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第19話『メモ帳のない世界』

■ メモ帳のない世界


 今日のホストファミリーは、HF(ホストファーザー)HM(ホストマザー)、12歳の娘ネルマ、それに8歳の息子ヨルドだ。地球一家6人がホストハウスに到着すると、忘れないうちにと、父がさっそく話し始めた。

「我々の旅行の書類によると、この国を出発する時に出国許可証というのが必要で、大使館に行って受け取る必要があるようなのです」

「大使館まで行くと、半日潰れてしまいますね。明日の朝、私が取ってきてあげますよ」

 HFの申し出に、父が感謝の気持ちを伝えた。

「それは助かります。書面の名前は出国許可証です。今、メモに書いてお渡ししますね。メモ用紙とペンはありませんか?」

「メモ用紙はないですよ」

「メモ帳なら僕、持ってるよ」とタク。

「あ、必要ないです。覚えましたから。出国許可証ですね。よかったら、大使館に売っているキーホルダーも一緒に買ってきますよ。我が国の名物で、お土産にぴったりです」

「それはどうも。でも、どうぞお気づかいなく」

 父がそう言った時、酒屋の店員男性が勝手口から入ってきて、HMに注文を聞いた。

「今日は、赤ワインと、ビール2本、お酢と、ソース、お米、梨をお願いするわ」

「わかりました。明日お持ちします」

 酒屋はメモをとらずに去っていった。ジュンがHMに尋ねた。

「今さっき、メモ帳はないっておっしゃいましたね。この家だけじゃなくて、この星のどこにもないのですか?」

「そうですよ。メモ帳はありません。必要ないからです。言ってみれば、私たち一人一人の頭の中に紙と鉛筆で書き込んでいるんです」

 タクは、感心しながらリコを指して言った。

「それはすごい。記憶力といえば、うちのリコもすごいけど、たぶんそれ以上だな」


 夕食の時間になり、地球一家6人とホストファミリー4人はダイニングに集まった。明日の昼に何を食べようかという話題になった時、ヨルドが今月の学校給食のメニューをすらすらと言い始めた。

「今週の月曜日はシーフードソテー、火曜日はビーフシチュー、……」

 地球一家が驚いて聞いていると、HMが言った。

「カレーがないわね。明日のお昼はカレーにしましょうか。一番の名物料理ですよ」

 それは楽しみだ。地球一家6人は、顔を見合わせて笑顔になった。

「それにしても、よくメニューを一か月分も覚えてるね」とタク。

「これくらい、すぐ頭に入るよ。僕だけじゃなく、この星では全員そうだよ」とヨルド。

「へえ、さすがのリコもかなわないだろう」とタク。

「どうかな」とリコ。

「お、リコが強気だな」とタク。


 次の日の朝、HMはネルマにお使いを命じた。

「カレー粉、牛肉、にんじん、たまねぎ、グリーンピース、ローリエ。以上6品をお願いね」

 ネルマはメモをとらずに出かけた。お昼はカレー、楽しみだ。


 HMがヨルドを探している。そういえば、タクとリコも見かけない。

 ジュンとミサが客間をのぞくと、中にタク、リコ、ヨルドの3人がいた。ジュンがタクに尋ねる。

「何やってるんだ?」

「ヨルド君とリコの記憶力勝負だよ。今から僕が言う20個の言葉を二人が覚えて、あとで紙に書くんだ。たくさん書けたほうの勝ちだよ」

「20個も? やめたほうがいいよ。きっとリコが負けて落ち込むよ。リコだって、学校ではメモくらいとってるだろう。ここの子供たちは、もともとメモ帳のない世界で生まれ育っているんだから、歯が立たないよ」

「でも、リコはやる気満々なんだ」


 タクは、リコとヨルドのほうを見てスタートの合図をした。

「ミカン、めがね、時計、バス、アイスクリーム、花束、海、カエル、……」

 タクが20個の言葉を読み上げるのを、リコとヨルドは無言で聞き取った。

 二人はタクの号令の後、紙に鉛筆で素早く書き始めた。やがて、終了の合図。

「リコはどう? 全部思い出せた?」

「19個。一つだけ思い出せなかった」

 リコは、タクに紙を渡した。タクは、持っていた紙とリコから受け取った紙を見比べた。リコは『花束』を忘れていた。それでも、これだけ思い出せれば上出来だ。

「僕は20個全部覚えてる」

 ヨルドは、タクに20個の言葉を書いた紙を渡した。ミサが言う。

「ヨルド君の勝ちか。リコもがんばったけど、全部覚えないと、この星の住民になれないわよ」

「別に、ならなくていいよ」

 リコが落ち込んだ表情でつぶやいた。その時、父の声が聞こえた。みんなを探しているようだ。子供たちは部屋を出てダイニングに向かった。


 HMと地球一家6人がダイニングにいると、酒屋の男性が勝手口から入ってきた。

「こんにちは。昨日ご注文の品を届けに来ました。シャンパン2本に、白ワイン、オリーブオイルに、ミネラルウォーター、そしてお米とリンゴですね」

「はい。いつもありがとう」とHM。


 酒屋は出ていった。会話を聞いていたリコが、首をかしげてつぶやいた。

「違う……」

「違う? 何が?」とHM。

「注文の品物、お米だけ合ってるけど、ほかは全部違ってる」

「あら、そんなことないと思うけど、ね」

「うん、酒屋が持ってきたんだし間違いないよ、お母さん」

 ヨルドもHMの味方だ。リコは、地球一家のほうを見て助けを求めた。

「違うよね」

 しかし、ジュンもミサも覚えておらず、リコを援護できない。

「きっとリコちゃんの思い違いよ」

 HMにそう言われ、リコはまた首をかしげた。


 タクは心の中で、もしやと思い、記憶力勝負をした部屋に戻った。ヨルドが20個の言葉を書いた紙を、タク自身が書いた紙と見比べる。タクは驚き、一人でつぶやいた。

「何だ、これは。ほとんど全部でたらめじゃないか……」


 一方、HMのいるダイニングのもとへ、ネルマが帰ってきた。

「ただいま。買い物、行ってきたよ」

 買い物袋から取り出されたのは、ひき肉、卵、たまねぎ、キャベツ、トマト、固形スープ。地球一家は顔を見合わせた。これらはロールキャベツの材料ではないか。正解はたまねぎ一つだけで、ほかは全部違う。HMは腕をまくって言った。

「じゃあ、ロールキャベツを作るわね」

 ジュンがけげんそうな顔でHMに尋ねた。

「昨日の夜は、カレーを作るって話でしたよね」

「そうだったかしら」

「そうですよ。買い物を頼んでいた時も、カレーの材料を頼んでいたじゃないですか」

「え、これで合ってるわよね、ネルマ」

「全部合ってるわよ」

 名物のカレーを食べるはずだったのに……。


 そこへ、HFが帰ってきた。

「ただいま。大使館に行って、買ってきましたよ」

 HFは、父にキーホルダーを渡した。頼んだわけではないが、父はいちおうお礼を言った。

「そして、こちらがお待ちかねの物です」

 HFは父に封筒を手渡した。父がおそるおそる封筒の中身を取り出すと、入っていたのは絵ハガキのセットだった。なぜ絵ハガキ?

「大使館で売っている絵ハガキは、きれいですよ。ほら、名所がよく撮れています」

 HFは袋を開けて、中身を並べた。美しい絵ハガキを見て、ネルマとヨルドが欲しそうにしている。父は、絵ハガキを全部二人に手渡し、声を細めて言った。

「全部あげるよ。絵ハガキがあっても、地球に帰れない……」

 よりによって、キーホルダーのほうだけ覚えていたか……。地球一家はため息をついた。

「あれれ、ご不満ですか。せっかく頼まれた物を手に入れてきたんですけど」とHF。

「いや、頼んであったのは、出国許可証ですよ。出国許可証」とジュン。

「え、そんなはずは。絵ハガキだったよな、みんな」とHF。

「絵ハガキでしょ」とHM。

「お父さんが絵ハガキを買ってきたんだから、絵ハガキで間違いないんじゃないかしら」

 ネルマもHFの味方をした。さらに、HMがとどめを刺す。

「さっきから、違う、違うとおっしゃいますけど、それならば証拠を見せてくださいな」

 証拠と言われ、父が頭を抱えた。

「証拠? うーん、証拠なんて何も残ってないですよ。だって皆さん、何一つメモをとっていらっしゃらないんですから」

 地球一家は、二の句を継げずにいた。


 この沈黙を破ったのは、タクだった。

「あのー、すみません。証拠になるとすれば、この紙です」

 タクは、テーブルの上に3枚の紙を置いた。

「さっき、リコとヨルド君が記憶力勝負をした時に、僕が問題を書いた紙と、二人の解答用紙です。リコは20問中19問正解。それに対してヨルド君は、20問中正解が1問だけです」

 20問中1問? また1問正解の法則か。ヨルドは、信じられない様子で紙をのぞきこんだ。

「皆さんも、やっぱりメモ帳が必要だと思いますよ」

 タクはそう言って、かばんからメモ帳を取り出してヨルドに渡した。

「はい、僕のメモ帳、あげるから使ってよ」

 ホストファミリー4人は、まさかという表情で3枚の紙をにらみ続けた。


 その日の午後、地球一家6人は空港に到着した。

「タクのおかげで、彼らはメモをとることの必要性に気付いたね」とジュン。

「そうだね。記憶力の天才でも何でもなかったんだ」とタク。

「記憶力の天才は、やっぱりリコだね」とミサ。


 さて、この国から出られるかどうかが問題だ。なにしろ、出国許可証が手に入らなかったのだ。空港のゲートに着くと、係員の女性が出国許可証の提示を求めてきた。

「持ってないんですけど」と父。

「なければ、出国できません」と係員。

「大使館に取りに行く時間はもうないんです。そこをなんとか」と母。

「出国審査官を呼んできますので、お待ちください。お名前を一人ずつお願いします」

 6人は名前を名乗り、ゲートの前の椅子に腰を下ろした。もはや絶体絶命だ。


 しばらくして、出国審査官の男性が現れた。

「ジュンさんは、どなたですか?」

「はい、僕ですけど」

「ジュンさんは、出国許可証を持っていないそうですね。それがないと、今日は出国できません。さらに詳しく説明しますので、こちらに来てください」

 ジュンが立ち上がった。父が不思議そうに、審査官に尋ねる。

「私たちは?」

「どうぞ、ゲートを進んでください」

 どうやら6人の名前をメモしていなかったので、ジュン以外は全員忘れられたようだ。これはラッキーだ。父がジュンの背中をたたいた。

「飛行機の時間までまだ余裕があるから、がんばって時間稼ぎをするんだ。そのうち、きっとジュンのことも忘れてもらえるだろう」

「そうだね、そんな気がするよ」

「成功を祈る」

 ジュンは笑顔で地球一家5人に手を振り、審査官の後をついていった。

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