81 誤解
「セシル嬢、疲れただろう。今日の任務は終了だ。執務室へ戻ろう。」
エド団長に言われて、時計塔から騎士棟に転移して、北棟二階、西側にある青騎士団の執務室へと戻って来ました。
「セシル嬢、レリック、座ってくれ。明日の話をする。」
どの部署の執務室にも、ソファーとローテーブルの応接セットがあります。
私とレリック様が隣同士に腰かけると、ローテーブルを挟んだ向かいにエド団長が座りました。
「私は、魔王を封印する箱の制作に専念する。明日以降の付き添いは、バルト副団に任せる。魔の吸引は、一日の間で都合の良い時間で構わないから、バルト副団に連絡してくれ。」
「分かった。私がバルト副団に連絡しよう。」
レリック様は忙しいので、私が時間を合わせると話し合いました。
「それと、今は起こっていないが、夜会の会場で、参加者全員が魔に囚われる可能性もある。もしそのような事態になったら、直ちに会場を封鎖して、全員眠らせてから魔を祓う予定だ。その場合、レリック経由でセシル嬢に声をかけるから、そのつもりでいて欲しい。」
夜会は日付けが変わるまで続く場合もあります。
緊急事態に備えておくべきでしょう。
「分かりました。魔王封印行事が終わるまでは、零時過ぎまで起きておくようにします。」
不意に、レリック様の手が私の肩に乗せられました。
何でしょう。
エド団長から、レリック様に視線を移しました。
「セシル、その必要は無い。もしもの場合、騎士団は、魔を吸引するまで会場を封鎖したり、眠らせたりと準備がある。連絡が来てから準備して向かっても、遅すぎはしない。気を張り過ぎると疲れて持たないから、私室ではリラックスしておいた方が良い。」
エド団長も頷きました。
「レリックの言う通り、仕事とプライベートは切り替えて、休める時に休むべきだな。ところでセシル嬢、その中にある陣は、もしかしてあの時のか?」
突然エド団長にポケットを指差されて、言葉を失ってしまいました。
すっかり忘れていましたが、一応ハンカチを渡すタイミングは考えていたのです。
レリック様に渡す前に、まさかエド団長に気づかれてしまうとは予想外すぎます。
「エド、セシルに陣を渡したのか?あの時とは、どの時だ?」
「どの時って……」
レリック様を見たエド団長が、ハッとした表情になって私を見ました。
「あ――……済まない。陣の匂い?みたいなモノには敏感で、つい、気になって口にしてしまった。レリックに感じないって事は、まだ渡していなかったのか。もう、てっきり渡しているものと……」
ああ、エド団長……そこまで言ったら、流石にレリック様も気付いてしまいます。
「セシル、エドから私宛の陣を預かっていたのか?」
「それは、その……はい。」
過程は違いますが、渡す結果は同じです。
「その話をするのは、場所を変えた方が良い。話は終わったし、私は箱の制作を急がねばならないから退室する。君らも出てくれ。」
エド団長に急かされて、私とレリック様は青騎士団の執務室を出ました。
二人で話が出来るように、エド団長なりに気遣って下さったのでしょう。
「個室まで送る。話はそこでしよう。」
レリック様はまだ仕事がありますが、私のすべき任務は終わったので、私はレリック様の個室にある転移陣から私室へ戻ります。
意外と心配性のレリック様は、いつも個室まで、手を繋いで送って下さいます。
青騎士団の執務室から個室まで、長い距離ではありませんが、レリック様は一言も話しませんでした。
最悪のタイミングですが、個室に入室したら、さっさとハンカチを渡してしまいましょう。
個室の扉を開けたレリック様は、私を先に入室させてから入室すると、扉を閉めました。
レリック様が振り向いたら、ハンカチを渡す。
レリック様の背中を眺めながら、ポケットに入っているハンカチに手を伸ばしました。
レリック様が振り向きました。が、ハンカチを出す間も無く、予想外の早さで両肩を掴まれました。
そして、美しい顔で私の目をじっと見つめてきます。
何故今、魅了しようとしてくるのでしょう。
驚きすぎて、ハンカチを出す手が止まってしまいました。
「エドの話からすると、かなり前から私宛の陣を預かっていたようだが、何故渡さなかった。怒らないから言ってごらん。」
魅了ではなく、尋問モードだったようです。
レリック様は大いに誤解しています。
ハッキリと伝えていないのだから、誤解されても仕方がないのですが……。
「ポケットに入れている陣は、私のタイミングで、レリック様にお渡し出来るよう、エド団長が描いて下さった転送陣で、レリック様に渡すようにと預かったわけではないのです。」
ポケットから刺繍をした二枚のハンカチを取り出して見せました。
「驚いた。転送陣と言うから、いつもの墨の陣を想像していが、これは美しい。」
レリック様がハンカチを手に取って、刺繍をまじまじと眺めながら指でなぞっています。
「本当は、鈴と一緒にお守りとして、お渡しするつもりでいました。でも、刺繍が間に合わなくて、ハンカチはお渡し出来なかったのです。」
陣を描いて貰ったその日の夜に、明日から任務だとレリック様に言われたのですから、流石に無理だと諦めました。
「ああ、思い出した。セシルが私に内緒で騎士棟へ行った時か。なるほど、エドに描いて貰ったのは、鈴だけではなかったのか。」
そう、私が無断でレリック様の部屋に入って、転移陣を使ったのがバレて叱られた日です。
「間に合わなかった転移陣の刺繍は、昨日完成して、タイミングを見てお渡ししようと、今までポケットに入れて持ち歩いていたのです。」
「なるほど、それをエドに見つかって、エドの話を聞いた私が誤解してしまったのか。」
誤解が解けたのは良かったですし、ハンカチを渡す目的は果たせました。
それなのに、何だか気持ちがモヤモヤします。
まだ想いを伝えられていないからでしょうか。
「本来、刺繍のハンカチはお互いにとって、特別な日に渡すようなのです。今日は特別な日ではありませんが、特別な日と変わらず、いつもレリック様を想っています。本当は、こんな形ではなくて、レリック様が驚くタイミングでお伝えしたかったのですが、上手く行きませんでした。」
祓いの鈴を渡した時もそうですが、私はサプライズを失敗する運命のようです。
突然、転移陣の中でもないのに、レリック様に抱き寄せられました。
「セシル、今がベストなタイミングだ。私は刺繍のハンカチに驚いたし、今、嬉しくて仕方がない。それに私も、いつもセシルを想っている。誰よりも好きだよ。」
耳元で甘く囁かれて、頬に口付けされました。
さっきまで気落ちしていたのに、もう幸せを感じているなんて。
私は案外、単純な性格のようです。
終わり良ければ全て良しなんて、誰が言い出したのでしょう。
名言だと思います。
セシルが、無断でレリックの部屋に入って叱られたのは、目次62です。




