99 噂
食堂の長いテーブルの一辺に、私とレリック様。
その向かいに、お父様、お母様、お兄様が座りました。
アセンブル伯爵領の特産品は乳製品で、そのチーズを使ったピザが私のお気に入りです。
昼食のメインは、様々な種類のピザ。その他に、サラダやスープが用意されていました。
「これは旨いな。王宮では出ない料理だし、セシルのお気に入りなら、今度作って貰おう。」
私が結婚して王宮に入っても、領地の料理が食べられるようにと、レリック様は思って下さったのでしょう。
その心遣いが嬉しいです。
王宮の高級な料理を食べているレリック様に、料理が気に入って貰えたようで、皆、安堵の表情を浮かべていました。
昼食を終えて、侍女が食後の紅茶を用意すると、お父様は人払いをしました。
食堂には、私達家族とレリック様だけです。
「レリック殿下がカインに直接聞きたい事とは、カインが令嬢を持ち帰り、いかがわしい行為をしている。という噂について、で宜しいでしょうか。」
お父様の言葉に驚きました。
誠実なお兄様に、そんな噂が流れていたなんて、知りませんでした。
レリック様は、私が任務に集中出来るよう、黙っていたのでしょう。
「それで間違いない。社交界の噂はデマも多く、常に新たな噂が生まれ、興味の移り変わりも早い。
カイン殿の噂も、いずれ飽きるだろうと、王家としては問題視していなかった。
だが、王家と縁戚になる者として相応しく無いと、一部の貴族連中が、ここぞとばかりに騒ぎだした。大方、アセンブル伯爵家に嫉妬している者達だろう。」
家の繁栄や安泰の為に、王家と縁戚になりたいと、全ての貴族が望んでいます。
だから、誰が王家と繋がっても、嫉妬は避けられません。
足元を掬われないよう、常に用心するしかないのです。
「時に噂は、悪意で真実かのように偽装される場合もある。
セシルに危害が及ぶ前に、噂はデマだと証明して、貴族連中を黙らせる必要が出てきた。
それで、噂の真相を探るべく、申し訳ないが、夜会に参加しているカイン殿を見張らせて貰った。
結果、カイン殿に問題行動は見られなかった。
だが、同じ夜会会場で庭園の見張りをしていた騎士が、令嬢と馬車に乗り込むカイン殿を目撃している。」
レリック様の話だと、夜会会場にお兄様が二人いた事になります。
「どちらかが、カイン殿の偽者だろうが、カイン殿を見張っていた騎士も、令嬢と馬車に乗り込む姿を見た騎士も、間違いなく本物のカイン殿だと言い切っている。
それ程カイン殿に似ている男ならば、美丈夫だなんだと直ぐに注目され、噂になるだろう。が、そんな噂は全く出ていない。」
お兄様の髪や瞳の色は、青紫と特徴的です。
同じような人がいれば、顔が似ていなくても目立つでしょう。
「夜会では、確かな証拠もつかめず、どちらが本物かの判断が出来ない。追跡調査に時間をかけるより、確実に本物のカイン殿がいる、アセンブル伯爵邸で話を聞く方が、効率的だと判断した。」
レリック様に視線を向けられて、お兄様が頷きました。
「レリック殿下、噂は全くのデマです。噂の俺は、お誘いしたご令嬢方に、右鎖骨にある黒子を見せているらしいですが、黒子は家族以外、見せていません。見せていない証拠はありませんが、これを見れば信じて頂けると思います。」
お兄様はシャツのボタンを外して、右鎖骨付近にある黒子を見せました。
「これは……黒子?アザではなく?」
レリック様が黒子を凝視しています。
お兄様の黒子は直径五センチくらいあります。
黒子にしては、かなり大きくて、アザと間違えても仕方がありません。
ガリア王国では、アザは醜いものの象徴で、それが黒ければ魔をイメージさせ、更に不吉だとか、呪われている等と考える人が殆どです。
だから、アザがある人は忌み嫌われ、酷い扱いをされるので、誰もが隠したがります。
小さな黒子であれば誰にでもありますし、場所によっては、チャームポイントとして好意的に受け入れられます。
ですが、あまりにも大きな黒子は、黒いアザだと認識されるでしょう。
黒子だと説明したとしても、どんな反応をされるか、簡単に想像出来ます。
過去。お兄様は、この黒子で、とても辛い経験をしました。
お兄様は、明るくて社交的ですが、過去の経験のせいもあって、誰に対しても一線を引いて、絶対に自分の全てを晒さないのです。
右鎖骨の黒子について、美丈夫ファンクラブに情報提供したのも、絶対に見せる気がないからです。
そんなお兄様が、レリック様に黒子を見せたのは、私の結婚に迷惑がかかると思ったからでしょう。
「なるほど、これは確かな証拠となり得る。カイン殿、これを見せるのは勇気がいっただろう。協力感謝する。」
「恐れ入ります。信じて頂けて良かったです。」
お兄様は、レリック様の反応が思ったよりも普通で、ほっとした表情をしていました。
きっと、もっと嫌悪されると思っていたのでしょう。
王族のレリック様は、他国の様々な価値観を知っています。
そして、魔の正体が何かを知っています。
だから、黒子は大きくても、ただの黒子としか認識しなかったのでしょう。
その反応が、お兄様にとって、どれだけ嬉しかったか分かりません。
「その黒子は本人の証拠になるが、新たな噂を生むだけになるから、発表は出来ない。証拠が無い場合、偽者を捕える為、カイン殿に協力を願おうと思っていた。どうだろうか。」
「それは構いませんが、お役に立てるかどうか。」
「カイン殿は同行してくれるだけで良い。何故か分からないが、偽者は本人と見分けがつかない。本人が我々といれば、もう一人が偽者だと分かり、捕縛出来る可能性が高い。勿論、身の安全は保証する。」
「同行するだけで宜しければ、いつでも協力させて頂きます。」
「偽者は大規模な夜会に出没すると分かっている。丁度明日、公爵家主催の大規模な夜会が開かれる。私としては偽者を捕えて、スッキリしてからセシルとの結婚式を迎えたい。」
「それはまた急ですね。ま、俺も噂には迷惑していましたから、さっさと解放されるなら、願ったり叶ったりです。」
レリック様とお兄様は立ち上がって、互いに宜しくと握手を交わしています。
二人の仲が深まったようで嬉しいです。
「レリック様、私も協力したいです。お兄様が悪く言われるなんて許せません。」
「何を言っているんだ、セシル。立場をわきまえなさい。」
「気持ちは嬉しいが、殿下の足手纏いだよ。」
「カインの言う通りよ、令嬢が出来る事なんて無いのよ。」
一斉に家族から反対されて、ハッとしました。
もしかしたら、お役に立てるかも知れないと思って、思わずいつもの調子で名乗りを上げてしまいました。
考えてみれば、騎士の任務に令嬢が関わるなんて、常識では絶対にあり得ないのです。
この二ヶ月。騎士との任務が普通だったので、私の感覚はすっかり麻痺していたようです。
もう、笑って誤魔化すしかありません。
「それもそうですね。レリック様と離れたくなくて、つい口から出てしまいました。」
「おいおい、今までと違い過ぎるだろう。どれだけ惚れてんだよ。何よりだけども。」
「おい、アリッサ。セシルから、離れたくないなんて言葉が出たぞ。信じられるか?」
「たった二ヶ月で、人って変わるものなのねぇ。」
私がいかに元婚約者に対して淡白だったのか、家族の反応を見て思い知らされました。
そして、誤魔化す為とはいえ、恥ずかしい事を口走ってしまいました。
気まずいです。
家族とレリック様、どちらの顔も見れなくて俯いていると、頭にレリック様の手が乗せられました。
顔を上げると、レリック様の優し気に細められた目と視線が合いました。
「仕方ない。私の側を離れないなら、連れて行こう。」
「殿下!?それはいかがなものかと……。」
まさかレリック様が許すとは思っていなかったのでしょう。
お父様が狼狽えています。
お母様がお父様に、頑張って止めての視線を送っています。
お兄様も立ったまま、レリック様とお父様を交互に見ています。
「可愛い婚約者の頼みならば仕方がない。夜会に連れて行くだけで偽者の捕獲は騎士がする。危険には近づけさせないし、絶対に守るのでご安心を。」
王族のレリック様が私の頭を撫でながら、伯爵のお父様に有無を言わせない笑顔を向けています。
「……宜しくお願いします。本当に。」
ああ、お父様を心配させてしまいました。
心なしか、少し老けたような気がします。
秘匿事項なので、絶対に言いませんが、魔王討伐に参加したなんて知ったら、髪の毛まで抜けてしまうかもしれません。
家族のいない所で、こっそりお願いするべきでした。
お父様の毛根を心配しながら、大いに反省したのでした。




