出て行け、と言われましたので、私はろくでなしの元を去りました。
「お前の居場所はここにはない!何が妖精の加護だ!この役立たずめ!今すぐ出て行け!」
そう言われましたので、私は3年程添い遂げた、名ばかりのクソ夫、いえ、ろくでなしの元を去りました。
幸いな事に、彼との間に愛などは存在しておりませんし、この身も清いままです。
彼には他に愛する人がおりました。私が去った後には、その方とめでたく結ばれることでしょう。
この国のおかしな決まり『一度婚姻関係を結んだ後、婚姻関係を解消するには3年経過していなければならない』のせいで、私は3年もの時間を、ろくでもない人の邸で過ごすはめとなりました。
ま、今となってはどうでもよいことですけれど……。
この世界には古来より言い伝えがありました。
『妖精の加護を受けた女性を嫁に迎えると、生涯に渡り安泰となる』
この言い伝えによって、私はこの国の第二王子である、ハリス・オーウェンの元に嫁として迎え入れ……無理やり連れて来られました。
第一王子には、最愛の奥方様がおられましたので、こうして国のために、と双方の合意なく、まんまと婚姻関係が結ばれたわけでございます。
初めてハリス様とお会いしたときのことは、今でも鮮明に覚えております。
「貴様を愛するつもりはない。私には将来を約束した人がいるんだ。貴様が妖精の加護を受けていると知らなければ、今頃は兄上と同じように愛する人と結ばれていたはずなんだ」
よくもまぁ、減らず口をたたきますこと
私とて、貴方様みたいな横暴で、無知な人には興味ありませんわ
せいぜい婚姻関係が絶てるまで辛抱してさしあげますわ
と、心の中で思いながら一礼をした記憶がありますわ。
妖精の加護、と言いましても、全ての者に加護がつくわけではありません。妖精が見えるだけの方もおられます。国中探しても、加護を受けている者はほんの僅かです。
私の場合、幼い頃に迷い込んだ森で、たまたま怪我をしていた妖精の手当てをしたことがきっかけで、私の住む邸に妖精が顔を出すようになりましたの。一緒にお菓子を囲み、他愛ないお話をして過ごしたり、森の奥にある妖精たちが集う場所へも連れて行っていただいたこともありましたわ。
そんな楽しい日々にも、終わりというものは突然やってくるものです。
ある日私が邸に帰ると、国王軍が邸を囲うようにいました。何事かと思えば、妖精の加護を受けているとの情報が国王の耳に入り、未婚だった第二王子への嫁入りが決まったのです。
ハリス様の邸へ向かう前、これまで私邸に足を運んでいた妖精たちに別れの挨拶をしましたところ、妖精たちは口を揃えて私に言いました。
「私たちは貴女とずっと一緒にいますわ」
「どこにいても私たちはすぐに飛んで行きます」
「この羽がありますもの」
一時的なお別れをしましたが、彼らとの再会はすぐに実現しました。
ハリス様のお邸で、私に与えられたのはなんとも言い難いお部屋でした。何年もの間使っていなかったお部屋のようで、扉を開けると埃が舞い、カビ臭さも残っておりました。
「貴様にはこの部屋をくれてやる。部屋があるだけ有難いと思うんだな!」
そう言い放ち、ハリス様は扉を閉めた後、なぜか鍵をかけたのです。どういうおつもりなのかわからず、扉をしばらく見ておりました。
「貴様には自由などないと思え!故に、この部屋から出ることは許さない!貴様がこの部屋を出られるとするならば、妖精の加護でこの国のために尽くせたと判断されたときか、3年後の婚姻関係解消のときだろう。食事はこの部屋で摂れるように持ってきてやる!せいぜいこの国のために尽くすんだな!」
左様でございますか
貴方様のお考えはわかりましたわ
ようは、私はここで3年、耐えれば良いだけのことですね
こうして私はハリス様とほとんど全く、顔を合わせることなく、3年の婚姻関係を終えました。
清々しい気持ちでハリス様の元を去ることができ、私はようやく自由になれたと実感したのです。
私邸へと戻った私を、温かく迎え入れて下さったお父様とお母様。
「おかえり、我が愛しい娘よ」
「貴女が無事で良かったわ」
「妖精の加護の意味を全くわかってない奴の元へなんか行かせたくなかった。本当にすまない」
お母様の目にはうっすらと涙が浮かんでおり、私もつられて泣きそうになりましたわ。
こうして、また穏やかな日常を送れるようになり、妖精たちとも私邸や森で過ごす時間が増えました。
いつものように妖精たちと共に森で過ごしていたある日のこと。どこか落ち着きのない妖精たちの様子に、私はある不安を覚えました。そう……あの時と同じような予感。
「ねぇ、どうか……しましたの」
「あっ、えーっと」
「大丈夫ですよ!」
「何にも心配することはありません!」
「私たちの目に狂いはありません!」
小さくて可愛らしい手で胸を叩く姿は、自信を持っているようにも見えました。拭いきれない不安を感じつつも、私は彼らを信じようと思いました。
「こちらにおられましたか」
ふと後ろから聞こえてきた声に、驚きのあまり身体がびくりとしました。
ゆっくりと振り返ると、私の目の前には見慣れない衣装を身に纏った男性の姿がありました。
白を基調とした詰め襟のお衣装を見るからに、この国の方ではない……のでしょう
「申し遅れました。私はワームル国より参りました、カイル・マーカスと申します」
礼儀正しくお辞儀をする姿、元より彼から感じられる優しい雰囲気に一瞬でも心を奪われそうになった、とは言えません。
「ワームル国と言いますと、最近我が国と貿易を始めた……お国ですよね」
「さすが、よくご存知で」
「ですが、マーカス様。どうして私の元に……と言いますか、こちらへはどのようにして来られたのですか」
「どうかカイル、とお呼びください。貴女にはそう呼ばれたいです。その点に関しては、彼らに案内をしてもらいました」
カイル様の隣には、私とも面識がある妖精の1人がおりました。
「あなた、最近見かけないと思っていたら……」
「ワームル国へ遊びに行ってましたぁ」
「もう……心配していたのですよ」
「僕はこの通り、元気いっぱいですよ!」
よくよく話を聞きますと、妖精たちは私が軟禁、いえ、ハリス邸で生活をしている間に、カイル様とお知り合いになったそうです。
ここ数年の間に、国として栄えてきたワームル国との協定は、わが国にとっては必要だったのでしょう。
義父であった国王陛下はよく、妖精の加護のおかげでこの国は多くの国と協定が結べるのだ、と言っていたそうです。
一概にそうとは言えませんが……
カイル様はよく私の下を訪れて下さいました。
妖精たちも、彼には心を許しているのか、素敵な笑顔を振り撒いております。
こうして約1年ほど経った頃、カイル様は私を迎えに来てくださりました。
「一緒にワームル国へ来て下さいませんか」
その時に彼から知らされた事に、驚きを隠せませんでしたけれど、それ以上に私は嬉しかったのでしょう。
彼の想いが……。
お父様をはじめとした、一家総出でワームル国へと迎え入れていただくこととなり、私たちは国を去りました。
カイル様との生活は、幸せそのものでした。
妖精たちもワームル国に住み着いてしまうほど、気に入ったようです。
そんなある日、カイル様にあるお方からの面会の申し出がありました。私も同席するように言われましたので、致し方なく同席をすることにいたしました。
「先に客間へ行ってくれないか。急ぎの案件が送られてきたんだ」
「わかりました」
カイル様に一礼して、私は客人を通す客間へと向かいました。扉が開いたと同時に聞こえてきたのは、なんとも懐かしいお声でした。
「貴っ様ぁ!」
声は確かに……ハリス様です……わね
……とても王族とは思えない格好、ね
私の目の前には、私が知る限りのハリス様とは全く別人に思えるくらい、髪はボサボサで艶もなく、お髭のお手入れもされていないお姿がありました。あの頃の面影が全く感じられないお姿に、少々驚きましたが、態度は変わらずでした。
「ご機嫌よう、ハリス様」
「黙れっ!」
「……」
相変わらず話し方が成っておられませんこと
睨みつける彼の目には、私に対する計り知れない憎悪がこもっているようにも思えました。
「貴様のせいだ!何もかも、貴様が仕出かしたことだ!」
「私は関係ございません」
「貴様が私を裏切ったからこんなことになったんだ!」
「そんなこと……」
「貴様が私の邸で過ごしていた内容が、事細かく記事になって出回ったんだ!そのせいで私は……王位継承権を剥奪され、無一文で国を追放された!」
「私はハリス様のお邸での事を一切口外しておりませんわ」
「黙れ黙れ黙れ!」
ここまで狂気じみたハリス様を見た事がなく、私は恐怖を感じておりました。
何を言っても聞く耳を持たない状態のハリス様。
しばらく立ち尽くしていると、私の後ろより足音が聞こえてまいりました。
「貴方には礼儀、というものがないのでしょうか」
「くっ……」
「彼女は、私の妻ですよ」
「失礼……いたしました」
先ほどまでとは違う態度でしたが、それだけカイル様に対しては言い返せない何かがあるのでしょう。
「私がいない間に、随分とお話をしたみたいだね」
カイル様の表情は穏やかに笑っているようなのですが、その目には怒りがこもっているようにも思えました。
「ハリス様、貴方は何か誤解をしているようですね」
「……そんなはずは」
「彼女は一切、貴方の邸で過ごしていたことを口外しておりません」
「ですが、」
「貴方は何も知らなさすぎる。彼女には妖精の加護がありますが、それは妖精たちの意志です。彼らが進んでとった行動です。此度の事も、全部彼らの行いです。妖精にすら相手にされない貴方にはわからなかったでしょう。不思議なことに、確かな情報はいつの間にか美化されてしまうものです。貴方が彼女を妻に迎え入れて何をしてきましたか、彼女に対して冷遇していたではありませんか!」
「……」
「言い返せませんよね」
「……私には、もう何もありません」
「今後については、貴方のこれからの行い次第で判断させていただきます、あまり期待はしておりませんけどね」
踵を返そうとしていたカイル様を後ろ目に、私はハリス様の前に屈んだ姿勢をとり、彼に一番聞きたかった内容を尋ねてみることにしました。
「ハリス様、私の名前はご存知ですか」
「……名、前」
「ええ。私の名です」
「……」
「ご存知、ないですわよね」
「……す、すまない」
「いえ、別に責めているわけではありません。今まで一度も呼ばれたことはありませんでしたし」
その場で立ち上がり、彼を見下すように私は言いました。
「リリィフィール・フェアリーヌと申します」
前妖精王直々に名をいただいたと、幼い頃に教えていただきました。
この時からすでに、私には妖精の加護がついていたのだと思いました。
この世界には古来より言い伝えがありました。
『妖精の加護を受けた女性を嫁に迎え、生涯大事にすることで幸せで安泰な生活を送ることができる』
この言い伝えは、かつて妖精王であったカイル様のご先祖様のお言葉だったそうです。
◇⁺◇⁺◇
ワームル国では今日も賑やかなお茶会が開かれていました。
たくさんのお菓子が置かれたテーブルを囲みながら、国王陛下が王子を膝に抱き、王妃の腕にはすやすやと眠る姫の姿がありました。
そして、彼らの周りには、たくさんの妖精が飛び回っていたそうです。
虎娘『出て行け、と言われましたので、私はろくでなしの元を去りました。』
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今後とも虎娘の作品をよろしくお願いいたします。