77 東屋にて
お昼前、ルルーシェ妃殿下が東屋を退席すると、侍女長のシーナ、そして、侍女のレミとラナが素早く食事の準備を始めました。
テーブルには初めてレリック様と食事をしたメニューとほぼ同じ、具沢山のサンドイッチやスープ、フルーツに焼き菓子まで用意されています。
「済まない、待たせた。」
赤騎士団の騎士服姿のまま、レリック様がやって来て、私の隣に座りました。
「さっきまで、偶然お会いしたルルーシェお義姉様と、ここでお茶をしていたのですよ。」
「義姉上と?珍しい。」
レリック様と食事をしながら、ルルーシェ妃殿下にお会いした経緯をお話しました。
「それで、お義姉様から王都について聞いた話なのですが……。」
話を濁す時は、内密な話を意味します。
レリック様は直ぐに察して下さいました。
「大丈夫だ。二人きりの時間を邪魔されたくないから、最初から人払いはしてある。」
「え!?」
周囲に目を向けると、いつの間にか、侍女や護衛は、声の届かない僅かに姿が確認出来る距離まで離れていました。
「で、王都について何を聞いた。」
「最近、王都で貴族を狙った誘拐事件が起きているそうですね。何か御存知ですか?」
サンドイッチを手にしたレリック様の手が止まりました。
「……セシルの耳にも入ったか。」
「やはり御存知なのですね。」
取りあえず昼食を頂きます。
具沢山のサンドイッチも、焼き菓子も何もかもが美味しいです。
お腹も落ち着いて紅茶を飲んでいると、レリック様が話し始めました。
「今は社交シーズンで毎日どこかで夜会が開かれている。で、ここ数日は毎日、夜会に参加した数名の身柄を拘束する羽目になっている。それが事実で、誘拐事件は噂だ。」
「ここ数日。ということは、今まではそのような事態になっていなかったのですね。理由は分かっているのですか?」
「ああ。ここでは流石に言えないが。」
秘匿事項なのでしょう。
人払いをしても誰が聞いているか分かりません。
頷くだけにしました。
「それと、拘束する。とは、騎士団が、ですか?」
レリック様が肯定の頷きをしました。
「だが、彼らが犯罪者だからではない。青騎士団の担当。と言えば、セシルなら察しがつくだろう。」
青騎士団は祓い屋に扮して、王都で魔に囚われた人を、人知れず祓う任務もしています。
今回は何かしらの理由で、夜会に参加した一部の貴族が、魔に囚われやすくなったようです。
確か、レミーナ嬢の魔を吸引して、レミーナ嬢が目覚めた時、魔に囚われていた間の記憶はありませんでした。
おそらく、魔に囚われている間の記憶は残らないのでしょう。
拘束されている貴族が、捕えられていた期間の記憶が無いと証言するのも、納得です。
「解決には、どれくらいかかりそうですか?」
「遅れている行事が終われば、落ち着くと考えられている。」
行事とは、青騎士団が担当している、魔王を封印している箱を百年毎に封印し直す行事の事です。
封印が遅れているせいで箱が劣化して、魔が漏れているのでしょうか。
「心配しなくても、結婚式までには終わる。いや、終わらせる。」
そう言いながら、レリック様はポケットから懐中時計を出して時間を確認すると、長い溜め息を吐きました。
「思ったより時間が経つのが早い。あと十五分か。」
折角東屋で食事をしていたのに、楽しくない内容のお話ばかりで、お疲れになったのかもしれません。
レリック様の昼休憩は、残り十五分ですが、少しでも安らいで頂きたいです。
今こそルルーシェ妃殿下に教わった、東屋でも出来る癒しを実践する時でしょう。
「レリック様、お昼に少しでも仮眠を取ると、頭がスッキリして、疲れも取れるそうなのです。食事も食べ終わりましたし、まだ少しお時間がありますので、宜しければ、ここでお休みになりませんか?」
恥ずかしさで、ちょっと早口になりながら、ドレスに覆われている膝を手でポンポン叩きました。
「ここ、で?」
レリック様が、私の示す膝を凝視しています。
この言い方では、伝わらなかったようです。
「膝枕はお嫌ですか?」
「嫌な訳が無い。」
被せ気味に返事をされました。
「それは良かったです。少しお待ち下さいね。」
東屋の椅子は長椅子なので、私が端に寄って座れば、足の長いレリック様も少し膝を曲げる程度で横になれます。
見た事はありますが、自分が膝枕をするなんて初めてです。
緊張しながら、長椅子の端に移動して、ドレスを整えながら座りました。
「どうぞ、頭をこちらに。」
「では、失礼する。」
モテるレリック様は、膝枕もされ慣れているのでしょう。
恥ずかしがりもせず、すんなり、膝枕をされて下さいました。
仰向けのレリック様と目が合って、恥ずかしさから、思わずレリック様の目元を手で覆いました。
「さあ、目を閉じて下さいね。目を開けていては眠れませんよ。」
「……分かった。セシルも私の顔をじっと見ないように。視線が気になって眠れない。」
レリック様の口元がニッと上がりました。
レリック様の顔を見ているのがバレています。
慌てて顔を上げました。
「では、お庭を眺めていますね。」
なんて言いつつ、レリック様の目元を覆っている手を離して、チラリと寝顔を盗み見ました。
均整の取れた美しい顔にかかる金色の髪がサラサラと、そよ風で揺れています。
普段の就寝前に、レリック様の寝顔なんて見たら、緊張で眠れなく……いえ、結構ぐっすり眠っていますが、なるべく見ないようにして、さっさと眠るように心掛けています。
夜は灯りも消すので、光と言えば、カーテンの隙間から射し込む月明かり位で、こんなに明るい場所で寝顔を見るのは初めてです。
寝顔も美しいなんて、流石見目麗しい方は違います。
じっと見ないように言われましたが、思わず見惚れてしまいました。
六月でも今日のように晴れている日は汗ばむくらいの暑さですが、東屋の木陰は涼しくて、そよ風で運ばれてくる緑の香りや、近くにある噴水の水音が心地好いので、それだけで癒されます。
レリック様はかなりお疲れだったのでしょう。
気づけば寝息が聞こえて、眠りに落ちていました。
ほんの十五分、されど十五分。
知りませんでした。膝枕とは、思ったよりも足が痺れて、苛酷だったのです。
ああ、レリック様が膝枕を気に入りませんように。
勧めておきながら、少し後悔したのでした。




