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第10話『7人乗りのバス』

■ 7人乗りのバス


 今日のホストファミリーにはジュンと同い年の女の子がいると聞いて、ジュンは朝からうれしそうにそわそわしていた。仲良くなれるかもしれないぞ。


 地球一家6人が空港を出てバス乗り場を探していると、15歳くらいの女子7人組とすれ違った。ジュンがそのうちの一人に話しかけた。

「ねえ、町まで行くバスに乗りたいんだけど、乗り場はどこかな?」

「すぐそこを右に曲がった所ですよ」

「ありがとう」

「皆さんは、6人でご一緒なんですね。6人だとバスに乗りにくいですよ。私たちのように7人組じゃないと……」

 女子はそう言いかけると、残りの女子を慌てて追いかけ、ジュンの前から消えた。


 地球一家がバス乗り場に到着すると、一台のマイクロバスが停車していた。運転手が運転席であくびをしている。6人はさっそく乗り込んだ。


 10分が経過し、時計は1時半を指した。父が身を乗り出して運転手に話しかけた。

「運転手さん、このバスはあと何分で発車するんですか?」

「発車時刻は決まっていません。あと一個、席が余っているでしょう。もったいないから、あと一人来るまで待っています。あと一人来たら、すぐ発車しますよ」

 バスの中を見渡すと、確かに席は7個あり、一個が空席になっている。


 さらに時間が経過する。1時45分になった時、7人組の一家が近づいてきた。

「運転手さん、次のバスはいつ来ますか?」

「このバスが発車すれば、すぐに来ますよ」

「このバスは、まだ発車できないんですか?」

「あと一人足りないんですよ。でも、お客さんはちょうど7人ですね。じゃあ、先にご案内しましょう」

 運転手は後ろを向いて、地球一家に向かって機械的な口調で言った。

「お客さんたちは、降りてください」

 6人は降ろされ、入れ替わりに7人を乗せたバスはすぐに発車した。


 運転手が言っていたとおり、次のバスはすぐに来た。6人が乗り込もうとした時、2人組が近づいてきた。合計で8人だ。ジュンが運転席に向かって叫んだ。

「8人は乗れませんよね」

「無理ですね。7人でお願いします」


 その時、さらに別の2人組が近づいてきた。それに続いて、3人組が近づいてくる。一人の人が来ればいいのだが……。


 時間が経過し、時計は午後2時を指した。バスの外には、地球一家6人以外に2人組、2人組、3人組がいる。彼らはぶつぶつと話し始めた。

「私たち、いつになったら乗れるのかしら」

「7人組じゃないと、乗れないからな……。いや、待てよ、おい。2人と2人と3人を足せば、7人じゃないか!」

 7人は笑顔になってバスに乗り込むと、すぐに発車した。後に残された地球一家6人。


 次のバスが来た。6人はすぐに乗り込んだ。今度は、何があっても席を絶対に譲らないぞ。自分たちが先に来ているのだから、早い者勝ちで当然認められるべきだ。もし次に2人組が来たら、一人ずつに分かれてもらって、発車してもらおう。そんな話をしていると、運転手が話に割り込んできた。

「そうはいかないですよ。早い者勝ちよりも優先されるのが、仲間の結びつきなんです。人数がぴったりそろえば、来た順番は関係なくなります。それがマナーなんです」

 マナーと言われてしまえば、逆らえない。運転手は続けて言った。

「もっとも、このマナーを変えようとしている団体もありますよ。その名も文字どおり『早い者優先団体』といいます。彼らに出会えば、仲間の結びつきを切り離してでも、先にいる人に譲ってくれますよ」

「ということは、その団体に入ると、早く来れば先にバスに乗れるんですか?」

 ジュンが尋ねると、運転手は首を横に振った。

「いや、無理です。その団体はまだ人数も少なくて、弱い存在です。早い者優先という考えを理解してくれる人は、ほとんどいません。だから、その団体のメンバーは、先に来ている人には譲ってあげるけれど、逆に譲ってもらえることはないんです」

「何、それ? その団体に入っても、いいことは何もないんですね」

「今のところは、一つもいいことはありません。善意の団体ともいえます。でも彼らは、世の中を変えようと本気で考えています。私だって、このマナーが少しおかしいことくらいわかっています。早い者優先のほうが、理にかなっているでしょう。でも、この風習を変えるのは、そんなに簡単なことじゃないんですよ」

「そうですね。それより、一つくらい空席があっても、発車していいんじゃないですか?」

「それはできません。空席があるままバスを走らせるのは、エネルギーの無駄です。それは理にかなっていると思います」


 時間が経過し、時計は2時15分を指している。

「お、ちょうどいい。お一人様が来たぞ!」

 ジュンが言った。近づいてきたのは、非常に太った男性だ。彼はバスの外から声をかけた。

「すみません。私は太っているので、二人分の席が必要です。切符も二人分持っています」

 困ったな。そろそろ誰か一人でもホストハウスに着かないとまずい。

「じゃあ、6人一緒にバスに乗るのは諦めて、先に行ける人だけ行くことにするか。我々が二手に分かれるしかないだろう」

 父がそう言うと、ジュンが軽く手を上げた。

「僕は元気だから、ここで待つよ」

 ジュンはホストファミリーの女の子に早く会いたいのではないのかと家族は心配したが、ジュンはそれでかまわないと言い切った。バスはジュンを残して発車した。


 次のバスが来た。ジュンが乗り込むと、ジュンと同い年くらいの男子が乗り込んだ。次に、やはり同年代の女子が乗ってきて、ジュンと男子の間の席に座った。ジュンが女子に話しかけようとすると、間髪を入れずに男子が先に女子に話しかけた。ジュンは面白くなさそうな表情で男子をにらみ、男子もジュンをライバル視してにらみ返した。

 その時、6人組がバスに近づいてきた。

「乗れますか?」

「乗れますよ。あとから来た二人は、降りてください。君はそのまま乗っていけるよ」

 運転手はそう言って男子と女子に降車を命じ、ジュンには降りないように言った。男子と女子が降りかけるのを見て、彼らは今からしばらく二人きりになるんだなと思い、ジュンは悔しくなった。

「僕、急いでないので、次のバスでいいです。降ります!」

 ジュンはそう言って立ち上がった。

「え? いいのかい? じゃあ、君が乗って、君は後から来たので降りてください」

 運転手は、男子に乗るように、女子に降りるように指示を出した。男子はつまらなそうに座った。


 ジュンと女子がバスを降りる。よし、これで彼女と二人になれる。バスもきっと一緒に乗れるぞ。ジュンが女子に向かってほほえむと、女子もほほえんだ。しかしその時、バスに乗り込みかけていた6人組のうち一人の女性が、女子に向かって叫んだ。

「あら! 今帰り? 偶然ね」

「お母さん!」

 運転手がすぐに反応した。

「親子でしたか。家族の結びつきは、来た順番よりも優先します。一緒に乗ってください。悪いけど、君が降りてください」

 先ほどとは逆に、運転手は女子に乗るように、男子に降りるように指示した。男子が面白くなさそうな表情でバスを降りると、バスは走り去った。


 後に残されたジュンと男子が、無言で不服そうに立っている。なんでこいつと一緒にいなきゃいけないんだ、とお互いに思っていた。

 また次のバスが来た。同時に、6人組がバスに近づいてきた。今度こそ、とジュンが足を踏み出そうとしたところ、6人組のうちの高齢男性が、男子に向かって手を振った。

「あ、おじいちゃん!」

 今度はおじいちゃんか。ジュンは悔しがった。6人組と男子を乗せたバスが去っていく。後に残されたジュン。


 次のバスがすぐに近づいてきたものの、辺りは暗くなりかけていた。このままホストハウスに行けなかったら……。


 その時、最初に会った15歳くらいの女子7人組がジュンに近づいてきた。

「あれ、さっきの人だ。まだバスに乗れないんですか?」

「うん。残りの家族はもう乗っていったんだけど、僕一人残されて」

「私たちも、遊び終えて、今からバスに乗って町へ帰るところなんですよ」

「あ、そうなんだ。君たち、ちょうど7人だね。じゃあ、また僕が置いてきぼりか」

 その時、7人組女子のうち別の一人がジュンに言った。

「先に乗ってください。私がここに残ります」

「え、どういうこと?」

「『早い者優先団体』って、ご存じですか?」

「さっき、運転手さんから聞いたけど」

「私、そのメンバーなんです。だから、先に来ている人がいれば、友達と別れてでも譲ることにしてるんです。さあ、みんな早く乗ってください」


 残りの女子6人がバスに乗り込んだところで、ジュンは残った女子に尋ねた。

「本当にいいの?」

「もちろん。いつも私はこうですから」

 すると、バスの窓からリーダー格の女子が叫んだ。

「かまいませんよ。彼女の主義なんだから、言うとおりにしてあげて、乗ってください」

「じゃあ、遠慮なく」


 ジュンがバスに乗り込み、一人の女子に見送られながらバスが発車した。ジュンは女子6人に取り囲まれて、楽しそうに話をはずませた。いろいろあったが、結果的には最高のバスの旅になったぞ、とジュンは満足していた。


 ジュンは、HM(ホストマザー)と地球一家5人の待つホストハウスに到着した。なかなかバスに乗れなかったために遅くなったことを伝えた。バスの旅が楽しかったので、まんざらでもなさそうににやにやしていた。

 しかし、ジュンにとって残念な知らせが一つあった。この家の娘が、まだ帰宅していなかったのだ。帰りが遅い日がたびたびあるらしく、結局この日も帰宅しなかった。


 そして翌朝、空港へ向かうバスに地球一家6人とHMが乗り込んだ。帰りは全員でちょうど7人だから、簡単に乗れたのだ。

 空港に着く手前で、バスは速度を落とした。

「結局、娘さんとはお会いできませんでしたね。残念だわ」

 ミサがそう言うと、HMは意外なことを言った。

「もしかしたら、会えるかもしれませんよ」


 バスが止まり、全員降りると、そこに女子が立っていた。HMが声をかける。

「ほら、やっぱりここにいたわ」

「あ、お母さん」

「ここで昨日からずっとバスに乗れるのを待ってたの? お友達7人組なんだから一緒に帰ればいいのに、『早い者優先団体』なんかに入るから、またこんなことになるのよ」

 ジュンは女子と目が合い、はっと気付いた。昨晩の7人組女子のうち、ジュンにバスを譲ってくれた女子だったのだ。彼女が先に口を開いた。

「あ、昨日の……」

「え、ジュンさんのこと知っているの?」とHM。

「ええ、昨日の夕方、……」

 女子は、ジュンを指しながら事実を話し始めた。ジュンは、きまりが悪そうに天を仰いだ。

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