第2話『お金とミカン』
■ お金とミカン
地球一家6人が新しい星の空港に到着すると、父はすぐに両替カウンターを探した。しかし、どうしても見つからずに戻ってきた。
その時、ホストファミリーが6人の前に現れた。HF、HMと娘のセノカ、息子のセダモの4人家族である。
「はじめまして。よろしくお願いします」と母。
「外に車を止めてありますので、さっそく参りましょう」とHF。
「あ、ちょっと待ってください。まだ両替を済ませてないんです」と父。
「両替する必要はないですよ。この星には、お札もコインもありませんから」とHM。
「え? 本当? この星には、お金がないんですか?」とミサ。
「お金がないっていうと、ちょっと違うんですけど」とセノカ。
「わかった! 何を買う時もクレジットカードで払うんですね」とジュン。
「いいえ、違います。カードもありません」とセダモ。
地球一家は不思議そうな顔をした。
6人は、ホストファミリー4人に案内され、レストランに入店した。メニューには『ハンバーグ、80』『スパゲティ、60』のように数字が書いてあり、その横にミカンの絵が描かれている。
「数字の横にあるミカンの絵は、お金の単位です。ハンバーグは80ミカン、スパゲティは60ミカンなんです」
セノカがそう言って説明した。最初にお金を作った王様の大好物が、ミカンだったらしい。ミカンはとても安いので、何に値段を付ける場合でも、ミカン何個分と考えればわかりやすいそうだ。地球一家は納得の表情を浮かべた。
「地球の皆さん。この星にいる間は、食べるのも遊ぶのも全て私たちがおごりますので、お金の心配はせずにどんどん楽しんでください」
HFの言葉に対して、地球一家一同は感謝の気持ちを伝えた。
全員が食べ終わって店を出る時、誰もお金をいっさい払わなかった。
「支払いは、どこでするんですか?」とジュン。
「支払いはしないんですよ」とセダモ。
「レストランの人たちと顔見知りなんですか?」とミサ。
「いいえ、このレストランに入ったのは初めてです」とHM。
地球一家は、ますます不思議そうな顔をした。大丈夫なのだろうか?
さて、この日の午後は、ホストファミリー全員が夕方まで忙しく、町を案内できないとのことで、地球一家だけで観光することになった。お金を持っていないので不安に思ったが、電車に乗るのも美術館に入るのも、切符を買う必要がないので何も問題ないらしい。
「ただし、一つだけ注意点があります」
セダモが話し始めた。
「さっきのレストランのメニューのように、どこに行っても必ず値段が書いてあります。それを、使った分だけ全部メモして帰ってきてください」
セダモは、ジュンにメモ帳とペンを渡した。
「忘れずにお願いしますよ、ジュンさん」
「は、はい」
地球一家がバスターミナルに着くと、美術館行きバスの乗り口に『大人20ミカン、子供10ミカン』と書いてあるのが見えた。12歳以下は子供料金と書いてある。
ジュンはリコを計算係に指名した。
「えーと、大人4人、子供2人だから、ちょうど100ミカン」
リコが合計金額を暗算ではじき出し、ジュンはメモ帳に『バス代、100ミカン』と書き込んだ。
バスに乗る前に、父がスーパーに入って電池を2個買った。『20ミカン』と書いてあるので、2個で40ミカンだ。お金のやりとりをしないので、何のために店員がいるのかわからない。
美術館の入口には『入場料、大人50ミカン、子供30ミカン』と書かれている。今度は15歳以下が子供だから、ミサも子供だ。リコが素早く240ミカンと計算した。
こうして楽しい町巡りを満喫し、あと少し歩けば家に着くという時に、リコがトイレに行きたいと言い出した。
「トイレなら、そこの角を曲がった所にありますよ」
目の前にあった果物屋の店主の男性が角を指した。
リコが走り出すと、父が果物屋に話しかけた。
「ありがとうございます。助かりました。そうだ、ミカンを一個下さい」
「はい、どうぞ」
果物屋は父にミカンを一個渡した。ジュンとミサは、ミカンをじっと見つめた。全ての物の値段が、このミカンを基準に付けられているんだな。ミカンを眺めていると、万物の原点を見ている気がしてきた。
その日の夜、リビングのテーブルにホストファミリー4人と地球一家6人がそろって着席すると、HFが厳かな口調で言った。
「さあ、みんな。今日は31日。月末日だ。今月分の申告をしなければいけない。さっそく始めようか。セダモ、皆さんに説明してあげなさい」
「うん。毎月いくら使ったかを、一人ずつコンピューターに入力するんです」
セダモが見せたのは、黒いボタンと赤いボタン、それに数字のボタンが付いた機械だった。
「僕が今月使った金額の合計は、2461ミカンだ」
そう言いながら、セダモは機械に2461と入力して、赤いボタンを押した。地球一家は目を丸くしてその様子を見た。
次に、セノカが機械を受け取った。
「次は、私ね。今月はちょっと使いすぎちゃった。3520ミカン払います」
地球一家はさらに目を丸くした。
「今月いくら使ったかなんて、よく覚えていますね」
ミサがセノカに尋ねた。
「誰でもみんな覚えています。もっとも、何にいくら払ったなんて一つ一つ覚えているわけじゃなくて、合計だけ覚えてるんですけど」
そう言うと、セノカは機械に3520と打ち込み、赤いボタンを押した。
「はい、次はお母さんよ」
「はい。私が払うのは8925ミカン。家事が多いと、お金を使うことが多くて大変なのよ」
HMは機械に8925と入力して、赤いボタンを押した。
「はい、最後にお父さんね」
「僕は、もちろん自分で使った金額もあるけど、それ以上に働いて稼いでいるから、お金をもらう立場なんですよ。プラスの17240ミカンもらえます」
その時、セダモが割り込んだ。
「はい、ここでストップ。今日、地球の皆さん6人が使ったお金は、お父さんが払ったことにして、ここから差し引くことになっています。ジュンさん、今日は合計でいくら使いましたか?」
「あ、ちょっと待ってください。部屋にメモを置いてきちゃったから、取ってきます」
ジュンは急いで客間に向かった。
数分後、ジュンが戻ってくる気配がないので、ミサ、タク、リコの3人が様子を見に行くと、ジュンはまだ部屋の中を探し回っていた。
「今日払った金額を書いたメモが見つからないんだよ」
ミサとタクは、困った表情になった。
「私、全部覚えてるよ」
リコが突然言い出した。
「バス代100ミカン、電池40ミカン、美術館240ミカン……」
ジュンは慌てて紙と電卓を用意し、リコの言った数字を足し上げた。全部で999ミカンだ。
「おっと、危ない。リコの知らない買い物があった。最後にミカンを一個買ったから、ちょうど1000ミカンになるよ」
ジュンが計算を終えた時、父の声がした。
「おーい、まだかい?」
「仕方がない。リコの記憶を信じて、この数字を出そう」
ジュンはそうつぶやいて、メモを持って部屋を出た。ほかの3人も後に続く。
「しかし、リコの記憶力はすごいな。この星で暮らしていけるのは、うちではリコだけだな」
タクに褒められ、リコは得意顔になった。
再びテーブルを囲んで10人は一堂に会した。
「じゃあ、僕は17240ミカンから、地球の皆さんが使った1000ミカンを引いて、もらえるお金は16240ミカンだね」
HFはそう言って、機械に16240と入力し、黒いボタンを押した。
「さあ、今月分の申告終了! 明日の朝までに、国民全員分の数字が銀行に届いて、一人一人の残高に対して足したり引いたりするんですよ。国民全員の、もらったり払ったりする金額を合計すると、ちょうどゼロになる仕組みなんです」
「確かに、ゼロになると思いますけど、本当に毎月合うんですか?」
ジュンが不思議そうに尋ねた。
「毎月ちゃんと合うんですよ。みんな正直に申告しますから。数字を間違える人もいません」
HFは自信満々に答えたが、ジュンは内心穏やかではなかった。
翌朝、地球一家6人がリビングに入ると、ホストファミリーがテレビのニュースを見入っていた。大ニュースのようだ。画面に映るニュースキャスターが声を荒らげている。
「先月の申告金額の合計が、ゼロになりません。1ミカン足りないのです。これは我が国初めてのことです。申告の間違いに気付いた方は、早急に連絡してください!」
ホストファミリー4人がいっせいに地球一家のほうを見た。父は思わず言い返した。
「え? 私たちが間違えているというんですか? 申告した金額の合計が足りないといっても、国民は一億人以上いるんでしょう? それでも私たちが怪しいんですか?」
いつになく感情的になっている父を、ジュンが止めた。
「お父さん、もういいよ。ごめん。実は、値段を書いたメモを僕がなくしたんだ。昨日の夜に申告した数字は、リコの記憶に頼ったものなんだ」
「何だって?」
地球一家6人は、前日と同じ場所をもう一度回って、全部の値段をしらみつぶしに確かめることにした。
食い違いはなかなか発見できなかったが、家に戻る手前で見つかった。果物屋のミカンが『一個2ミカン』と書かれていたのだ。ミカン一個が1ミカンではないとは、なんて紛らわしいんだ!
「昔は1ミカンだったんだけど、最近は収穫量が減ったから、値上がりしてね。たくさん採れるリンゴやバナナは、全部一個1ミカンなんだけどね」
果物屋の店主の説明を聞いて、6人はがっくり肩を落とした。お金の単位であるミカンの値段が変動するとは、釈然としない。それでも間違いの原因がわかったので、さっそく家に戻って申告をやり直してもらおう。
そして、ジュンはリコに記憶力を疑ったことを謝り、おわびのしるしに果物屋の店頭からイチゴを一個取ってリコに渡した。リコはうれしそうにイチゴをほおばる。
「ジュン、ちょっと待って。イチゴの値段、見たの?」
ミサが叫んだ。指を差す先のイチゴに書かれた値段は、『3000ミカン』。
「イチゴはめったに採れないから、ものすごい貴重品なんだよ。今月末の申告、忘れないでね」
果物屋の説明を聞いて、地球一家は血の気が失せた。ジュンは、黙って逃げ出したい気分になった。いや、そんなことをしたら、この国の騒ぎは今朝ほどでは済まないだろう。