86 救出
「やっと箱が完成して、今日、いよいよって時に、余計な仕事を増やしやがって。こっちは連日徹夜でイライラしているんだ。」
エド団長が頗る不機嫌そうに、扉をぞんざいに開けると、数名の青騎士団の騎士達を引き連れて、新しい箱と共に、入室してきました。
「おい、お前ら、古い箱をさっさとコレにぶちこんで終わりにするぞ。」
「「「ハッ!」」」
部下に指示を出して、不機嫌そうにこちらを睨み付けるエド団長に、申し訳なくて、罪悪感が押し寄せます。
「エド団長、ご免なさい、私、開けてはならない扉を開けてしまいました。」
「そのようだな。それよりも、無事で良かった。」
エド団長の優しい言葉に、涙が出そうになりました。
「残念だが、セシル嬢が無事なのは、ここまでだ。我を解放してくれるなら、エド団長でもセシル嬢でもどちらでも良い。セシル嬢は便利だが、断られたし、何かと厄介だと分かった。」
クリス副団に背中をトンッと押されて、その勢いで、エド団長の方へ数歩、歩きました。
「なっ!」
カシャン……
背後から、聞きなれない声と何かが床に落ちる音がして、振り向きました。
クリス副団が振り上げている右手の甲に、クナイが突き刺さっていて、そこから出血しています。
床には剣が落ちていました。
クリス副団が私の背中を押したのは、私を解放する為ではなく、斬り易い位置に調整されていただけだったようです。
明らかな殺意を感じて、急に恐ろしくなってきました。
「ひゃっ!」
突然、誰かに腰を引き寄せられて、思わず、変な声が出てしまいました。
「おい、アレク。落とした剣がセシルに当たったら危ないだろう。」
レリック様の声です!
見上げると、不機嫌そうに、クリス副団の右手側を見ています。
私もレリック様の見ている方に視線を向けました。
アレク団長がクナイを構えています。
「そこは当たらないように、ちゃんと計算して狙ってるよ。僕が令嬢を傷つける筈が無いだろう?」
アレク団長がレリック様に軽口を叩いています。
二人とも、いつもみたいに何も変わらず、五体満足で元気そうです。
それがどんなにホッとしたか分かりません。
レリック様は私の腰に手を添えたまま、クリス副団から少し距離を取るように、エスコートして下さいました。
「私がいない間、何か酷い事をされなかったか?」
心配そうに顔を覗き込まれて、首を横に振りました。
「レリック様こそ、ご無事で良かったです。クリス副団に誘拐されたと聞きました。」
「誘拐は嘘だ。睡眠の陣を貼られて草むらに放られていた。セシルがリボンを転送してくれたお陰でハンカチが点滅して、シアーノに見つけて貰えた。クリスの奴、何を血迷っている。」
レリック様がクリス副団を睨み付けました。
そうです、事情を話さなければ。
「今のクリス副団は魔王に操られています。魔王は魔に囚われた人間を支配して、その人間が持つ知識の範囲で操れるそうです。
私はクリス副団が魔に囚われていると気付かずに騙されて、この部屋の鍵を解錠してしまいました。
ご免、なさい。
早く……クリス副団の魔を、吸引、しなくては……」
話している途中から、ポロポロと涙が溢れてしまいました。
人前で泣くなんて、淑女として相応しく無いのは分かっています。
でも、開けてはならない扉を開けてしまった罪悪感で涙を止められませんでした。
レリック様は私の涙を優しく手で拭うと、私の手に魔を吸引する箱を乗せました。
そして、安心させるように、きつく抱き締めて下さいました。
「セシルが無事なら良い。心配しなくても、魔王は解放されていないから大丈夫だ。傍にいるから、クリス副団を正気に戻してやってくれ。」
「はい。」
レリック様が箱を扱える程度に腕を緩めて下さったので、そのままレリック様の体温を近くに感じながら、箱を解錠しました。
箱の上蓋を開けると、クリス副団から黒いモヤが出て、箱に吸引されていきます。
「やはり厄介だ。消しておかなければ!」
クリス副団は黒いモヤを吸引されながらも、再び剣を拾おうとしました。
それよりも早く箱は猛烈な勢いでモヤを吸引して、モヤが見えなくなりました。
「痛っ、イタタッ。え?血?何で?え?ここ、どこ?」
突然、クリス副団は正気を取り戻して、かなり混乱しながら、周囲を見回しています。
「全く腹立たしい。とんでもない事をしてくれたものだ。取りあえず剣と鞘は返して貰おうか。」
レリック様は、陣の描かれている紙(『止血の陣』だそうです)をクリス副団に放り投げると、床にある剣を拾って、クリス副団の腰にある鞘を指差しました。
「え!?何故私がレリック団長の剣を?直ぐにお返しします。」
クリス副団は、止血の陣を出血箇所にあてがいながらも、慌てて自分のベルトに付いている鞘の固定具を外して、レリック様に手渡しました。
クリス副団は本当に、元のクリス副団に戻ったようです。
でも、おかしいです。
魔を吸引する箱は、まだ上蓋が開いたまま、閉まる気配がありません。
これは、魔溜まりの時と同じ状況です。
「レリック様、まだ箱の上蓋が開いています。もしかしたら、まだ吸引すべき魔があるのかも―――」
「セルリアン!何してるんだ!!」
大声がする方に目を向けると、エド団長と入室した数人の青騎士団の集団が何か騒いでいます。
確かエド団長に指示されて、古い箱を新しい箱に入れる作業をしていたと思ったのですが、トラブルでしょうか?
セルリアンは、小さな瓶に入っている液体を陣や箱に撒き散らしています。
「止めろ!!」
咄嗟に、同じ青騎士団のシアーノがセルリアンを羽交締めにして、仲間のもう一人が小瓶を取り上げました。
「アハハハハハハハハ……」
セルリアンが突然笑い出しました。
とても嫌な予感がします。
案の定、彼の後頭部に錠前が見えました。
「レリック様、セルリアンに錠前が見えます。彼の魔を吸引します。」
「私も行こう。」
私とセルリアンとの距離は、一メートル以上離れています。
レリック様と共に、セルリアンの元へ向かうと、箱は直ぐに魔を吸引し始めて、程なくしてセルリアンは正気を取り戻しました。
「え?ここ、どこ?シアーノ?何で君は僕を羽交締めにしてるの?あと、エド団長はどうして僕らを殺すような目で見てるの?僕は地下の部屋を見張っていて、クリス副団が仲間に睡眠の陣を貼って、それからーーー」
「セルリアン、ちょっと黙ろうか。ザックリ言うと、エド団長の努力が自分達のせいで無駄になった。で、魔王が解放される羽目になった訳だ。」
「え!?それはヤバいね。」
「そんな軽い感じで済まされないけど、そうだね。」
セルリアンとシアーノの会話を聞いていた青騎士団の騎士達は、顔面蒼白になって、無言のまま項垂れています。
エド団長は全員が聞こえる様な大きな溜め息を吐くだけで、言葉は発していませんが、冷たい視線から、激怒しているのは明らかでした。
セルリアンが撒いた液体は、青騎士団でお馴染みの、陣を消す特殊な液体でした。
その結果、亀裂の入った魔王を封印している箱の陣や、その周辺の陣。
更に、エド団長が連日徹夜した上で、ようやく完成した、封印の箱に描かれた陣の大部分が消えてしまったのです。
「クリス副団は陽動で、魔王は最初から封印の箱を無効化するのが狙いだったのかもしれない。いつセルリアンが魔に囚われたのかは知らないが、まんまとやられた。」
レリック様の話を聞いて不安になりました。
セルリアンが正気に戻って、魔も吸引し終えた筈なのに、箱の上蓋は開いたままです。
もしかして、まだ、誰か魔に囚われているのでしょうか?
周囲を見回しましたが、今度は本当に、誰の後頭部にも錠前は見えません。
ただ、物凄く気になる事態は起こっていました。
魔王を封印している亀裂の入った箱から、禍々しい真っ黒いモヤが大量に排出されて、空中の一箇所に集まっています。
何だか人の形へと変化しているように見えます。
「レリック様、もしかしてアレが?」
「魔王、だろう。私も初めて見るが、完全体になるまで時間がかかるようだ。それまでに色々と準備する。」
気付けば、エド団長やアレク団長の指示する声が飛びかい、周りは慌ただしくなっていました。
セルリアンの初登場は目次14です。
セシルとの任務、目次38~にも登場しています。




