第17話『二つの住所』
■ 二つの住所
■ 二つの住所
地球一家6人は、大通りでバスを降りた。ホストハウスに行きたいのだが、もらった書類には地図が載っておらず、住所が書いてあるだけだ。通りに地図の看板も見当たらない。
その時、若い男性が話しかけてきた。
「この町は、住所だけでわかるので地図なんて必要ないんです。この街並みを見てください。東西南北に格子状になっているでしょう。簡単なので迷うことは絶対にありません」
辺りを眺めると、確かにそうだ。男性は、指を差しながら説明を始めた。
(ここに画像が入ります。以下の「地球一家_縦書き011-020」の72ページの画像を参照してください。)
https://drive.google.com/drive/u/0/folders/1nhr5w5xA-FLbrpTKojFVXJ_kTGjWbDyC
「このバス通りを挟んで、こっち側、つまり北にあるのが北町で、あっち側、つまり南にあるのが中町です。中町のさらに南側には、南町があります」
「我々が行きたいのは中町だから、あっち側ですね」と父。
「そうです。今立っているこの十字路が、中町の1の1です。そして、東方向に次の通りまで行くと、1の2になります。さらに通り一本ごとに、1の3、1の4となっていき、中町の一番端まで行くと、川に突き当たります。川の向こうは、別の市になります」
「なるほど」
「そして、南方向に歩いた場合には、次の通りが中町の2の1です。さらに通り一本ごとに、3の1、4の1となっていき、南町に出るまで続きます」
「中町から南町に変わる目印はあるんですか?」
「南町は、開発されたばかりのきれいな町なので、雰囲気が全く違います。すぐにわかりますよ」
わかりやすく説明してもらったことに対して地球一家はお礼を言い、男性は去っていった。親切な人がいて助かった。
書類に書いてある住所を見ると、『中町の2の31』と書いてある。つまり、北から数えて2本目の道と、西から数えて31本目の道が交差する場所だ。ということは、まず、南向きに歩いて次の通りに出て、そのあと、東向きに通りを30本歩けばいいということだ。通り30本も歩くのか……。地球一家のうんざりした気持ちが表情に出た。
まず2の1に進み、2の31に行く途中でわからなくならないように、全員で数えながら歩くことにした。家2軒ごとに次の道に到達する。27、28、29、……。
十字路に到着した。ちょうど30だ。ところが、なぜか前方に川が流れており、30で終わってしまった。その時、通りかかった女性が父に声をかけた。
「どこかお探しですか?」
「あ、ここの住所は2の30ですよね。2の31はどこでしょうか?」
「31はありません。30までですよ」
「でも、この書類に、住所は2の31と……」
「あー、なるほど。これを書いたのは、たぶん年配の方だわ。皆さんの目的地は、31の2です。31の2が正しい住所なんですけど、それを2の31と呼ぶ人もいるんですよ。31の2ならば実在しますので、きっとそうですよ」
6人は再び歩き始めた。対角線上に一番遠い所まで行く必要がある。対角線といっても、斜めには進めないから、とりあえず元のバス停、つまり1の1の振り出しに戻った。
振り出しからもう一度歩き始め、今度こそ2の31、いや、31の2に着いた。十字路を作る4つの家がある。そのうち一つの家の庭にいた家族が声をかけた。
「地球の皆さんですね。こっちですよ!」
地球一家はリビングに案内された。ホストファミリーは、HM、HFと9歳の娘だ。
「場所はすぐにおわかりになりましたか?」とHM。
「いえ、実は、別の方向に歩いてしまい、時間がかかってしまいました。ここに2の31と書いてありますが、本当は31の2ではないですか?」
父が書類を見せると、HFがうなずいた。
「おっしゃるとおりです。今から10年ほど前、政府が31の2に変えたんです。書類には、僕がなじみのある方法で書いてしまいました」
政府はなぜ変えたのだろうか?
「31の2といえば、普通は北から31本目、西から2本目の道を意味するんですが、なぜかこの市は逆でした。だから、ほかの市と合わせるために政府が強引に変えたんです。でも、急に住所が変わっても混乱するからといって、誰もそれに従いませんでした。従ったのは、一部の若者だけです」
気持ちはわかるが、政府の指示には従ってほしい。二通りの住所があると、余計に混乱するではないか。もっとも、2の31は存在しないから、この家族は困らないのだろう。
夕飯まであと一時間。ホスト夫妻は買い出しに出かけた。一時間では遠出できないので、地球一家は家の中で過ごすことにした。
裏の家の庭にキイチゴの木があり、実を結んでいた。ミサとタクが塀越しに見ている。
「ねえ、ミサ。すごいキイチゴだね。あれだけ立派なのは見たことないよ」
「リコはもう見たかしら」
「まだ見てないんじゃないか。呼んでこよう。イチゴの好きなリコだから、きっと喜ぶぞ」
その時、母が庭に出てきた。
「大変だわ。リコがどこにもいないのよ」
リコ以外の地球一家5人が家の中に集まった。リコは外に行ったのだろう。探しに行こうかどうしようかと考えていると、玄関の外で男性の声がした。警察官である。
「たった今警察に入った連絡によりますと、5歳くらいの女の子が、気を失って倒れているところを発見されました。発見した家で保護されています」
リコは7歳だが、でもリコかもしれない。警官は、女の子の特徴を話した。地球一家は、リコに間違いないと確信した。
「娘は今どこにいるんでしょうか?」
父が聞くと、警官は手帳を取り出した。
「今から住所を読み上げますので、メモしてください。『南町の30の2』です」
父と母がメモをとる。警官は黙礼をして玄関を出ていった。
南町? そんな遠くまで、リコは一人で? 気を失っていると言っていたが、病院には連れていってもらえたのだろうか。とりあえず、急いでその住所に行くしかない。南町の30の2とは、どの辺だろうか? 留守番をしていた娘が教えてくれた。
「南町は、中町よりもさらに南に行った所です。新しい町なので、風景が全然違います。それから、30の2というのは中町と同じです。北から数えて30本目、西から数えて2本目の通りです」
しかし、逆かもしれない。西から30本目、北から2本目という可能性もある。31の2と言われれば一通りしかないが、30の2は両方の可能性があるのだ。母が心配そうに言う。
「早く行かないと、リコが心配だわ。手分けして、両方行ってみるしかないわね」
すると、父がすぐさま役割分担を決めた。
「じゃあ、お父さんとミサで、2の30に行こう。お母さんとジュンは、30の2に行ってくれないか」
「僕は?」とタク。
「タクは留守番を頼む。何かあったら連絡するから」
「わかった」
夕暮れ時の道を、母とジュンが駆け足で進んだ。みんなが言っていたとおり、南町は新しい町で、中町とは雰囲気がまるで異なる。リコは、きっとこの美しい街並みが見たくて、わざわざ南町まで一人で歩いてきたのだろう。
母とジュンは、30の2に着いた。家が何軒かあるので、一軒ずつ聞いて回ろうと思った途端、一つの家から父とミサが出てきた。父が目を丸くする。
「お母さん、ジュン。二人とも、30の2に行ってくれと頼んだじゃないか。ここは2の30だぞ」
「ここは30の2よ。政府の決めた正式な呼び方で言ってるんでしょ」と母。
「いや、僕は旅行の資料に使われていた方法で言ったんだが……」と父。
あー、なんてことだ。
父とミサは既に全部の家を回っており、リコには会えなかった。そこで、父、母、ジュン、ミサの4人でもう一方に行くことした。
十字路に到着すると、見渡す限り空き地ばかりで、家は一軒の雑貨屋しかない。4人は雑貨屋に入り、父が店員の女性に尋ねた。
「あの、うちの娘はここにおりますか?」
「いいえ」
「ここの住所は、30の2、あるいは2の30ですよね」
「そうですよ。新南町の2の30です」
「新南町? 南町ですよね?」
「新南町です。南町というのは、向こう側の古い町です」
「え? 向こうは中町では?」
「中町? あー、そう呼ぶ人も多いですけど、正しくは向こうが南町で、こっちが新南町です」
「正しくは、とは?」
「昔は北町と南町しかなくて、この新南町は、5年ほど前にできたばかりなんです」
「確かに、新しい町のようですね」
「その時、南町を中町に呼び変えて、新しい町を南町と呼んで、北町、中町、南町の順にきれいに並べようと住民は願ったのですが、政府はそうせずに、この新しい町を新南町と名付けたんです」
きっと、名前を変えると混乱すると思ったのだろう。
「でも、多くの市民は政府の指示に従わず、南町のことを中町と呼ぶようになりました。そして彼らは、新南町ではなく南町と呼んでいます」
かえって混乱するから、政府の指示には従ってほしいものだ。さあ、元の中町に戻ろう。リコはきっとそこにいる。地球一家は女性店員にお礼を言って、店を出た。
ずいぶん歩いた末に、十字路に到着した。紛れもなくここが南町の30の2だ。玄関前に女性が立っている。きっと、あの人だ。4人は女性のもとに駆け寄った。
「あ、女の子の家族の方ですか。ずっとお待ちしていました。どうぞお入りください」
女性は地球一家を招き入れた。案内された部屋に入ると、リコが横になっていた。
「大丈夫です。眠っているだけですから。うちの庭に倒れていたんですよ」
女性はそう説明した。倒れていた? この家の庭で?
「ちょうど、あそこのキイチゴの木の下で」
父、母、ジュン、ミサは、庭に出てキイチゴの木の近くに立った。その時、キイチゴの木の反対側の塀の向こうから、タクが顔を出した。
「お父さん!」
「タク! 留守番しているように頼んだのに、なんでそこにいるんだ」
「お父さん、ここはホストハウスだよ」
確かに、ホストハウスの正しい住所は『南町の31の2』。探していた『南町の30の2』は、ホストハウスの裏の家だったのだ。そしてリコは、塀越しにキイチゴの木を見ていて、裏の家の庭に落ちたというわけか。
その時、目を覚ましたリコが庭に向けて顔を出した。
「あれ、イチゴは?」
「もう、リコ。心配したわよ」と母。
「リコのおかげで、みんなで新南町まで行ってきたんだから」とミサ。
「そうだ、罰として、今からリコも一人で新南町まで一っ走り行ってくるか」とジュン。
「ハハハ、それはいいな。新しい町だから、街並みがきれいだぞ」と父。
「え、そんなにきれいな町なの?」とタク。
「タクもリコと一緒に行ってきたら」とジュン。
「えー、せっかく留守番してたのに、なんで罰ゲームと一緒にするんだよー」
タクが半泣きになり、みんなは大笑いした。




