7 庭園ランチ
「今後について説明しなければならないから、任務は明日からだ。昼時だし、先ずは昼食にしよう。こっちだ。」
「どちらへ?」
「行けば分かる。」
殿下にサッと手を引かれて、案内されたのは、庭園の中にある東屋でした。
庭園にはちょうど春の美しい花が咲き乱れて、少し先には噴水が見えます。
木製の東屋の中にある椅子には、クッションが敷かれて、座り心地に配慮されていました。
中央のテーブルにはテーブルクロスが敷かれて、サンドイッチやフルーツ、焼き菓子が並んで準備万端です。
「庭園でのランチも、君の望む穏やかな生活の一部に入るのではないか?」
殿下が私の顔を覗き込みました。
「はい、そうですね。」
言葉にはしていませんが、私が結婚生活でやりたい事の一つでした。
殿下は、穏やかな生活をしたいと言う私の話を覚えていて、庭園ランチを用意して下さったようです。
これは、嬉しいです。
「婚約したのに君……も変か。セシルと呼ぼう。私の事はレリックでも、何でも呼びやすいように呼んでくれ。」
畏れ多くて王族相手に、呼び捨てや名前呼びなんて出来ません。
「では、殿下と呼ばせて頂きます。」
殿下は私に座るよう促すと、隣に座りました。
そして、サンドイッチに手を伸ばすと、早速パクパクと食べ始めました。
なかなかの食べっぷりです。
「まだ、お腹が空いていないのか?それとも、苦手な物でもあったか?」
殿下が私を気遣ってくださいました。
「いえ、殿下は思ったより召し上がるのですね。驚きました。」
「普通だと思うが、お腹は空きやすいかも知れない。」
「そのようですね。」
殿下は、両手にサンドイッチを持って頬張り続けています。
大人で上品なイメージの殿下でしたが、意外にも、食いしん坊な所が、何だか子どもみたいで可愛らしいです。
思わず、ふふっと、笑ってしまいました。
私も殿下と同じ種類のサンドイッチに手を伸ばしました。
美味しい!
「こんなに沢山具が入ったサンドイッチは、初めてです。色々な味がします。」
「王家オリジナルサンドイッチだ。物足りないから、もっと具を色々入れてくれと料理長に言ったんだ。」
「殿下が?」
「そうだ。良いモノが出来ただろう?」
「はい。とても素晴らしいサンドイッチです。」
殿下は食にも興味があるようです。
王族は王宮の料理人が出す料理を頂いているだけだと思っていましたので、意外です。
ふと殿下がこちらを見ているのに気付きました。
「あの、殿下、私のサンドイッチはあげませんよ。」
私の持っていたサンドイッチが、もう、最後の一つだったのです。
きっと欲しくて見ていたのでしょう。
ハハッと殿下が笑い始めました。
殿下は何がそんなに可笑しいのでしょうか?
笑いのツボが謎です。
「いや、私はそこまで食いしん坊ではない。それは君が食べるべきだ。」
殿下は手を振って食べるよう、勧めて下さいました。
「では、遠慮なく頂きますね。」
具が落ちないように、両手で持って、口に運びました。
紅茶を一口飲んだ殿下が呟きました。
「まるで小動物だな。」
私は殿下に比べれば小さいでしょうが、同性と比べれば小さい訳ではありません。
何を見て、そう思われたのでしょうか?
「ほら、クッキーもある。」
殿下がお皿を側に引き寄せて下さいました。
「有り難うございます。」
サクサクして絶品です。
どうして焼き菓子を食べると、気持ちがほっこりするのでしょう。不思議です。
「苺もある。ほら。」
苺の乗ったお皿も差し出されました。
「有り難うございます。」
一粒食べると、とても甘くてみずみずしいです。思わず目を閉じて味わってしまいます。
何だか食いしん坊の殿下を差し置いて、私だけ食べているような気がします。
まさか、殿下は私を餌付けして、こき使ってやろうとお考えなのでしょうか?
チラリと殿下を窺いましたが、優雅に紅茶を飲む姿からは、何も窺い知る事が出来ません。
ああ、私ったら、今、確かに楽しいと感じていたのに、なんて勿体無い事を考えてしまったのでしょう。
きっと殿下は、私の為に早くからこの場所を侍従に指示して、準備して下さったに違いありません。
折角の厚意を素直に受け取れないなんて失礼です。
心の中で大いに反省しました。
「殿下、素敵な庭園ランチを有り難うございます。」
「ああ、それは良かった。」
フッと微笑む殿下の雰囲気が少し、お兄様と重なって見えました。
十七歳の私に比べて、殿下は二十四歳と年上です。
もしかしたら、私の事を、妹のような目で見ているのかもしれませんね。