82 依頼二日目
昨日と同じ午前十時頃。
私とレリック様は、バルト副団に連絡して、三人で王都中心にある時計塔へ転移しました。
時計塔の地下へ行く前、バルト副団が、ベルトに付いているポーチを開けて、紙を数枚取り出しました。
「これは『睡眠の陣』と『魔を感知する陣』です。昨日、エド団長がお二人に渡し忘れたそうです。何も無いとは思いますが、いざという時に備えて、常に携帯しておいて下さい。」
バルト副団から、陣の描かれている紙を数枚受け取って、ベルトに付いているポーチにしまいました。
「いざとは、魔に囚われた人に出会った時ですか?」
「それもあるが、自分の身に危険を感じた時もだ。」
「レリック団長の言う通りです。違和感を感じた時は、取りあえず貼って眠らせて下さい。魔に囚われているかの確認はその後です。先ずは睡眠の陣、その後で魔を感知する陣です。」
「分かりました。」
睡眠の陣が先、睡眠の陣が先。
心の中で忘れないように唱えておきます。
「陣も渡しましたので、地下へ参りましょう。」
バルト副団を先頭に、階段を降りて入室した部屋は、地下二階の祓い場です。
室内には、五人ほどが寝かされていました。
「これは少ない、のでしょうか?」
小規模な夜会だと、参加者の人数は三十名程からで、大規模だと百名越えです。
小規模な夜会だと多いように感じますが、大規模な夜会だと少ないような気もします。
「最近は毎晩、五名前後くらいが魔に囚われています。今まで魔に囚われる人数は、数ヵ月に一人、多くて年、三~四人くらいでしたから、かなり多いと言えます。」
「それでしたら今は、かなり大変な状況なのですね。」
私ったら、魔に関わる機会があまりにも多くて、感覚が麻痺していたようです。
思えば、魔に囚われるのは、かなり深刻な状況で、そうならないように対策が取られているのでした。
普通ならば、滅多な事では魔に囚われない筈なのです。
その事を失念していました。
「状況としては良くありませんが、捕獲任務はかなり楽なので、そこは助かっています。普段は魔に反応する指輪で王都を巡回しながら、魔に囚われた人を探していましたが、ここ最近の魔に囚われた貴族は、全員決まって、王都の東通りに現れるのです。と言うか、そこしか現れないのです。」
「東通りに何があるのか、原因は分かっているのですか?」
私と視線を合わせたまま、バルト副団はゆっくりと首を横に振りました。
「恐らく、魔王封印の箱が安置されている王宮の教会を目指すのに、最も近い道だからではないか?と考えられていますが、本当のところは、分かっていません。」
レリック様から、王宮の地下には、魔王を封印している箱があると聞きましたが、具体的な場所までは聞いていませんでした。
きっと、私が行く必要が無い場所だと判断して、レリック様は敢えて言わなかったのでしょう。
「東通りの中でも、全員が必ず通る場所が分かっていますので、そこに『魔を感知する陣』と『足止めの陣』そして『転移陣』を重ねて描いておけば、魔が反応した者だけ足止めされるので、我々が睡眠の陣で眠らせてから、ここへ連れてくるのです。」
バルト副団の指差した壁際の床には、陣が二つありました。
一つは、東通りに繋がっている転移陣でしょう。
もう一つは、王都北の教会と繋がっている陣でしょうか。
「今まで魔に囚われるとは、自力ではどうにも出来ない程の強い魔に囚われる状態でした。祓い屋の対処が必要な人達は皆、意識が朦朧として、意志疎通が困難でした。
しかし、ここ最近は、普段ならば囚われないような弱い魔に囚われているせいか、意識があり、意志疎通も出来るので、一見、普通の人にしか見えません。
ただ、魔を祓うと、記憶は残らないようです。」
魔に囚われると、意志疎通が出来ないものだと思っていましたが、そうとは限らないようです。
「意志疎通は出来ても、東通りに現れる原因は分からなかったのですね。」
「その通りです。陣へ誘導する為に、陣の少し先で待機していた部下が、何をしているのか?と声をかけました。
相手は、散歩していると言うだけで、魔王に関する話は一言も出ませんでした。全員に同じ質問をして、全員、同じ答えが返ってきました。
ただ、深夜に貴族が王都を一人で散歩なんて、普通はあり得ません。」
「そうですね。貴族は護衛や侍従と行動を共にするのが一般的ですものね。」
しかも移動は専ら馬車です。
散歩ならば、わざわざ王都へ行かなくても、自邸の庭園で十分な筈です。
「東通りに現れた貴族は、全員、何かを探しているように、辺りを見回すような素振りをしていました。それについて聞いても、何でもないと口を揃えているような返事ばかりでした。」
何か探しているのならば、聞いても良さそうなのに、それをしないのは、疚しいからではないかと思ってしまいます。
「何か、隠しているのでしょうか。」
「我々もそう思って、捕獲の際、アレク団長に聞いて貰いましたが、全員、ただ散歩をしているだけ、特に何でもないの一点張りで、それ意外には聞き出せませんでした。」
黒騎士団のアレク団長は本音を言わせる加護があります。
それでも、ただ散歩しているだけで、何でもないと言うのなら、そうなのでしょう。
でも、何だか納得出来ない気持ちが燻ってしまいます。
不意に、レリック様の手が私の背中に添えられました。
「何か引っ掛かるのは確かだが、それも行事が終われば無くなるだろう。セシルが箱で魔を吸引すれば、懸念材料も無くなる。だから、セシルは魔の吸引に専念すれば良い。」
「それも、そうですね。」
分からない事に時間を費やすより、出来る事に集中した方が建設的でしょう。
レリック様から差し出された、魔を吸引する箱を受け取りました。
魔に囚われた貴族の行動原理については、まだ分からない事ばかりです。
ただ、青騎士団が捕えた貴族の魔を、私が箱で吸引すれば、分からない行動の先にある何かを阻止出来る、それは分かります。
今は青騎士団の一員として、依頼された任務に集中するべきですね。
「では、始めます。」
箱を解錠して、無事、魔の吸引を終えたのでした。




