95 昼食
正午。
護衛騎士に付き添われて私室に戻ると、侍女のレミがテーブルに昼食の配膳を始めていました。
「お帰りなさいませ、セシル様。素敵な柄の箱をお持ちですね。」
「ええ。レリック様から預かっている箱なの。」
魔を吸引する箱、なんて正直には言えません。
「レミ、レリック様と大事なお話があるから、食事中は外して貰えるかしら。」
「畏まりました。何かございましたら、ベルでお呼びくださいませ。」
レミは配膳を終えると、大部屋から退室しました。
テーブルに箱を置くと、椅子に座ってレリック様を待ちます。
他国の王女と結婚した方が国益になる……。
メリーク殿下の言葉が頭から離れません。
十二時を少し過ぎた頃、レリック様が大部屋に入室して来ました。
レリック様の姿を見るなり駆け寄って、ギュッと抱き付きました。
「セシル?」
「お話、したい事があります。」
「分かった。」
レリック様は優しくハグしてくださってから、そっと頬に触れて、私の髪に飾られていた赤い花を手に取ると、顔をしかめました。
「これは、メリークからか。」
「はい、お近づきの印にと。ホワーズ魔法王国から魔法で呼び出したそうで、枯れないようになっているそうです。」
「……セシル、済まない。」
「何ですか?突然謝ったりして。」
レリック様は、グシャッと花を手で握り潰しました。
「悪いが、ホワーズ魔法王国の花が、ただの花とは思えない。何か情報を盗む機能が付いているかもしれない。警戒はするべきだろう。少し待っていてくれ。直ぐ戻る。」
レリック様は握り潰した花を持って、一旦個室に戻りました。
椅子に座って待っていると、数分で戻って来ました。
「花は?」
「元の形に再生したから、調査するようエドに転送した。」
レリック様の予想通り、ただの花ではなかったようです。
「そうでした、メリーク殿下から箱を預かりました。」
「勇者が箱を解錠する様を見たいと言うから渡した。反応はどうだった?」
「驚かれていました。あと、ホワーズ魔法王国への移住を勧められました。」
「移住!?」
レリック様が、危うく手にした箱を、落としそうになっていました。
「詳しく聞かせてくれ。と、その前に食事にしようか。」
昼食後。
紅茶を飲みながら、お茶会での話を報告しました。
「私を研究に協力させる為だとしても、メリーク殿下の話は正論だと思います。でも、私はこの国を離れるのも、婚約破棄もしたくありません。他国の王女ほど役に立てなくても、私なりにレリック様を支えたいのです。」
私の個人的な願望だと理解しているだけに、レリック様の返事を聞くのが怖くて、声が震えました。
「セシル、私は王族として、国のために生きる覚悟をした。だから、最も国の為になる道を選ぶ。それは揺るがない。」
レリック様の真剣な声に頷きました。
では、婚約破棄、でしょうか。
「王族として、メリークの考えも分かる。が、我が国の王族に限って、他国の王女との結婚はあり得ない。そもそもメリットがあるなら、兄上がそうしている。」
確かに言われてみれば、第二王子のレリック様よりも、次期国王のピューリッツ王太子殿下の方が、政略結婚のメリットは大きいでしょう。
「我々は神から加護を授かるが、その力は、我が国の王公貴族にだけ発現すると分かっている。
そして、我が国の常識は、加護のある者が王公貴族で、無い者は平民だ。
つまり、加護のない他国の王女は、我が国では平民扱いとなり、王家の結婚相手としては認められない。
仮に結婚しても、生まれてくる子は加護を授かれず、結局平民扱いとなり、跡継ぎにはなれない。」
私達貴族にとって当たり前の加護が、他国では授かれないなんて、知りませんでした。
「だから、他国の王女を迎える訳が無いし、セシルを手離しはしない。予定通り結婚して、一生セシルと共に生きる。それが私の、最も国の為になる選択だ。」
レリック様は、真っすぐ私の目を見て言って下さいました。
「嬉しいです。私、また婚約破棄されてしまうのかと、不安だったのです。」
「それは絶対にあり得ない。セシルは私にとって、唯一無二の存在だ。この先もずっと。」
「私も、レリック様だけです。」
どちらからともなく、手を繋ぎました。
以前よりも、レリック様との絆が深まった気がします。
話し合うって、本当に大事です。
「それにしても、魔王討伐協会。
いや、ホワーズ魔法王国は、思ったより怪しい国かもしれない。
勇者と密室で聞き取り調査出来る権利を利用して、必要なら保護。できなければ勧誘して、どのみち勇者を連れ帰る魂胆なのだろう。
世界を救うほどの力を持つ勇者ならば、国の内部情報に関わる機会も多い筈だ。
勇者を通して、各国の機密情報を得て優位に立ち、他国を属国にでもするつもりかも知れない。」
「そんな、考え過ぎでは?」
「そうなら良い。だが、警戒するに越したことはない。調査が三日なのも妙だ。勧誘の失敗も考えて、国の情報を聞き出す期間かもしれない。これ以上、セシルをメリークに接触させるのは良くない気がする。」
「メリーク殿下と二人きりにならなくて済むならば、私は嬉しいですが、聞き取り調査を中断するなんて、可能なのでしょうか。世界から認められている権利なのでしょう?」
「世界に認められているとしても、自国にとって不利だと判断すれば、中断するだろう。交渉材料はある。これから騎士棟に戻って策を練る。明日は私も聞き取り調査に同行するから、そのつもりでいてくれ。」
「はい。レリック様が一緒ならば心強いです。」
レリック様には、いつも助けて頂いてばかりで、感謝の気持ちを伝えても、伝え足りません。
昼休みが終わって、転移陣で騎士棟へ戻る直前のレリック様と、いつものようにハグをした後、背伸びをして、レリック様の頬に口付けをしました。
「!」
「レリック様、有り難うございます。お帰り、お待ちしております。」
自分から口付けをしておきながら、恥ずかしくなって、思わず逃げるようにレリック様の個室を退室して、扉の前で悶えてしまいました。
きっと、もうレリック様は騎士棟へ行ったでしょう。
レリック様の個室に目を向けると、僅かに開いている扉の隙間から、個室内が見えました。
退室した時、完全に扉を閉めきっていなかったようです。
右手で顔を覆ったまま、左手を腰に当てて、立ち尽くしているレリック様が見えました。
まだいます。
どうしたのでしょうか?
「……い過ぎる。」
溜め息混じりに何か呟いていましたが、語尾の方だけしか聞き取れませんでした。
いすぎる?
何か大量発生した連絡でも来たのでしょうか?
婚約者でも、盗み見なんていけませんね。
そっと扉を閉めたのでした。




