9 一日の終わり
「では、今後の予定について話すから、そこに座ってくれ。」
一通り部屋を見て回った後、最初に入室した部屋、大部屋、とでも言いましょうか?に戻って、四人が座れる程のテーブルとセットになっている椅子の一脚に座りました。
殿下も隣の椅子に腰掛けました。
「明日より忙しくなるから、今日はゆっくり休んで貰う。明日の午前中は王妃教育、と言っても婚約パーティの打ち合わせだ。午後からは騎士棟へ行く。詳しい説明は行ってからだ。」
「私、騎士団に所属するのですか?馬術や剣術、木登りは嗜み程度には習いましたが、騎士団に入るなんて、とてもついて行けそうにありません。」
「伯爵令嬢が嗜みで馬術はまあ、だが、剣術や木登り?」
殿下が不思議そうな顔をされています。
何か可笑しな事を言ったのでしょうか?
「誘拐された時の為に、皆さん全員一通り習うと教わりましたが?」
首を傾げると、殿下は口元を手で覆って私をじっと見つめました。
「……ああ、そうだな。」
殿下は何か考えるような素振りをされていましたが、直ぐに説明に戻りました。
「セシルの任務は解錠だけだ。私の婚約者として、手伝いは頼むが、騎士になる訳では無いから安心しろ。」
「それは良かったです。」
加護を使うだけなら私にも出来そうです。
「明日の予定は以上だ。では、世話係を紹介する。」
レリック様がテーブルの上にあるベルを鳴らすと、侍女が三名入室してきました。
「彼女は侍女長のシーナ。生活に困ったことは何でも彼女に相談すると良い。それと侍女のレミとラナ。セシルの専属侍女だ。」
侍女長のシーナは三十九歳。栗色の髪を後ろに纏めて凛とした雰囲気です。
レミは活発そうで、ラナは大人しそうです。
二人とも二十代で、子爵家の出身だそうです。
「食事は部屋で取る。外には護衛が待機しているから、私がいない時に部屋を出る場合は、必ず護衛に付き添って貰う事。必ずだ。」
子どもに言い聞かせるみたいに言われてしまいました。
私って、そんなに危なっかしいのでしょうか?
二十四歳の殿下に比べれば、十七歳の私は子どもみたいに見えるのでしょうけれど、これでも成人女性なのです。
それにしても、今日は顔合わせに、衣装合わせ、王宮の案内等、盛り沢山でした。
明日も予定がぎっしりなようです。
殿下の言うように、寂しいと思う暇もありません。
「今日は疲れただろう。明日の為にも、ゆっくりしておくと良い。私は用があって部屋を出る。シーナ、後は頼む。」
「畏まりました。さあセシル様、お風呂の準備が出来ております。」
侍女長のシーナにお風呂へ案内されました。
いつ、お風呂の準備をしていたのでしょう。
レミとラナに手早く脱がされて、お風呂もされるがままに磨かれてしまいました。
手際の良さに驚きです。
「まあ、何て艶やかで美しい紫色の髪なのでしょう!肌も白くてつるすべです。」
「ありがとう。」
ラナがとても褒めてくれました。
「殿下が惚れるのも分かります。」
レミは誤解しているようです。
婚約しておいて違うなんて、説得力がありませんので、黙っておきましょう。
ふわふわのタオルで髪を乾かして貰って、着心地の良い部屋着を着せて貰いました。
流石王宮。何もかもが一級品です。
「夕食をお持ちします。こちらでお掛けになってお待ちくださいませ。」
侍女長のシーナに大部屋のテーブルに再び案内されました。
「あの、殿下がお戻りになるまでお待ちしたいのですが。」
私だけ先に食べるのは、申し訳ありません。
「殿下は遅くなりますので、セシル様は、先に召し上がって、お休みになるよう言付かっております。」
そんなに遅くなるなんて、殿下は忙しいのですね。
「そう、それなら仕方がないですね。」
席に着いて待っていると、手の込んだ豪華な食事が次々に運ばれて来ました。
美味しい、美味しすぎます。でも、量が多いです。
「あの、シーナ、とても美味しいのですが、食べきれないので、次回から、量を減らして頂けますか?」
「あら、失礼致しました。言われてみれば、殿下と同じ量でした。申し訳ございません。次回からは減らすように致します。さあ、食後の紅茶をいれましょう。あと、私や侍女に丁寧な言葉遣いは不要です。」
シーナはあれこれと世話を焼いてくれて、至れり尽くせりでした。
お腹が膨れて、香り高い紅茶を飲んで、リラックスすると眠くなってしまいます。
少しだけソファーでお腹を落ち着かせてから、寝室へ入室しました。
寝室には同じようなベッドが二台並んでいます。
特に指定されなかったので、何となく右側のベッドで横になりました。
殿下だってお疲れでしょうに、私だけ先に休むなんて、やっぱり申し訳ない気持ちです。
せめてお帰りになるまで待って、お疲れ様と声を掛けてから眠りましょう。
コロンと寝返りをうって左を向くと、隣のベッドが目に入りました。
こちらに殿下が……。
長く一緒に過ごしたワグナーとは、そんな事一度も無かったのに、会ったばかりの殿下と寝室を共にするなんて、変な感じがします。
本来ならドキドキして眠れないのかもしれません。
ですが、色々あって疲れていたのと、ベッドの肌触りや、ふかふか具合が心地好くて、ドキドキなんて感じる暇もなく、あっという間に眠りに落ちていました。
「殿下、お帰りなさいませ、お疲れ様です。」
私はそう口にした気がします。
殿下が帰ったのを確認して言ったのか。
ただ、口にしただけなのか。
それが現実なのか、夢なのか。
目覚めた時には、全て忘れていたのでした。