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第18話『双子の入学試験』

■ 双子の入学試験


 地球一家6人が今日降り立った星では、生まれる子供が必ず双子の兄弟や姉妹だという。ホストファミリーにも、クルバとベルザという名の15歳の双子の姉妹がいるとのことだ。


 ホストハウスに到着すると、HM(ホストマザー)HF(ホストファーザー)とクルバが出迎えた。妹のベルザは、夕刻からコンサートに行くので今日の帰りは遅いらしい。


 クルバは、壁に掛けてある大きな写真を指しながら地球一家に言った。

「皆さんは、山登りはお好きですか? 私たち、山が大好きなんです。ほら、あの写真」

 ホストファミリー4人が山頂で撮った写真である。クルバとベルザは、見分けがつかないほどよく似た外見だ。ジュンは、写真に写っている姉妹のかわいさに見とれていた。


「クルバ、あなたもお食べなさい」

 HMがクルバにケーキを勧めた。

「私はやめておく。来週また学校で身体測定があるから、体重が気になって食べる気がしないわ」

「あら、そう。身体測定も、毎月あるから大変ね」

 親子の会話を聞き、母がクルバに言った。

「身体測定が毎月あるんですか? それは肥満の予防に最適ですね」

「え、そうなんですか?」

「体重計に頻繁に乗っているだけでダイエットになるといいますよ。毎日のように測定していると、太り気味になってもすぐに気付いて、食べすぎに注意しますから、結果的にちょうどいい体重が保てるんですよ」

「そうか、それは知らなかったわ」


 身体測定の話に続いて、クルバの試験の話になった。

「明日、私は学力試験なんです。その点数で、行ける高校が決まります」

「試験の点数だけで、行く高校が決められるんですか」とミサ。

「はい。もちろん学校ごとに特徴はあるんですけど、基本的には成績順です」

「すみません。そんな大事な日に、泊まりに来てしまって」と母。

「いいんですよ。皆さんに今日来てほしかったんです。特に、ジュンさんに」

 ジュンはクルバに突然名前を呼ばれて、目をぱちくりさせた。

「ジュンさんは、機械に強いそうですね。ということは、物理もお得意ですか?」

「うん、まあ」

「ちょっと苦手なところがあって、教えてほしいんですよ。力学的エネルギーの保存則なんですけど。物体が斜面を滑る時に動摩擦力が働く場合の計算の仕方が、よくわからなくて」

「なるほど。あとで教えてあげるよ。でも、君の歳でそこまでできなくても十分じゃない?」

「私、一番いい高校に行きたいから。力学的エネルギーは学校でも習ったし、応用問題が試験に出るってうわさがあるんです」

「よし、じゃあ僕が予想問題を出してあげよう」

「ありがとうございます。夕食後に声をかけます」


 それから約一時間後、客間でジュンが一人で空想にふけっていた。自分がクルバに勉強を教えるところを想像し、しまりのない表情になった。そこにミサが現れる。

「ジュン、なんかうれしそうね」

「いや、別に」

「明日は、クルバさんが試験を受けるって言ってたわね。ということは、妹のベルザさんも同じ試験のはずよね。まだ帰ってこないけど、大丈夫なのかしら」

「そうだな。二人とも試験のはずだな」

 ジュンは、姉妹の間に立って勉強を教えるところを想像し、ますますしまらない顔つきになった。


 夜になり、地球一家がリビングに集まっていると、HFが入ってきた。

「ベルザはまだ帰ってこないな」

「ベルザさんも、明日は試験ですよね」

 ミサが尋ねると、HFは首を横に振った。

「いや、ベルザは受けなくていいんですよ。双子のうち、お姉さんやお兄さんだけが試験を受けます。今年から、妹や弟は受けなくてよくなったんです。ベルザは、クルバの試験の結果を受けて、クルバと同じ高校に行くことになります」

「まさか。いくら双子でも、試験を受ければ点数は違ってくるでしょう」

「それが、点数にそんなに違いがないことがわかったんですよ。このグラフを見てください」


 HFは、資料を取り出してグラフを指した。ジュンとミサが、それを見ながら説明を聞いた。

「今、双子についての研究が盛んに行われています。これは、過去数十年にわたる双子の学力試験の点数を集計したものですが、双子は必ず似たような点数を取っています。だから、必ず同じ高校に行きます。過去に例外は一組もありませんでした」

「へえ。確かに、双子は性格も似ているので、成績も同じになるんですね」とミサ。

「そうなんですよ。それがわかれば、二人とも試験するのは、学校としても経費の無駄だとわかります。一方が試験を受けなければ、学校側の準備は相当楽になります」

「確かに、点数がこれほど同じなら、両方が試験を受ける必要はないですね」とジュン。

「この資料はあくまで去年までの数字ですけどね」

 HFはそう言いながら、ページをめくった。

「こっちは、双子の身体測定の結果ですよ。双子は見た目が全く同じですので、身長も体重も、当然同じになるのです。だから今年から、身体測定もお姉さんやお兄さんだけが受ければいいことになりました。これについても、今年からそのようにしたばかりで、しかもまだ一部の地域で試しているだけです。うまくいけば、来年から全国的に実施するようです」

「うまくいけば?」とジュン。

「この資料はあくまで去年までの数字ですからね」

 HFは、過去の資料であることをやけに強調する。


「大変。ちょっと来て!」

 HMの声がした。HFとジュンがクルバの部屋に入ると、クルバは真っ赤な顔をしてベッドに横たわっていた。ひどい熱で、うわ言ばかり口にしている。


 HMは医者を呼んだ後、ベルザにも電話した。

「ベルザ、今どこ? お姉ちゃんが病気なの。早く帰ってきてちょうだい」


 クルバが明日の試験を受けるのはおそらく無理だろう。がんばって勉強してきただろうに。

 すると、書類に目を通していたHFが、あっと声をあげた。HMが飛んでくる。

「何? どうしたの?」

「試験の説明書類を読むと、お姉さんが病気で試験を受けられない場合は、代わりに妹が受けられると書いてある」

「本当?」

 それは、とりあえず一安心だ。


 双子の両親と地球一家6人がリビングにいると、玄関からベルザが帰ってきた。ベルザの外見は姉のクルバと似ているが、明らかに横に太っている。

「ただいま。お姉ちゃんの具合は?」

 地球一家は、ベルザの太った体型を見てあっけにとられた。HMが答えた。

「まだ意識がもうろうとしている。早く行ってあげて」

 ベルザはリビングを出ていった。地球一家は、その後ろ姿を目で追った。ジュンは、壁に掛けてある家族の写真を指して、HFに尋ねた。

「あの写真って、姉妹そろって写ってますよね」

「そうですよ。一年前の写真ですけど」

 一年前? 一年であんなに太ってしまうなんて。


 しばらくたって、HMがジュンに言った。

「ジュン君、頼みます。勉強を見てやってほしいんです」


 ベルザの部屋に入ったジュンに、ベルザは憂鬱そうに話しかけた。

「まさか、お姉ちゃんが病気で試験を受けられなくなるなんて」

「でも、君が代わりに受けられることがわかって、ご両親はほっとしてるよ」

「よくないわ。私、何の心の準備もできてないのに」

「今からでもがんばろう。とりあえず、理科をやろうか。力学的エネルギーで動摩擦力が発生する場合の問題が出そうだっていうから、予想問題を出してあげるよ」

「動摩擦力って何ですか?」

「あ……」

「そもそも、力学的エネルギーって何ですか?」

「力学的エネルギーは学校で習ったって聞いたけど」

「そうだっけ。でも、お姉ちゃんと同じことを私に期待しないでください。だって、双子の妹は試験を受けなくていいと発表されたのはもう一年前ですよ。それから一年間、勉強する張り合いみたいなものがなくなっちゃって」

 ジュンは顔をこわばらせ、絶句した。

「あ、ちょっと待っててください」

 ベルザが部屋を出た。人間の意志って弱いものだな。試験があるかないかで、二人にこんなに差が出てしまうなんて。ジュンがそう考えていると、ベルザはお盆にケーキを2個乗せて部屋に戻ってきた。

「食べますか?」

「僕はさっき頂いたから、いいよ」

「2個残っているということは、お姉ちゃんが食べなかったのね。じゃ、私が2個もらっちゃお」

 ベルザは、ケーキにかぶりつきながら話し続けた。

「最近私は、気合を入れるために、甘い物が欠かせないんですよ。もう一年前から体重測定してないから、甘い物食べるのも全然気にならなくなっちゃったな」

「食べ終わったら、勉強始めようか」

「あー、駄目だ。まだ耳鳴りがする。ロックのコンサートなんか行かなきゃよかった」

 ベルザは頭を手で押さえた。

「ごめんなさい。今日はもういいです。勉強できません。もう、なるようにしかならないわ」

「うん、残念だけど、僕にもどうしようもない。手遅れだな」


 翌日の午前中、地球一家6人は出発の準備を整え、リビングに入った。双子の両親とクルバが静かに座っており、クルバはまだ頭がフラフラのようだ。


「ベルザの試験は、終わった頃でしょう。結果がわかるのは何日も先ですが……」

 HMがそこまで言いかけた時、テレビ画面の中でアナウンサーが次のニュースを伝えた。

「つい先ほど、国内統一の学力試験が終わりました。今年から、双子の妹や弟は試験を受けないという制度が一部の地域で試験的に導入されましたが、来年から全国で実施することになるのでしょうか。教育大臣にお話を聞いてみましょう。大臣、お願いします」

「いいえ、この制度は失敗だったようです。実は、本日の試験で、病気で受けられないお姉さんの代わりに妹が受けるという事例が一例だけありました。そこで、さっそく終わったばかりの彼女の答案を採点したところ、どうにもならないほど低い点数でした。やはりこの制度は失敗だったと納得させられました」

「では、来年からは?」

「経費の節約はやはり重要ですので、来年は、双子の兄弟姉妹のどちらが試験を受けるかを、試験当日に決定することにして、全員の目標を失わせないようにしたいと思います」


 地球一家とホストファミリーは黙ってテレビを見ていたが、HMがまず口を開いた。

「地球の皆さんがお帰りになる前に、結果がなんとなくわかってしまいましたね」

「長い歴史の中で、私だけ損した気分。というか、妹だけが得をしたのかな」

 クルバがそう言うと、ジュンが否定した。

「いや、二人とも損をしたんですよ。社会の仕組みのせいで」

 HFも言った。

「ベルザを責めないようにしましょう。二人が本来は同じ成績であったことは、双子の統計データで証明されています。まさに社会の仕組みが差を生じさせてしまったんですから」


 地球一家は立ち上がり、ホスト夫妻に見送られながら玄関前まで進んだ。前向きに、次の驚きを探しに、新しい旅に出よう。そう考えながら玄関のほうを向くと、突然ドアが開き、HFと同じ顔の男性と、HMと同じ顔の女性が続けざまに入ってきた。6人は、仰天して後ろを振り向く。

「紹介します。私の姉です」とHM。

「僕の弟です」とHF。

 地球一家6人は、ほっと胸をなで下ろした。

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