第12話『お急ぎの方、お先にどうぞ』
■ お急ぎの方、お先にどうぞ
地球一家6人は、電車で大都会の駅に着いて改札を出た。かなりの人混みである。ミサはリコに話しかけた。
「ちょっと私、トイレ行ってくる。リコも行く?」
「うん」
トイレの前には、20人ほどの行列ができている。並ぶしかない。そこに、若い男性が声をかけてきた。ホストファミリーの息子のテズモである。
「ひょっとして、ミサさんとリコさんではありませんか。皆さんは今日、僕の家に泊まる予定なんですよ」
「そうだったんですか、よろしくお願いします」とミサ。
「僕は鉄道会社に入って、今はこの駅で働いています。鉄道が大好きなんです。今日は鉄道マニアの家族がお泊まりになると聞いていたので、とてもうれしく思います」
「あ、鉄道マニアは、弟のタク一人だけです。ほら、あそこで時刻表を見ている子」
ミサが切符売り場にいるタクのほうを指すと、テズモは興奮した様子を見せた。
「へえ、そうなんですか。話してこよう」
その時、リコが今すぐにもトイレに行きたそうな仕草を始めた。ミサはテズモに尋ねた。
「もっとすいているトイレはないんですか?」
「この駅はどこも混んでいますよ。じゃ、僕にお任せください」
テズモはリコを指しながら、トイレの行列に向かって大声で叫んだ。
「皆さん、この子が、漏れそうでーす」
すると、前に並んでいる人たちが突然全員振り向き、お先にどうぞのポーズをした。
「お先にどうぞ」
驚くような光景だった。リコは走ってトイレに入っていった。ミサがとまどっていると、テズモはミサに手でオーケーのサインをして、また行列に向かって叫んだ。
「皆さん、この子も、漏れそうでーす」
並んでいる人たちは、今度はミサに向かってお先にどうぞのポーズをとった。ミサは困惑しながらも頭を下げてトイレに入っていった。
しばらくして、地球一家6人はホストハウスに到着した。リコが玄関のドアを開ける。
「おじゃまします」
テズモとその両親が地球一家を出迎えた。
「テズモさん、先ほどはありがとうございました」
ミサが代表してお礼を言うと、テズモは説明口調で言った。
「いえいえ。この星の人たちは、みんなお人よしですから、すぐに譲ってくれるんですよ。僕は都会の駅に勤めているので、行列には詳しいです。急いでいる人がいると譲りたくなる性格がよくわかります。これを利用して、去年、僕はある企画を出して給料が2倍になったんです」
「え、どんな?」
母が話の続きを尋ねたが、HFが遮った。
「まあ、まあ。君の自慢話はあとでいいから、電車で海まで行く方法を教えてあげなさい。明日の午前中に行きたいとおっしゃっているんだから」
「あ、どうもすみません。えーと、これが路線図で、海岸の最寄り駅はここです」
テズモは、列車の路線図を指しながら説明した。
客間に案内された地球一家6人は、各自くつろいだ。タクがみんなに申し出た。
「僕、明日の特急の切符、今買ってくるよ。切符買うのにも並びそうな気がするから、早めに買っておきたいんだ」
「そうか、タク、頼むよ」と父。
「明日の電車ならば、明日買えばいいんじゃない?」と母。
「そうかな。今日買えるうちに買っておいたほうがいいと思うけど」とジュン。
「私もそう思う」とミサ。
「私も」とリコ。
「よし、じゃあ多数決で、決まり。行ってきます」
タクは小走りで部屋を出た。夕飯は7時からなので、それまでに戻らなければならない。タクは急ぎ足で駅に向かった。
駅の切符売り場に着くと、20人ほどの行列ができていた。みんなシルクハットのような形の白い帽子をかぶっている。タクがその後ろに並ぼうとすると、駅員が声をかけた。
「お客様。乗車したい時刻をこの帽子に書いて、帽子をかぶって並んでください」
白い帽子とサインペンを手渡されたタクは、帽子に『明日の午前10時』と書いた。
タクが並んでいると、後ろに人が並んだ。帽子には『18時』と書いてある。あれ、今17時45分だから、あと15分しかない。タクは後ろの人に話しかけた。
「あの、すみません。今すぐ列車に乗ろうとしているんですか?」
「そうなんです。急いでいるんです」
「よかったら、お先にどうぞ。僕は明日の切符を買うだけですから」
「ご親切に、ありがとうございます」
タクは列を譲った。すると、次にまた帽子に『18時10分』と書いた人が並んだ。また急ぎの人だ。タクは声をかける。
「よかったら、お先にどうぞ」
後ろの人は、お礼を言ってタクの前に並んだ。
タクの前の行列は、ようやく5人になった。やっと買えそうだ、と思った矢先に、次にまた帽子に『18時15分』と書いた人が並ぶ。
タクは時計を見た。もう夕飯の時間だ。タクはやむを得ず家に戻ることにした。
ダイニングで地球一家とホストファミリーは夕食を食べ始めた。ミサの驚きの声。
「え、結局、タクは切符を買えなかったの?」
「うん。後ろに急いでいる人がいると、どうしても譲らなければいけない気持ちになっちゃって」
「後ろの人が急いでいるなんて、どうしてわかるの?」
「それがさ、いつの電車に乗るかを書いた帽子をかぶる仕組みなんだ」
タクの言葉を聞いて、テズモが胸を弾ませて語った。
「タク君。さっそく、あの白い帽子をかぶってきたんですね。あの帽子、僕が考えたんですよ」
「テズモさんが?」
「そうです。この星の人たちはとても親切で、急いでいる人がいると譲らずにはいられない性格です。でも、誰が急いでいるのかわからなければ、譲ることができません。あの駅の切符売り場は長い行列ができるので、並んでいると乗り遅れてしまう人が大勢出てしまいます。それで、ちょうど一年前に、あの帽子を思い付いたんです」
「画期的なアイデアですね」と父。
「でも、なんだか納得がいかないですよ」とタク。
「タク、どこが納得できないの?」と母。
「確かにアイデアはすばらしいんですけど、そもそも、急いでいる人が多すぎるんですよ。僕はいつも、特急に乗る時は前の日までに切符を買っておかないと心配なんです」
「タク君の言うとおり、そのほうが普通だと思いますよ」
テズモがタクに賛成したので、タクは少しほほえんだ。
「そうですよね。僕もさっき、家族の意見を聞いたら、ぎりぎりに買うという人は一人だけで、あとはみんな、前の日までに買うって」
「え、その一人って、私のこと?」と母。
「でも、今日並んでいた人は、本当にもう全員が、今すぐ電車に乗りたい人ばかりで。それで僕は、後から来た人にどんどん譲ってしまって、結局切符が買えなかったんですよ」
タクがそう言うと、テズモが考え込んだ。
「そうですか。確かに僕も、最近不思議に思っていたんです。昔は皆さん、もっと余裕をもって切符を買いに来ていたんですけど、最近は、当日ぎりぎりに切符を買う人が増えていますね。一年前くらいからかな」
夕食が終わった後、廊下でミサがタクに立ち話を始めた。
「明日は早めに駅に行って、切符を買わなきゃね。せっかく旅行に来たんだから、予定したとおり特急に乗って海に行きたいわ」
「でも、早めに駅に行ったとしても、後ろに急いでいる人が並んだら、譲らずにはいられなくて、結局ぎりぎりの時間になっちゃいそうだな」
「タクは本当にお人よしなんだから。私が並んであげるわよ。私はそこまで気にしないから」
「さあ、どうかな。あの白い帽子を見たら、落ち着いて並んでいられないと思うよ。お人よしかどうかとは違う気がするんだ。急いでいる人が後ろにいることを知りながら平気でいられる無神経な人だと周りから思われたくないからかもしれないな」
「なるほど。この星の人たちもみんな、タクと同じことを考えているのかな」
「そうか、わかったぞ!」
リビングに地球一家とホストファミリーが再び集まった。タクがテズモに言う。
「当日ぎりぎりに切符を買う人が増えた理由、わかりましたよ。簡単なことです。あの白い帽子を始めたからですよ」
「え、あの帽子のせいですか?」
「せっかく前もって切符を買おうとしても、急ぎの人が来ると譲らなければいけない。そう思うと、誰も早めに買おうとは思いません。ぎりぎりに行けば、みんな譲ってくれて、並ばずに買えるわけですから、みんなそうするようになっちゃいますよ」
「それは気が付かなかった。それじゃ、あの帽子はないほうがよかったんだ。やっぱり切符は早めに買ってもらうに限ります。明日からさっそく、あの帽子を廃止するよう、今から上司に電話で相談します」
テズモは慌てて部屋を出ていった。その背中を見送るHFが語る。
「この星の人は確かにみんな人がいいと言いますけど、一番のお人よしは息子なのかもしれません。テズモは、あの帽子を提案して取り入れたことが評価されて、給料が2倍になったんです。でも明日からきっと、また元に戻ってしまうでしょう。でも、それがみんなのためになると思ったら、そうせずにはいられない性格なんですね」
翌朝、地球一家6人は駅の切符売り場に向かった。20人以上の行列ができており、誰も白い帽子をかぶっていない。彼らは口々に話している。
「あの帽子、なくなってよかったね」
「そうね。またこれで、3日後の切符も、後ろの列を気にせずに買えるようになったわ」
その後ろに地球一家6人が並んだ。ジュンがミサに話す。
「我が家で一番のお人よしはやっぱりタクだね」
「そうよね。せめて、帽子をやめるのをもう一日待ってもらえば、私たち並ばずに済んだのに」
特急に間に合うだろうか。父が心配そうに時計を見る。
「地球の皆さん、僕にお任せください」
いつの間にか近くに来ていたテズモが声をかけた。そして、前を並ぶ人たちに叫んだ。
「皆さん、この人たち急いでまーす」
並んでいる人たちは突然全員振り向き、地球一家に向かって、お先にどうぞのポーズをした。




