98 カントリーハウスへ
結婚式まであと三日です。
明日から二泊三日の予定で、実家に帰省します。
一日目はカントリーハウスがある領地に泊まって、二日目は王都のタウンハウスに泊まります。
そして、三日目は結婚式です。
領地へは、私と二人の護衛で向かいます。
レリック様と離れるのは、たった二日。
なのに、少し寂しいと思っている自分に気付いて、クスリと笑ってしまいました。
だって、元婚約者のワグナーとは、一ヶ月会えなくても平気だったのです。
そんな私の変化に、きっと家族は驚くでしょう。
何があったのか聞かれても、秘匿事項ばかりで、話せる事は少ないですが、二ヶ月ぶりに家族と会えるのは、楽しみです。
アセンブル伯爵令嬢として、家族と過ごせるのは最後ですから、思いっきり甘えるつもりです。
正午。
いつものように、レリック様が昼食を食べに、騎士棟から私室へ戻って来ました。
「カイン殿に直接会って、確認すべき事が出来たから、明日は、私もアセンブル伯爵領へ行って、そのまま一泊する。アセンブル伯爵殿も了解済みだ。詳しくは明日話す。」
「お兄様に?分かりました。」
何だか嫌な予感がします。
レリック様は、大事な事ほどギリギリに話す傾向があるのです。
話の内容が気になりますが、敢えて聞かないでおきましょう。
折角の楽しみな気持ちを、まだ味わっていたいですから。
翌朝九時。
馬車は、アセンブル伯爵領へ向かいました。
領地までは、馬車で三時間かかります。
帰省はレリック様も一緒なので、白騎士団の護衛は一人増えて、三人になりました。
護衛は馬に乗って、馬車と並走します。
馬車内の床には、私室と繋がる転移陣が描かれています。
馬車が本邸に到着すると、護衛騎士が腕輪で連絡してくれます。
その連絡を受けて、私達は私室から馬車内へ転移します。
つまり今、領地へ向かっている馬車には、誰も乗っていません。
転移陣で楽を覚えてしまった私とレリック様は、ゆっくり起きて護衛から連絡が来るまで、私室でお茶をしながら、優雅に待っていました。
午前十一時半頃。
レリック様の腕輪に連絡が入りました。
「レリック殿下、ルペーイです。アセンブル伯爵邸に到着しました。どうぞ。」
「ルペーイ、レリックだ。直ぐに転移する、以上。」
レリック様と転移陣に入りました。
「セシル、馬車内は天井が低いから、中腰にならないと危険だ。」
「分かりました。」
陣の中でレリック様と中腰になると、レリック様が手で陣を二回ノックしました。
陣が光って、無事、停車している馬車内に転移出来ました。
布張りの席に座って、レリック様が扉をノックすると、馬車の扉が外から開かれました。
目の前にはカントリーハウスの入り口が見えます。
王宮ほどの規模ではありませんが、それなりに大きな邸です。
真っ白な建物の外観が、周囲の牧草地からは白く輝いて見えるので、領民からは「白の館」と呼ばれてます。
先にレリック様が降りて、私の手を取ってエスコートして下さいました。
既に、カントリーハウスの扉は開いていて、レリック様と邸内に入ると、家族や侍従が揃って出迎えてくれました。
「アセンブル伯爵殿、急な申し出で済まない。本日は世話になる。」
「レリック殿下、ようこそお越し下さいました。セシルも……よく帰って来た。」
気のせいでしょうか。
私を見たお父様に、変な間を感じました。
「長旅でお疲れでしょう。殿下さえ宜しければ、ここでは私達の家族として、肩の荷を下ろして下さいませ。昼食をご用意しておりますから、先ずは食堂へ参りましょう。セシルの好きなピザも用意させたわよ。」
私を見るお母様が、やたらと微笑んでいます。
無事結婚式を迎えられそうで、喜んでいるのでしょう。
お父様とお母様に挨拶している間、カインお兄様に凝視されている気がしました。
レリック様に緊張しているのでしょうか?
社交的なお兄様にしては、珍しいです。
「お久しぶりです、レリック殿下。お帰り、セシル。」
あら?いつも通りのお兄様です。
さっきの違和感は、気のせいだったのでしょうか。
「ただいま、カインお兄様。」
「カイン殿とは、婚約披露パーティ依頼か。事前連絡したと思うが、話がある。」
「はい、分かっています。昼食後に時間を取っています。」
「セシルには、カイン殿と話をする時、一緒に聞いて貰う。」
「分かりました。」
レリック様は、お兄様に確認すべき事があると言っていました。
それが何か、全く見当がつきません。
誠実で『空気を読める加護』を持つお兄様が、何かをやらかすとも思えません。
お兄様の背中を見ながら、私とレリック様は、最後尾を歩いていました。
不意に、クスリとレリック様が小さく笑いました。
「何かおかしな事でもありましたか?」
「ああ。皆、私達がずっと手を繋いでいるのが、気になっていたようだ。」
「!」
言われてみれば、つい、いつもの習慣で、カントリーハウスに到着してから今まで、ずっと手を繋ぎっぱなしでした。
お父様が話している時、おかしな間があったのも、お母様がやたらと笑顔だったのも、お兄様が私を凝視していたのも、ずっと手を繋いでいたから!?
家族の違和感に納得出来て、急に恥ずかしさが込み上げて来ました。
「気付いていたなら、挨拶の時に、手を放して下されば良かったのに。」
レリック様にだけ聞こえるよう、小声で話ながら、繋いでいる手を放そうとしましたが、しっかりと握られて放して貰えません。
レリック様も私にだけ聞こえる声量で話します。
「その必要はない。どこで何が起きるか分からない。ここでも手は繋ぐつもりだ。」
「家族の前でも、ですか?邸の中は流石に何も起きませんよ。護衛だっていますし。」
少し後ろには護衛が三人、付いて来ています。
「王族は常に警戒する必要がある。皆、いつもの事だろうと、直ぐに慣れて気にならなくなるだろう。セシルも気にしなければ良い。」
「それは無理です。家族の前で手を繋ぐのは恥ずかしいです。控えましょう。ね?」
「セシルが繋がないなら、控えるしかない。」
そう言いながら、レリック様は知っていたのです。
普段、レリック様と手を繋ぐ行為があまりにも当たり前になり過ぎて、レリック様に手を差し出されると、つい、私が無意識に手を取ってしまう事を。
それを良い事に、ここぞとばかりに手を握られて、家族の前でも放して貰えなくなるなんて……。
この時の私は、思ってもいないのでした。




