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第11話『めがねをかけた人々』

■ めがねをかけた人々


 地球一家6人がホストハウスへの道を歩いていると、周りにいる人たちがみんなめがねをかけていることに気付いた。しかも、派手なめがねの人が多い。小さな子供まで、全員めがねだ。母親と男の子が向こうから歩いてくる。男の子が地球一家のほうを指差し、母親に教えた。

「ママ、ほら、見て」

 男の子の母親は、地球一家を一瞬見ると、軽く叫んで顔を背けた。え? 自分たち、何か変?


 ホストハウスに到着すると、リコが玄関のドアを開けて叫んだ。

「おじゃまします」

「いらっしゃい」

 HM(ホストマザー)が出てきた。その後ろに、ジュンと同い年くらいの娘、マネカもいた。二人とも同じ派手なめがねをかけている。HMが地球一家の顔を見て驚いている。

「あら、その格好で外を歩いていらっしゃったの?」

 え? この格好って?

「この星では、めがねをかけないでいるのは、裸でいるのと同じことです。余っているめがねを持ってきますから、すぐにかけてください!」

 マネカは目をそらしている。

「そんな、恥ずかしい」

 ミサが照れながら顔を隠した。それに倣って、ほかの地球一家も顔を手で隠した。


 隣の家がめがね屋なので、地球一家6人分のめがねがすぐに取り寄せられた。やはり派手なめがねだ。リコのめがねが大きすぎてずれ落ちそうだ。

「子供用のめがねの在庫がなくて、ごめんなさい」

 めがね屋の店員女性は謝罪したが、地球一家がこの星にいるのはどうせ一日だけなのだから、別に問題はなかろう。

「またいつでもすぐ来ますので、ご連絡くださいね」

 めがね屋の女性は、部屋を出ていった。


「それにしても、派手なめがねですね。ここの流行なんですか?」

 ジュンが尋ねると、マネカが答えた。

「そう。そして、この流行を作ったのは、うちの父なのよ」

 この家のお父さん? そういえば、HF(ホストファーザー)が家にいない。


「父は、国会議員なんです。今ちょうどテレビで国会中継をやっているはずだから、つけてみましょう」

 マネカはテレビをつけた。同じ派手なめがねをかけた政治家の一人が話している。テレビ画面には、その横に小さく『98』という数字が映っている。

「これがうちの父です」

 マネカは自慢げに言った。ジュンが尋ねる。

「へえ、かっこいい。この98という数字は何?」

「国民の支持率が98パーセントだってこと。つまり、この数字が大きいほど、国民から信頼されている数字なのよ。この数字はリアルタイムで変化するの」

 マネカは、リモコンを見せた。

「テレビを見ている人が、このリモコンでプラスやマイナスのボタンを押すと、支持率に反映するんです」

「ちょっと、押してみてもいいですか?」

 ミサがいたずらっぽい表情でマイナスのボタンを押した。母が慌てて制止する。

「ちょっと、ミサ。支持率が下がっちゃうわよ」

「大丈夫、国民は何万人もいるんだから、一人がマイナスを押したくらいじゃ、変わりません」

 マネカは笑って言った。ミサが尋ねる。

「じゃあ、お父様は、今を時めく人気政治家なんですね」

「そう。だから、父が何年か前にこの派手なめがねをかけてテレビに出始めた時、国民がみんなまねをして、大ブームになったんです」

 なるほど。


 その日の夜、地球一家6人は客間のベッドに横たわり、寝る準備を始めた。

「ねえ、寝る時はめがねを外してもいいんじゃないかしら」と母。

「そうだな。僕は目が疲れたから、めがねを外すよ」と父。

 6人は、めがねを外して枕元に置いた。

「さあ、電気を消すぞ」と父。

「あ、ちょっと僕、トイレに行ってくる」とジュン。

「外に出る時はめがねをかけたほうがいいんじゃない?」と母。

「すぐ戻るから平気だよ。もうみんな寝ているみたいだし」

 ジュンはそう言うと、めがねをかけずに部屋を出た。


「トイレはここだったかな」

 ジュンがドアを開けると、そこはマネカの部屋だった。ジュンは、中にいるマネカと目が合った。マネカもめがねをかけていない。マネカは小さな悲鳴をジュンに浴びせた。

「キャッ」

「あ、ごめんなさい。間違えました」

 ジュンはドアを閉めようとしたが、マネカが呼び止めた。

「あ、ちょっと待って。出歩く時は、めがねをかけないと恥ずかしいわ。ジュン君がよくても、こっちが恥ずかしくて」

「そうだったね。でも、君も今、めがねをかけてないじゃない」

「もう朝まで誰にも会わないと思ったから、外したのよ」

「そうか、ごめん」

 ジュンが、もう一度マネカの顔を見た。

「めがねを外した君の顔、とてもきれいだよ」


 二人は、しばらく黙ったままお互いを見つめ合った。マネカが手招きした。

「よかったら、中に入って」

「え、いいの?」


 ジュンは部屋に入り、ドアを閉めた。二人は座ったまま顔を見つめ合う。ジュンが尋ねた。

「めがねをかけていなくて、恥ずかしくないの?」

「一度見られたら、平気になっちゃった。ジュン君だけ特別よ。家族の前だって外したことないんだから」

 ジュンは心の中で、このまま時が止まっていてほしいな、と思った。


 その時、HMの叫び声がした。

「大変! 火事よ! みんな外に逃げて!」

 大変だ! ジュンがドアを開けて外に出た。

「めがね、めがね……」

 マネカがめがねを取りに部屋の中に戻ったので、ジュンが慌てた。

「ちょっと、何考えてるんだよ。この際、めがねなんて、どうでもいいだろ!」

 マネカはめがねをかけてすぐに戻ってきた。二人は玄関に向かった。煙がジュンを襲う。

「うわ、煙だ。目が痛い! 大丈夫?」

「私は、めがねをかけているから平気」

 マネカはそう言ってジュンの手を引いた。みんなを誘導するHMの姿が見えた。

「こっち、こっち」


 全員無事に庭に避難した。隣のめがね屋の女性が来て、頭を下げた。

「火元は、うちの店の倉庫だったようです。大変お騒がせしました」

「ボヤで済んで、本当によかったわ」

 HMはそう言いながら、地球一家6人を見て驚いた。誰もめがねをかけていなかったからだ。

「皆さん、その格好は……」

「あ、突然だったもので、めがねをかけずに飛び出してきてしまいました」と父。

「それじゃ恥ずかしいわ。すぐにここにあるめがねをかけて! 焼け焦げて売り物にならなくなったから、差し上げるわ。早く、早く!」

 めがね屋の女性はそう言って、レンズが黒くなっためがねを配った。地球一家がめがねをかけると、まるでサングラスをかけた6人組グループのようになった。


 その時、表通りに一台の車が止まった。降りてきたのは、国会議員のHFだった。

「おーい。火事の連絡を聞いて、心配して戻ってきたんだ。無事かね」

「みんな無事よ」とHM。

「おー、よかった、よかった」

 HFは、黒めがねの地球一家6人に目が留まった。

「おー、すばらしい、そのめがね!」

 え? これが?

「実に斬新だ、実に良い」

 HFは、笑いながらその場を去っていった。


 翌朝、地球一家6人は元の派手なめがねをかけてダイニングに入った。6人がHM、マネカと一緒に朝食をとっていると、HFが入ってきた。

「おはよう」

 HFがサングラスのような黒いめがねをかけていたので、みんな驚いた。

「今日から、このめがねにしたよ。実に斬新だ。それじゃ、行ってくる」


 HFは、玄関から出ていった。母がHMに尋ねた。

「この星には、サングラスはないんですか?」

「ありません。あんな黒いめがねは初めて見ました」

「これは、まずいぞ。彼を止めたほうがいい」

 父はそう言って、理由を説明した。

「彼が黒いめがねをかければ、今度は黒いめがねが大流行するだろう。しかし、黒いめがねは、相手から見ると、目が見えない。目は口ほどに物を言うといって、相手の目を見れば、相手が何を考えているのかがよくわかる。ところが、みんなが黒いめがねをかけるようになると、国民みんなが何を考えているのかわからなくなって、とても怖いことになる気がするんだよ」

 父の言葉に、母が納得した。

「なるほど。確かに、すぐに止めたほうがいいわね。国会議事堂に行きたいんですけど、タクシー呼んでもらえますか?」

「もう手遅れだと思うわ。国会の場所はすぐ近くだから」

 マネカはテレビをつけた。すぐに、黒めがねをかけたHFが映った。笑顔で何か話をしている。残念ながら遅かったようだ。


 その時、テレビに小さく映っていた98という数字が、97、96、95、と急に下がり始めた。HMとマネカが目を丸くした。

「あ、支持率が……」

「どんどん下がっていく……」

 数字は50、49、48、とぐんぐん下がる。

「33、32、31、もう駄目だわ」

 マネカが絶望的な表情になった。ジュンが尋ねる。

「どういうこと?」

「支持率が30パーセントを切ると、議員を辞めなければならないの」

 画面上の数字が29になった時、話し続けていたHFを二人の警備員が背後から捕まえ、連行した。HFは、訳のわからないまま部屋から連れ出された。それにしても、さすが、国民。見る目は確かだったようだ。HMとマネカは、うなだれていた。


 しばらくして玄関のドアが開き、HFが黒いめがねをかけたまま、しょんぼりした表情で入ってきた。

「ただいま。あー、僕は今日からどうすればいいんだ……」

「お帰りなさい」

 HMとマネカが出迎えた。二人とも、同じ黒いめがねをかけている。HMが笑顔で励ました。

「私たち家族だけは、あなたのことを見捨てないわ。みんなで、このめがねでがんばりましょう!」

「二人とも! ありがとう」

 HFは涙を浮かべながら答えた。地球一家は、笑顔でその様子を見守った。

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