90 初の
教会の地下にある魔王を封印していた部屋を出て、どこへ向かえば私室へ戻れるのか、私には分かりません。
「先ずは地下道から騎士棟の個室へ向かう。こっちだ。」
レリック様と手を繋いで地下道を一緒に歩いていると、ようやく魔王の脅威がなくなったと実感が沸いてきました。
「全員無事で本当に良かったですね。」
「ああ。魔に囚われはしたが、死者が一人も出なかったのは、魔王が快楽主義で、自ら手を下さなかったからだろう。ある意味我々は幸運だったと言える。」
「確かに、殺そうと思えば私も簡単に殺せた筈ですよね。」
私を殺す機会は沢山ありました。
でも、直接手を下されそうになったのは、クリス副団の時、一度だけです。
魔王の腕は伸びるし、普通の剣では切れないと聞きました。
仮に切断出来ても動くし、力も強くて、狙われたシアーノはかなり危険でした。
キュッとレリック様に手を強く握られるのを感じて、我に返りました。
どうしたのかと顔を見上げると、レリック様が、心底安堵したような表情をしています。
「セシルを失う事態にならなくて、本当に良かった。」
「私もレリック様がご無事で、こうしてまた手を繋げて幸せです。」
話していると、もう騎士棟の個室に着きました。
カロン伯爵邸に向かったのは深夜で、外は真っ暗でした。
今は、朝の五時になるところです。
個室の窓からは、もう夜が白白と明けているのが見えました。
レリック様が先に転移陣へ入ります。
そして、いつものように抱き寄せられると、低く甘い声で囁かれました。
「手を繋ぐだけで良いのか?ハグでも何でも、いくらでも私を欲しがってくれて構わないのだが?」
「……っ、それは、有り難う、ございます。」
欲しがるって、もっと言い方があると思うのですが。
赤面するしかありません。
フッと笑うような声と、足音が聞こえて、陣が光りました。
もしかして、からかわれたのでしょうか?
私室にあるレリック様の個室に転移した直後、抱き寄せられていた手が少し緩んで、顔を覗き込まれました。
「セシルの褒美は何が良い?私だけ貰うのは不公平だろう。」
そうでした!
レリック様にご褒美として、口付けする約束をしていたのでした。
「あの、私にとってもレリック様との口付けはご褒美ですので、不公平ではありませんよ。」
なかなか恥ずかしい事を口走っている自覚はありますが、気持ちを伝える大切さを学びましたので、レリック様の顔を見上げて、正直に伝えました。
「君は私を喜ばせる天才か。」
顔をそむけて、ポソッとレリック様が呟いた声を、聞き逃しませんでした。
これは、お褒めの言葉でしょう。
恥ずかしくても、やはり気持ちは伝えるべきですね。
レリック様の手が頬に添えられて、元々近かった顔が更に近付いて来ました。
唇に今まで感じたことの無い、柔らかな感触がして、離れる時、チュッと小さな音が耳に響きました。
一瞬でしたが、長くも感じられて、初めての口付けに、ぽーっとなっていると、再び口付けされました。
「ん!」
さっきの一瞬、触れる程度とは違って、少し唇を押し付けるような口付けに、どうして良いか分からず、 息を止めたまま、固まっていました。
再び唇が離れる時、またチュッと音がして、やっと、呼吸が出来ました。
「セシル、呼吸は鼻ですれば、苦しく無い。」
「あ、なるほ――――」
再びレリック様に唇を塞がれました。
今度は鼻での呼吸を意識したので、苦しくはありません。
ありませんが、心臓がバクバクして、破裂しそうです。
それに、少しずつ口付けの時間が長くなっている気がします。
嫌ではありませんが、予想外の出来事に戸惑って、レリック様の唇が離れた時に、抗議の目を向けてしまうのは仕方がないでしょう。
「あの、口付けは、一回ではないのですか?」
「頑張ったご褒美なら、これくらいしたいが、駄目だったか?」
駄目かと聞かれたら、駄目でもないから不思議です。
確かに、ご褒美ですから、レリック様に満足して頂かなければ意味がない気もします。
ですが、口付け初心者の私は、一回目で、既にぽやぽやして、もう、大変なのです。
「駄目、では無いです。ただ、何だか体に力が入らなくなるので、ちょっと困ります。」
恥ずかしくて、視線を逸らしながら小声で言うと、レリック様の片手が腰に回されて、強く引き寄せられました。
「私が支えるから、問題無い。」
「え?」
後頭部に手を添えられて、口付けを再開されてしまいました。
結婚式当日に口付けが上手く出来るか不安でしたが、きっと大丈夫でしょう。
この数分で、口付けの経験値が上がった気がします。




