8 王宮ご案内
「さて、腹も膨れたし、散歩がてら、これから住む居住区域を案内しようか。」
昼食後、再び殿下に手を握られました。
「あの、殿下、手を握って頂かなくても、歩幅さえ気を付けていただければ、ついて歩けますよ。」
「防犯対策だ。私と手を繋いでいれば、セシルも存在を消せる。私の婚約者に対して良い感情を持たない者もいるかもしれないから、出会わないに越したことはない。」
確か、殿下は存在を消せる加護をお持ちでした。
その恩恵が手を繋ぐ事で得られるのですね。
便利です。
王宮で働く貴族は、殿下と自分の娘を結婚させたいと思っている筈です。
そんな人達に殿下と一緒に歩いているところを目撃されたら、敵視されるのは間違いありません。
なるべく出会わない方が良いでしょう。
「では、離れないように、しっかりと握っていなければなりませんね。」
殿下の手をキュッと握りました。
「……そこまでしなくとも離れないだろうが、まあ、良い。」
殿下と手を繋いでいれば、私の安全は確保されるので、ひと安心です。
でも、幼なじみのワグナーともこんな風に手を繋いだ事はないので、少し戸惑っています。
おモテになる殿下は女性と手を繋ぐくらい、きっと慣れているのでしょう。気にしている素振り一つありません。
そんな事を考えていましたら、いつの間にか庭園を抜けて、王宮本邸の廊下を歩いていました。
困りました。どう来たのか思い出せません。
後で殿下に確認しなくては。
分からないまま、本邸の二階に案内されました。
本邸と言っても、王族専用居住区域と、一般区域があります。
私の案内された場所は居住区域の方です。
二階の最も奥まった部屋の扉を殿下が開けました。
「ここが私の部屋だ。」
扉を開けて最初に入ったメインの部屋は、壁紙が深みのある青で纏められて、落ち着いた雰囲気です。
大人数でも充分に過ごせるほどの広さに、高級そうな家具が設えてあり、個人の部屋とは思えません。
流石王族です。
室内には入口から見て正面と左右、計三つ扉があって、左右の部屋には各々お風呂とトイレが付いています。
もしかして、どなたかとお住まいになっていたのでしょうか?
殿下の過去に思いを馳せてしまいます。
「この部屋は結婚を想定して設計されている。王子は成人を迎えると、結婚相手の有無に関係なく、このような造りの部屋に移って生活する決まりだ。セシルは私とこの部屋で過ごして貰う。」
殿下がとんでもない事を口走りました。
「婚約の場合は普通、部屋は別々ではないのですか?」
「セシルは極秘任務に関わるから、話をするには部屋が同じ方が何かと都合が良い。父上も了承済みだ。私は右手の部屋が自室だから、セシルは左手の部屋を使ってくれ。寝室は同じだが、ベッドは別だし、手は出さないから安心して欲しい。」
「寝室も同じなのですか?」
「だから、手は出さない。」
殿下にとって私は、妹くらいの感覚なのだと今日、ちゃんと理解しましたから、全く疑っていないのですが、誤解を与える言い方をしてしまったようです。
誤解は早く解くべきですね。
「そこは全く、心配しておりません。ただ、眠っていたら話も出来ないですよね。寝室を同じにする意味があるのでしょうか?」
思わず首を傾げてしまいます。
「残念ながら、護衛がいても、暗殺が起きる事はある。私がいれば、いざというときに守れる。その為だ。」
「王宮ってそんなに物騒な所なのですか?もっと安全な場所かと思っていました。」
「基本的には安全だから、心配いらない。いざと言うときの為だ。」
いざ、とは?なんて聞きません。
きっとろくでもない事に決まっています。
「それに……寝るギリギリまで話すかもしれないだろう。」
殿下は仕事人間のようです。
寝る前まで任務の話をされるのでしょうか。
「あの、夢にまで出そうなので、寝るギリギリまで任務の話をするのは遠慮したいです。」
殿下は盛大な溜め息を吐きました。
何だか不服そうです。
「流石の私もそんな事はしない。」
そう言いながらも、本当は任務の話をするつもりだったのかもしれません。
そんなの絶対、お断りです。