70 レリック様の話
唇をおでこから離した時、目を見開いたレリック様と目が合って、我に返りました。
私ったら、何て事をっ!
「ご、ご免なさい。きゃっ!」
恥ずかしさから、慌てて後ろに下がると、ローテーブルに、ガンッと足をぶつけてしまいました。
「大丈夫か?」
「はい、少し痛いですが、平気です。ご免なさい。本当にご免なさいっ。」
ううっ、恥ずかしすぎます!
両手で顔を覆って俯くしかありません。
「セシルには驚かされてばかりだ。勿論、良い意味でだ。私は随分翻弄されている。それが楽しくて仕方がない。」
レリック様が怒っていないようで、良かったですが、両手首を掴んで、顔を覆っている手を引き剥がそうとするのは止めて欲しいです。
「顔を見せて、セシル。それでは好きだと言えないではないか。」
「言えないなんて、もう言って……え?」
顔を上げると、レリック様が素敵な笑顔で立っていました。
「任務と割りきっていたのは最初だけだ。随分前から好意を寄せていた。じゃなければ、不必要に手なんて繋がない。」
「え?不必要な時があったのですか?」
目をパチクリさせていると、レリック様にフッと笑われてしまいました。
「それで、私の話だが。」
「あ!はい、そうでした。」
レリック様もお話があると言っていましたのに、色々脱線したせいで、すっかり忘れていました。
私達は一旦、ソファーに座り直しました。
「もう全て話してしまったが、私達の結婚は、王宮の地下に封印されている魔王の箱を、再封印する行事が終わった後になる。と話すつもりだった。」
「そう、だったのですね。」
今までの説明を分かりやすく凝縮したような内容です。
レリック様の気持ちを知らなかったから仕方がないのですが、レリック様の話から聞いていれば良かったです。
私が先に話した事を、少し後悔しました。
どちらにしても、今日、魔王の話を聞くのは運命だったようです。
魔溜まりの次は本物の魔王ですか。
本当に、次から次へと厄介な話が湧いて来ます。
「今度は魔王を吸引する任務ですか?」
「いや、セシルが関わる必要は無い。この魔王再封印行事は、百年毎に行われて、青騎士団が担当している。重要度は高いが、新しく作った箱に、古い箱を入れるだけの簡単な行事だ。ただ、エドが失踪していたせいで、箱の製作が遅れている。その為、当初予定していた三日後に間に合わず、二週間程、遅れるらしい。」
三日後にそんな行事が控えていたなんて、妃教育の本にもありませんでした。
きっと予定通りに行われていたら、何も知らされずに終わっていたのでしょう。
「遅れても大丈夫なのですか?」
「今のところ特に問題は起きていないと聞いている。大丈夫だろう。」
背伸びをしながら立ち上がったレリック様が、私の方へ振り向きました。
「それより、まだ大事な話をしていなかった。」
「大事な話ですか?」
魔王より大事な話なんて、物騒な内容に違いありません。
私の返事を待たずに、レリック様は私の左手を取ると、スッと跪いて、流れるような動作で、私の左手薬指に口付けしました。
「っ!」
これは予想外すぎます!
レリック様の柔らかな唇の感触に驚いて、ピクッと手が動いてしまいました。
「任務を終えて、お互い五体満足で無事帰還出来た。直ぐに結婚出来ないのは残念だが、必ず結婚する。私が愛する女性はセシルだけだ。」
力強い声と私を見上げる強い眼差しに、思わず魅入ってしまいました。
レリック様が令嬢に跪く姿なんて、見たことがありません。
私はそれ程、レリック様に想われているのだと実感出来て、嬉しさと幸福感で、胸が高鳴らずにはいられませんでした。
「有り難うございます。私もお慕いしているのは、レリック様だけです。レリック様とずっと、ご一緒出来るのならば、結婚式が遅れても構いません。」
王家には色々予定がありますから、婚約破棄されないのならば、挙式はいつでも良いと思ったのですが、レリック様は違うようです。
「私は早く結婚したい。私は思ったより忍耐力が無いらしい。」
立ち上がったレリック様を見上げて、首を傾げました。
「結婚まで、何をそんなに耐える事があるのですか?」
「……色々だ。」
レリック様は再びソファーに座りながら、遠い目をしています。
秘匿事項だらけの王家です。
何かは分かりませんが、王子は結婚式まで、何かを耐える特別な儀式をするようです。
王子の儀式なら、きっと私には話せない内容なのでしょう。
経験上、それが何かは聞かない方が良い気がします。
結婚する事で、耐える儀式から解放されるのだとしたら、結婚を急ぐのも納得です。
今後も任務をしながら、何かを耐えなければならないなんて、ストレスが溜まりそうで心配です。
ふとテーブルの上にある紅茶に目が向きました。
寝る前に淹れてくれる紅茶は、リラックス効果の高い茶葉を使うとされています。
だから、冷めても効果はあるでしょう。
「冷めてしまいましたが、紅茶でも飲んで、少しゆっくりしてから、休みませんか?」
「ああ。そうしよう。」
レリック様が、フッと力が抜けたように微笑みました。
寝る前の時間、私はレリック様と想いが通じ合った幸せを噛み締めながら、ようやく心穏やかな時間を過ごせたのでした。




