71 妻として
朝、八時。
私が侍女のレミに起こして貰う頃、レリック様は既にベッドにはいませんでした。
身支度を整えて大部屋へ移動すると、レリック様はいつも通り、テーブルに着いて、私を待っていて下さいました。
「おはようございます、レリック様。」
「おはよう、セシル。」
席に着席して、朝食を一緒に頂きます。
婚約破棄の心配も無くなって、こんな風に穏やかな朝を、これから毎日過ごせるのかと思うと幸せです。
私のやるべき本当の任務は無事終わって、もう騎士棟へ行く必要が無くなってしまいました。
だから、騎士棟の食堂で、騎士団の皆さんと昼食をご一緒するのも、もう終わり。
今日から昼食は、この大部屋で一人きりです。
毎回、いつものメンバーに、食べるのが遅い私を待たれてしまう、見守られタイムは緊張しましたが、賑やかで楽しい昼休みでした。
少しだけ寂しい……。
そんな事を思いながら、一つ目のパンを食べ終わった時でした。
「今日から私も昼食はここで取る。もう少し落ち着いたら、たまには庭園の東屋で食べるのも良いかと思うが、どうだ?」
庭園の東屋はレリック様と初めてランチをした場所です。
東屋からは目視出来ませんでしたが、水音が聞こえていましたから、きっと噴水が近くにあるのでしょう。
早咲の薔薇が咲いていて、とても素敵な庭園だったと記憶しています。
「嬉しいです。でも、レリック様は食堂に食事が用意されるのではないですか?」
「出勤した時に伝えれば、食事は取り消せるから大丈夫だ。」
騎士棟にある食堂の方が食事量も多いですし、移動時間が少ないので、ゆっくり休める筈です。
それなのに、私が一人で食事をしなくても良いように、寂しくないようにと考えて下さったのでしょう。
その優しい気持ちが、とても嬉しいです。
でも、レリック様が無理をしていないか、心配になります。
朝食後、レリック様の部屋へ移動して、転移陣の前で、祓いの鐘が鳴るのを一緒に待ちます。
「ああ、そうだ。今日の午後五時から、褒美の授与式がある。陛下に謁見して、その後、立食パーティーの予定だ。四時半頃、迎えに戻るから、赤騎士団の騎士服に着替えて待っていてくれ。」
「分かりました。」
話が終わった頃、九時になったようで、祓いの鐘が鳴り始めました。
目を閉じ、胸に手を当てて、深呼吸を繰り返します。
毎日、レリック様は、祓いの鐘で心を落ち着かせてから、騎士棟へ出勤していますので、私も一緒に鐘を聞いてから、お見送りをします。
今まで、私がお休みの時は寝坊していましたので、お見送りは今日が初めてです。
祓いの鐘を聞き終わって、目を開けようとした時でした。
不意に手首を捕まれて軽く引き寄せられると、あっという間に、レリック様の腕の中に閉じ込められてしまいました。
今日、私は騎士棟へ行きません。
それに、まだ陣の手前です。
「行って来る。」
耳元で、色気のある良い声で囁かれましたので、肩がピクッと跳ねてしまいました。
これはお父様とお母様がしていた、お見送りやお迎えの時にするハグです。
「……っ、行ってらっしゃいませ。」
恥ずかしながらもレリック様の背中に手を回して、少しだけ力を込めると、更に強く抱き締められました。
「!?」
私の知っているお見送りのハグと流れが違います。
この次はどうするべきなのでしょう。
私も力を入れるべきでしょうか。
「困った、行きたくない。」
「え?」
「そんな訳には、いかないか。」
レリック様は長い溜め息を吐いて、渋々という感じで抱き締める手を解いて下さいました。
そして転移陣へ移動して、陣の中に入りました。
「行ってくる。」
「はい、行ってらっしゃいませ。」
二回目の挨拶を交わして、レリック様は転移して行きました。
仕事人間のレリック様が、行きたくないと言うなんて珍しいです。
結婚まで、何かを耐えなければならないようですし、余程お疲れなのでしょう。
何か癒して差し上げなければ。
「未来の妻として。」
一人で呟いて、暫くレリック様の部屋で、顔を赤らめていたのでした。




