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第100話『地球一家オーディション』

■ 地球一家オーディション


 地球一家6人がホストハウスに到着してリビングに招かれると、ホスト夫妻のほかにもう一人の男性がその場におり、歓迎の言葉を述べた。

「はるばる地球から、ようこそいらっしゃいました。私は、ベテランの映画監督です。我々は、地球からの旅行者を初めてお招きすることを記念して、これから大きな企画を始めようとしています」

 自らを映画監督と紹介したこの男性は、『映画企画・地球一家がやって来た!』と書かれた冊子をみんなに掲げて見せた。

「ずばり、地球の皆さんを主人公とした映画を製作するのです」

 地球一家は、驚きのあまり、喜びの笑顔もなく監督の顔をまじまじと見つめた。監督の話は続く。

「そこで、プライバシーがなくて申し訳ないですが、本日はベッドに入られるまでの間、皆さんの行動の一部始終を撮影させていただき、全国のテレビで生放送いたします。そして、それを見た視聴者の中からキャストを募集し、明日の朝、皆さんがいらっしゃる間に主演オーディションまで執り行おうという段取りなんです」

 地球一家の代表として、父が監督に敬意と前向きの姿勢を見せた。

「すばらしい計画ですね。我々の生活を公開するのは少し恥ずかしいですが、ぜひ協力したいです」

「そうですか。では、ホストファミリーの方々との話はついていますから、皆さんは気取らず、自然体でお願いしますよ」

「そうは言っても、ホストの皆さんとは初対面ですから、ある程度よそ行きの姿にはなってしまいますが、できるだけがんばります」

 その後、家の中でテレビカメラが回り続ける中、地球一家6人はホスト夫妻とともに楽しい一晩を過ごした。


 翌朝早く、映画監督が家にやってきて、地球一家を取り囲み説明した。

「ご協力ありがとうございました。手っ取り早く申し上げます。半日間の皆さんの生活をじっくり拝見させてもらった結果、この映画の主役は、ミサさんに決定しました。おめでとうございます」

 ミサがきょとんとしていると、監督は説明を続けた。

「主役をミサさんに決めた理由を申し上げますので、聞いてください。ミサさんは何事にもひたむきで、しかも華があります。感情表現も豊かで、視聴者も感情移入しやすいでしょう。突出したとりえがないのも、かえって好感度が出る条件になるでしょう」

 何だかよくわからないが、褒められるのはうれしい。ミサは終始照れ笑いを浮かべた。すると、監督はミサ以外の5人に向けた講評まで始めた。

「ほかの5人の方々は、残念ながら主役としては落選です」

 地球一家は、落選という言葉にいい気分ではなかったが、言葉を選ばない監督の話はなおも続いた。

「まず、タク君は惜しかったです。準主役ともいえます。とても共感を得やすいキャラクターで、特にスポーツの苦手な子供にとっては心の拠り所となるでしょう。しかし、タク君はあまりにも逃げ腰で、何事にも後ろ向きな姿勢は、主役としてはいただけません」

 無言のタクをよそに、監督の目は次に母に向けられた。

「次は、お母さんです。明るいけれどちょっと抜けたところのある人柄は、万人から愛されるでしょう。でも、お母さんはあくまで子供たちの母親であり、自ら主役を辞退しているように感じられました。子供たちの自主性を重んじるために、一歩引いた姿勢が見受けられるのです」

 監督の視線の先は、母からジュンに移動した。

「次は、ジュン君です。残念ながら主役という柄ではありません。悪役とまではいかなくとも、家族の足を引っ張ったり、余計なことを言ってトラブルを起こしたりする性分は、主役の兄貴としてはぴったりです」

 監督の次の矛先は、父である。

「次は、お父さんです。地球一家の旅行のリーダーであり、大事な決め事があれば決断する姿は頼もしいですが、リーダーと主役では違います。お父さんは非常に地味な雰囲気で、キャラクターのつかみどころもありません」

 監督の言葉は、最後にリコに襲いかかった。

「そして最後に、リコちゃんは主役には最も向いていません。とにかく、口数が少なすぎます。話しかけられないと話さない主役などあり得ません。そして、みんなで笑う場面で笑うこともなく感情をほとんど表に出さない。最年少者の名前をタイトルに入れて『地球のリコちゃん』という映画にする案も出ましたが……」

 ミサを除く一家5人は、別に主役になることなど希望していないのに、選にもれたことを勝手に残念がる監督の言葉に違和感を禁じ得なかった。一家のそんな内心を気にするそぶりを全く見せず、監督はさらに話を続けた。

「実は、ミサさんが主演であることは全国に報道されており、ミサさん役となる女性も募集を打ち切っています。そして、私が書類審査によって既に3人に絞ってあるんです」

 手回しが早いことだ。地球一家が感心していると、監督は続けて言った。

「今からテレビ会議で3人の演技を見ていただき、最終的にはミサさんに決めていただこうと思っています」

「本当に私が決めちゃっていいんですか、監督?」

 ミサが驚いて尋ねると、監督は深くうなずいた。

「もちろんです。実在の人物を演じる時は、本人が最終審査をするのは当然のことですから」

 監督がコンピューターを操作してテレビ会議のボタンを押すと、3人の女子の顔が画面上に映し出された。

 監督の短い挨拶の後、エントリーナンバー1番の女子の持ち時間が始まった。

「エントリーナンバー1番、ピルカ、7歳です。よろしくお願いします。では、演技を始めます」

 13歳のミサ役なのに、7歳の子が応募して勝ち残った? 地球一家の驚きの中、ピルカはパントマイムのように、小道具を使わず身振りだけの演技を始めた。

「わー、おいしそうなイチゴ! いただきまーす」

 ピルカの演技が終わると、エントリーナンバー2番と3番の女子の演技が続けて行われた。

 3人とのテレビ会議の終了後、監督は点数を記入する用紙をミサに手渡した。

「それでは、ミサさん。ご家族と話し合っても結構ですので、30分以内に3人の点数をつけてください。100点満点での採点をお願いします」


 地球一家だけが部屋に残されると、ミサは感想をぶちまけた。

「どう考えても、最後の3番の子が断トツに良かった。演技もうまいし、13歳で私と同い年だし、私と雰囲気も似ている。完璧だわ。100点満点。順番をつけるとしたら3番、2番、1番の順ね。みんなはどう思う?」

「僕もミサと全く同意見だよ」とジュン。

「僕も」とタク。

「お父さんもだ。家族で気が合うね」と父。

「というより、極端すぎるよ。3番の子は完璧で、1番の子は論外だ」とジュン。

「1番のピルカちゃんとかいう子は、さすがにあり得ないわ。あの子は、強いて言えば私じゃなくてリコよ。年齢も7歳だし」

 ミサがそう言うと、母が意外な観点でミサに忠告した。

「一つだけ気になるのは、良かった順が3番、2番、1番の順だということね」

「どうしてそれが気になるの、お母さん?」

「演技や演奏を順番に見たあとで評価しようとすると、人間の癖として、どうしても最後の人に甘くなってしまうのよ。逆に、最初の人は最も点数が辛くなるの。つまり、仮に3人が全く同じ力量だったとしたら、点数は3番、2番、1番の順に高くなりがちだということ」

「えーっ。じゃあ今回、3番の人がいいと思ったのは私たちの気のせいだということ?」

「そこまで言ってない。普段から心しておくべきと言っているだけよ」

 母の意見に対して、父は軌道修正した。

「確かに、一般論としてはお母さんの言うとおりだ。でも、今回の場合は誰がどう考えても3、2、1の順番だよ」

「じゃあ、決まりね。点数を書こう」

 ミサは、3番の女子の点数に99と記入し、少し考えたうえで、2番の女子に94点、1番の女子に90点をつけた。ジュンが皮肉を込めてミサに尋ねる。

「3番の子は完璧と言いながら、100点じゃなくて99点なのはどうして?」

「そんなに簡単に満点はあげたくないからね。声や仕草は自分と少し違うし」

「なるほど。逆に、1番の子は論外だと言ってたのに、90点とは太っ腹だな。0点にしないの?」

「いいじゃない。もしこの点数が本人に伝わるとしたら、あまり低い点数はかわいそうだし。どうせこの点数でオーディションの結果が決まるのなら、3人の順位さえ明らかならばそれでいいでしょ。だから全員90点以上にしてあげたのよ」

「ミサは優しいね」

「全員に高得点というのは、私が好きなテレビ番組での審査の影響かも」

 これ以上話し合う余地はないと確信した地球一家は部屋から退出し、ミサは採点用紙を監督に手渡した。


 その後、地球一家がホスト夫妻と別れて空港に到着し、搭乗時刻まで待機していると、監督がエントリーナンバー1番の女子ピルカを連れて現れた。

「間に合ってよかった。オーディションの優勝者が、どうしてもミサさんに一目会いたいというので、お連れしました」

 そして、監督はピルカの肩に手を乗せながら結果を発表した。

「ミサさんの意見が尊重されて、晴れてこの子がミサさん役を勝ち取りました!」

 え? この子が?

 地球一家は、ピルカには聞こえないように会話をするため、慌てて監督をピルカから引き離した。父が監督に尋ねる。

「ミサの意見を尊重したとのことですが、我々全員一致の意見によって、ミサは3番の女の子を選んだはずですが……。それとも、監督の評価も加味してるんですか?」

「いや、私は完全にノータッチです。ミサさんの評価だけを反映していますよ。ただし……」

「ただし?」

「普通に点数をつけると、どうしても最初の人が最も不利になり、最後の人が最も有利になります。地球でも、そういうことってありませんか?」

 それは、おっしゃるとおりよくわかる。そう言わんばかりに地球一家がうなずくと、監督は話を続けた。

「だから、この星で審査を行う時には必ず、発表順によって機械的にハンディがつくんですよ。長年の経験から、100点満点の場合は、最初の発表者に10点を加算するのが適切だと考えられています。候補が3人だったら、2番の人には5点をプラス。そうすると今回は、1番の女子は90点プラス10点で100点となり、3人の中で最高点になったのです」

 あー、そうだとわかっていたら……。

 話が一段落したところで、オーディションの栄光を勝ち取ったピルカが近づき、地球一家の前で満面の笑顔を見せた。

「選んでくださって、ありがとうございます。ミサさんの役をやることができて、今とてもうれしいです。私、がんばりますね、ミサさん!」

 ピルカがそう言って、握手を求めて手を差し出した相手は、なんとリコだった。リコはきょとんとしたままで、ミサもほかの家族もあっけにとられた。

「まさか、君はミサさんが誰だかを勘違いしていたのか!」

 監督もさすがに驚いてそう言い、取り乱した様子を見せた。

「駄目だ。オーディションのやり直しだ……。いや、もう既に君の優勝をご家族にも伝えて喜ばせてしまった。仕方がない。主役はリコちゃんに変更しよう」

 監督のこの言葉の意味を、ピルカはすぐに飲み込むことができずぼう然としていた。先に状況を察知したリコは、ピルカに手を差し出して握手を交わした。

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