難しいだろうけど、コイン一枚くらいは持っていただろうに」

「見なさい。きっと、あのことじゃないか」

 父が指差す先には、片手に乗るくらいの箱を手に持った女性がいた。透明なプラスチックでできた箱で、底の部分は木の板になっており、中にコインが一枚入っている。周りを見ると、同じ物を手に乗せている人が大勢いる。


「表が出れば、まっすぐ帰る。裏が出たら、買い物して帰る」

 女性がそう言いながら、箱のボタンを押した。底板に振動が発生し、コインが跳ね上がる。コインは5秒ほど回転し、星のマークが見える向きに倒れた。女性はまっすぐ帰った。


 何人かを続けて観察し、星のマークのほうが表で、何も描かれていないほうが裏だとわかった。みんな、何かを決める時はコインを投げる。そして、あの便利な箱があれば、外出先でもコインが遠くに飛んでいってしまうことはない。


 地球一家6人がホストハウスに到着すると、HF(ホストファーザー)が一人で出迎えた。一緒に暮らしている妻は、友人に誘われて泊まりがけで登山に出かけたらしい。


 リビングに入ると、テーブルの上に例のコイン投げの箱が置いてあった。ずいぶん古びたように見える。地球一家が興味を示すのを見て、HFが説明した。

「このコイン投げの箱は、子供の頃から50年使い続けています。思い起こせば、高校進学、大学進学、就職、結婚。数々の人生の大イベントで、これを使って決めてきました」

 そんな大事な決め事に、コインなど使っていいのだろうか?

「人生、何よりも肝心なのは、決断のスピードです。考え込んでも仕方ありません。優柔不断では、人生損をするばかりです。私はこれのおかげで、てきぱきと物事を進めることができ、成功を収めてきました。一代で相当な財産を築けたのも、これのおかげだと思っています」

 確かに財産がありそうな、立派な家だ。


「さあ、皆さん。食事はどうしましょうか。高級ホテルのディナーにご案内することもできます。胃が重いようでしたら、スーパーで買ってきた物にしてもいいですけど」

 HFにそう言われ、父と母が小声で相談を始めた。どうする? せっかくだから高級ホテル? でも大家族だから申し訳ない気もする。でも裕福そうだし……。

「迷っていらっしゃるようでしたら、私がこれで決めましょう」

 HFは、コインの箱を手に取った。

「もちろん、人生の節目の大イベントばかりでなく、日常的に何かを決める時も、コインを投げます。さあ、表が出ればホテルのディナー、裏ならばスーパーのお総菜……」

 HFはボタンを押した。コインが跳ね上がる。地球一家がどきどきしながら眺めると、コインは5秒ほど回転し、裏向きに倒れた。

「裏だ。スーパーで買ってきましょう」

 地球一家はうなずいたが、内心残念だった。HFは続けて尋ねた。

「それから皆さん、どこで寝ますか? ホテルの最高クラスの部屋を予約することもできますよ。もちろん、この家も広いですから、6人寝ることもできます」

 やはり、どうしようかと父母が迷っている間に、HFは箱を手に取った。

「表が出ればホテルのスイートルーム、裏ならば我が家で……」

 地球一家が胸をときめかせて見ていると、コインは今回も裏向きに倒れた。高級ホテルに泊まれず、またしても残念。


 さて、翌朝早く、客間では地球一家6人が朝の光で目覚めた。ジュンがコインの箱を持って部屋に戻ってきた。

「からくりが気になって、ちょっと拝借してきちゃった。何か魔法のような仕掛けがあるのか、確かめたくて」

 ジュンは、ドライバーで箱のねじを緩めた。母が慌てて止める。

「ちょっと待って、ジュン。それはおじさんが子供の頃から大事にしている物でしょう」

「そうよ。いくらジュンが機械に強いからといっても……」とミサ。

「ねじを取り外して、中を見たらまた元に戻すだけなんだから、こんなの機械いじりのうちに入らないよ」

 ジュンはそう言って、またドライバーを動かした。板の部分が二つに分かれ、中の空洞が見えた。

「でもおじさん、よく貸してくれたわね」とミサ。

「あ、彼はまだ寝てたから、あとで返しておけばいいかと思って……」とジュン。

「黙って持ってきたのかい? まずいよ」と父。

「中を見たら、すぐに戻しておくよ」

 ジュンは、ボタンとばねの裏側をよく観察した。何の仕掛けも見当たらない。ボタンを押すと、コインがはじかれる。ただそれだけだ。このコインで運命の選択をして、なぜこれまで成功したのだろうか? とにかく、何もないことだけは確かだ。ジュンは板を元に戻し、ねじを締めた。そして試しに、箱のボタンを押してみた。すると、コインは2秒ほど回転し、裏向きに倒れた。

「コインが倒れるのが、今までより早いんじゃない?」とミサ。

 ジュンは再度ボタンを押してみたが、やはりコインは2秒ほど回転するだけで倒れた。

「うそだろ。すぐに結果が出るようになっちゃった」とジュン。

「今までは5秒。今は2秒ってとこかしら」と母。

 元どおりにしたはずなのに。まあ、コイン投げができることに変わりはないから、正直に話せば許してもらえるかもしれない。


 6人がリビングに行くと、HFも起きてきた。朝の挨拶を交わした後、ジュンはコインの箱を見せながらHFに言った。

「あのー、このコインのことなんですけど……」

 ちょうどその時、電話のベルが鳴った。

「あ、ちょっと待ってくれるかな。何だろう、こんなに朝早く」

 HFは電話で話し始めると、すぐに険しい表情になり、電話を切った。

「大変だ。妻が山で大けがをして病院に運ばれた。今すぐ病院に行かなければ。皆さんに留守番をお願いするわけにはいかないので、一緒に来ていただけませんか」

 HFは、ジュンからコインの箱を奪い取り、出かける準備を始めた。


 地球一家と共に病院に着いたHFは、廊下で外科医の説明を聞いた。妻の足は重傷で、ただちに手術を施さないと一生治らないかもしれないそうだ。

「手術すれば、足はきっと治ります。ただ、手術代はかなり高額になります」

 医者は、HFに金額を書いた紙を見せた。

「どうなさいますか? 今すぐの決断が必要です」

 HFが考え込む様子を、地球一家は見守った。手術するに決まっているだろう。お金持ちなのが不幸中の幸いだ。


 すると意外にも、HFはコインの箱を取り出した。まさか、コインで決めるのか?

「表が出れば手術、裏が出ればやめておく……」

 HFはボタンを押した。コインが2秒ほど回転しただけで倒れたので、HFは驚いた。

「あれ?」

 ジュンは心の中で、まずい、と叫んだ。


 コインは裏だ。手術しないということか。HFは黙ってコインを見つめ、医者に頼んだ。

「先生、お願いします。手術、すぐに始めてください」

 手術? 裏が出たのに?


 手術が開始された。手術室のすぐ外で、家族が見守る中、ジュンがHFに話を切り出した。

「あのー、コインのことですけど」

 HFは、ジュンにコインの箱を見せた。

「これのことかな?」

「すみませんでした。壊したのは、僕なんです」

「壊した?」

「今まで、5秒くらいコインが回転してましたよね。今は2秒くらいで止まってしまいます」

「そうか、君だったのか」

「本当に申し訳ないことをしてしまいました。中身がどうなっているのか気になって分解したら、なぜか元に戻らなくて……」

「いや、お礼を言いたい。どうもありがとう」

「え?」

「あの5秒間が長くて仕方がなかったんだ。一秒でも早く決断したいのに。この箱を作った人の単なる演出効果だったんだよ」

「そうだったんですか。じゃあ、どうしてさっきはコインに従わなかったんですか? 裏が出れば、手術はやめるはずなのに」

「言っていなかったかな? いつもコインに従うわけではない。従わなかったことも数えきれないくらいあるよ」

 HFがコインの箱を逆さにすると、底にラベルが貼ってあった。

「この説明を見てごらん。『コイン投げの結果に必ず従うべし』とは書いていない。こう書いてあるんだ。『何事も、迷った時はコインを投げるべし。コインの結果を見て何の不安もなければ、その結果に従うべし。少しでも未練があれば、逆のほうを選択すべし』。どうですか? コイン投げを使えば、すぐに決断できる理由がおわかりになったでしょう」


 地球一家が無言で聞き入ると、HFは説明を続けた。

「私が財産を築き上げて幸せをつかむことができたのは、その都度人生の選択が正しかったからなのか? それはわかりません。逆を選んでいたら、もっと良い結果になっていたかもしれません。ただ一つ確かなことは、長い時間迷わずにすぐに決断することで気持ちが前向きになり、運が開けるということです。それもこのコインのおかげなのです」

「よくわかりました」とジュン。

「私たちが誤解していました。昨日は全部コインの決定に従っていたので、必ず従うものだと……」と母。

「あー、昨日は小さな迷い事ばかりでしたからね。わざわざコインに逆らうほどのことじゃないでしょう。皆さんがどんな食事をしようと、どっちでもいいじゃないですか。皆さんがどこで寝ようと、どっちでもいいじゃないですか。ハハハ」

 HFが笑い出したのを受けて、地球一家は苦笑いした。その時、手術室から医者が出てきて、手術が成功したことを伝えた。


 HFとお別れした地球一家6人は、会話しながら歩いて空港の階段付近に到着した。

「コイン投げのルールには、納得できたよ」とジュン。

「最後の『どっちでもいいじゃないですか』には、ちょっとカチンときたけどね」とミサ。

「でも、大いに時間をかけて迷ったほうがいい時もあると思うけどね」と母。

「タクは優柔不断すぎるから、あの箱、一個買っておくか?」と父。

 そういえば、タクの姿が見えない。階段ではなく、下りエスカレーターに乗りに行ったのだ。


 タクがエスカレーターに乗っていると、後ろで女性二人の会話が聞こえる。

「今日のお昼ご飯は何にする? また、前に立ってる子に決めてもらう?」

 タクが驚いて振り向くと、女性二人も驚いた。

「あれ? 昨日と同じ男の子?」

「はい。昨日はスパゲティ食べたんですよね?」

「あ、スパゲティって決めてくれたけど、どうしてもカレーが食べたくて、カレーにしたわ」

 ずっこけるポーズのタク。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ