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第20話『長寿を願うモモの木』

■ 長寿を願うモモの木


 地球一家6人は、歩きながらホストハウスを探すのに苦労していた。もらった書類には住所が書かれていない。この辺りで一番大きな家だから、すぐわかると思うのだが。あ、あれだ、あれに違いない。


 ホストファミリーに出迎えられた6人は、テーブルに横並びに座った。向かい側に、おじいさん、おばあさん、HM(ホストマザー)HF(ホストファーザー)、息子のウグト、娘のサスラが座っていた。大きなケーキがテーブルの真ん中に置かれている。HFが言った。

「さあ、皆さん。今日はとてもおめでたい日にいらっしゃいました。なんと、おじいさんと娘が、今日二人とも誕生日なんです」

 おじいさんとサスラが笑顔でうなずく。HFはさらに続けた。

「それだけではありません。サスラは10歳です。10歳の誕生日は、一人前の大人になったという意味をもつ特別の日です。しかも、おじいさんは60歳。60歳の誕生日は、長寿を祝う特別の誕生日なんです」

「そんな二重におめでたい席に同席できるなんて、うれしいですよ。旅行に来てよかった、という気分です」

 ジュンがそう言うと、ウグトがHFに尋ねた。

「旅行って何?」

「この前、教えたじゃないか。名所などを見て回るために、出かけることだよ」

「あ、そうか。不定期の移動のことだね」

 不定期移動? 旅行はしないのか? 旅行という言葉がないのか。


 HMは、ケーキを切って取り分けた。

「ケーキを食べ終わったら、サスラの10歳のお祝いの、モモの苗木を買いに行きましょう。10歳の誕生日にみんな、モモの苗木を庭に植えるんですよ。長寿を願う木に育っていくんです」

 面白い儀式だ。

「みんなじゃないよ」

 ウグトがつっこみを入れ、サスラに向かって言った。

「苗木は、植えても植えなくてもいいんだぞ。植えない人だって大勢いるぞ。君の自由だからな」

「またそんなひねくれたことを言うんだから。モモの苗木はやっぱり植えるものだよ」

 HFはウグトをたしなめた。サスラは決意の表情で言う。

「私、植えるわ。全国民に、私の長寿を願ってほしいから」

「じゃあ、決まりね。地球の皆さんも、一緒に商店街の園芸用品店に行きませんか?」

 HMの提案で、全員で商店街の園芸用品店に向かうことになった。


 商店街に着くと、店先にはモモの苗木が置いてあり、その横に『全国民がモモで長寿を願う』と書かれていた。そういえば、さっきサスラも『全国民に長寿を願ってほしい』と言っていたが、どういう意味だろうか?


 店員の男性が出てきて、サスラに言った。

「誕生日おめでとう。モモの苗木を買いに来たんだね」

 店員男性は、サスラに苗木を手渡した。

「はい、どうぞ。水もいりますか?」

「そろそろなくなる頃ね。一本買おうかしら」

 HMは財布を出し、店員男性は水の入ったボトルをサスラに手渡した。

「ちゃんと毎日、水をやるんだよ。一日でも水やりを忘れると、モモは枯れちゃうからね」

 一日水をやらないと枯れちゃう? それは、普通の水道水ではないということ?

「モモの木に必要な、特別な栄養分が含まれているんですよ」


 家に戻った後、庭の一角で、地球一家6人に見守られながら、サスラはモモの苗木を植えた。

「大きくなあれ」

 サスラは、ボトルに入った水を上から少しかけた。父がHFに尋ねる。

「実がなるまで、3年くらいはかかるんじゃないんですか?」

「3年? とんでもない。このモモは、実がなるまで50年かかります」

 地球一家全員、驚きの表情を見せた。50年も?

「10歳の誕生日に植えて、実を結ぶのはちょうど60歳の誕生日なんです」とHM。

「その頃には、結婚して家を出ているんじゃないですか?」と母。

「その場合は、ちゃんと業者が植え替えに来てくれるんですよ」とHF。


「さあ、皆さん。今度は、私の木を見てください」

 おじいさんが庭の別の一角にみんなを案内した。モモの木にいくつか実がなっている。

「私が10歳の時に植えた木です。見事に実がなりましたよ」

「感無量でしょうね」

 父の一言に、おじいさんは目をうるませて答えた。

「そりゃ、もう。国民全員がこのモモで私の長寿を祝ってくれていると考えると、涙が出てきますよ。さあ、さっそく実をもぎ取って、みんなで食べましょう」


 ダイニングに戻ると、全員でモモをほおばった。貴重なモモをごちそうになったことに、地球一家は感謝した。HMがサスラに言う。

「そうそう、ほかのモモの木にも、今日の水やりを忘れないでね。忘れると枯れちゃうから」

 庭の別の一角には、大きなモモの木と中くらいの大きさのモモの木があった。サスラは両方の木にじょうろで水をやり、地球一家6人はそれを見守った。


 その日の夜、廊下でジュンとミサが二人きりになると、ジュンが言った。

「おじいさんも、国民全員が長寿を祝ってくれていると言ってたな。おじいさんもサスラさんも、言うことがちょっと大げさだよな」

「そうね。なんで国民全員が登場するんだろう。それより、ねえ、もう一つ気になってるんだけど」

「どうした?」

「モモの木が一本足りないのよ」

「うん、僕も気付いた。大きいのが、たぶんおばあさんが植えた木だ。そして、残りの2本が、おじさんとおばさんが植えた木なんだろうな」

「ということは、ウグト君は……」

「植えなかったんだろうな。植えるも植えないも個人の自由、とか言ってたし」

「でも、60歳になった時、彼だけモモを食べて長寿のお祝いをすることができないのよ。植えなかったことを悔やんでないかしら」

「どうだろう。明日、聞いてみるか」


 翌朝、ダイニングに全員が集まり朝食をとった。まだ6時だというのに、これがいつもの朝食の時間だそうだ。ミサがウグトに聞いた。

「ねえ、ウグト君は、10歳の時にモモの木を植えなかったことを後悔していないの?」

「モモの木? 僕は植えたよ」

「植えた? どこに? 庭には見当たらなかったけど」

「ずっと向こうのほう」

 ウグトは、西の方角を指した。

「僕が10歳の誕生日には、ずっと向こうの家にいたから」

「あ、そう」


 ここで、HFが地球一家全員に向かって言った。

「さあ、慌ただしくてすみませんが、7時になったら我々の定期移動が始まります。まだ皆さんにお話していませんでしたね。毎朝7時から7時半の間に、全員が隣の家に引っ越すんです」

 全員って? 地球一家が不思議がると、HFが説明した。

「この国の人間、全員です。毎日少しずつ移動していくんですよ」

 本当に? ということは、この星の人たちには自宅というものがないのだな。それで書類に住所が書いていなかったのか。


「でも、なぜ自宅を持たずに、移動するんですか?」

 ジュンが尋ねると、HFが答えた。

「旅行する必要をなくすためです。我々は、50年かけて全国を一周し、各地に住むことができます。だから、わざわざ旅行しなくていいのです」

 それで旅行という言葉もないのか。それにしても、一周するのに50年もかかるとは。おじいさんが言った。

「そう、私は長生きできたおかげで、10歳の誕生日以来、50年ぶりにこの家に戻ってきたんですよ。昨日見ていただいた私のモモの木とも50年ぶりに再会しました」

「じゃあ、なおさら感慨深かったでしょう」と父。

「ということは、それまでの間は、他人が水やりをしてくれていたということですか?」と母。

「そうです。50年間、国民みんなが毎日、私の木に水やりをしてくれていたんです」

 おじいさんはそう答え、さらにHMが続けた。

「逆に、庭の向こうに植えてある3本のモモの木は、見ず知らずの人の木です。ちょうどこの家で10歳の誕生日を迎えた人が、過去に少なくとも3人いたんでしょう」

 そういうことだったのか。


 もうすぐ7時。移動の時間だ。こんなに広い家はこの家だけなので、地球一家は出発まで残ることになった。ホストファミリー6人が大きな荷物を持ち、手を振りながら歩いていった。民族大移動だ。今、止まっているのは地球一家だけ。妙な気分だ。


 その時、園芸用品店の店員男性が地球一家に声をかけた。大きな荷物を持っている。

「おはようございます。今から、僕がこの家の住人になります。どうぞよろしく」

「あー、そうなんですか。こちらこそ、短い間ですが、よろしくお願いします」と父。


 ダイニングに地球一家6人と男性が集まる。母が尋ねた。

「園芸用品店さんは、もう長くやっていらっしゃるんですか?」

「いいえ、この近所に越してきてからですよ。それまでは別の仕事をしていました。この仕事を始めるまで、モモの木を触ったこともなかったんですよ。10歳の誕生日に、苗木も植えませんでした」

「植えない方もいらっしゃるんですね」

「いますよ。さて、今日も10時に店に行って、夜遅くまで働かなければいけないので、それまで一眠りさせてください。皆さんは出発のお時間になったらどうぞお出かけください」

「でも、この家の庭のモモの木に、水やりをしなければいけないんでしょう?」

 ミサがそう尋ねると、店員男性は否定した。

「僕は実は、水やりをしたことがありません。あの水のボトルも、自分では持ってないんです」

「でも、毎日水をやらないと枯れるって」とジュン。

「そんなことないです。一週間くらいは、水をやらなくても平気なんですよ」

「じゃあ、昨日店でおっしゃったことは、水を売る商売のためですか?」とミサ。

「いいえ、違いますよ。毎日水をやらないと枯れるって言っておかないと、どうせ誰かがやるだろうと思ってみんな水をやらなくなって、それこそ本当に枯れてしまいますからね。店に書いてあった『全国民がモモの木で長寿を願う』というのは、あくまでモモの木を買った人たちだけの内輪の話です。その人たちみんながみんなのために、水を買って毎日水をやり、長寿を願う。これで十分だと思いませんか?」


 店員男性は、立ち上がってドアを開けた。

「それでは、おやすみなさい。さようなら」

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