65 魔王領へ
任務四日目の朝。
天気は晴れ。
雲一つ無い青空が寝室の窓から見えました。
「黒い霧の中で紛れたいなら、黒騎士団の団服は適しているが、今回は見失えば命の危険に繋がる。」
そんな理由で、今回は、赤騎士団の騎士服を用意されました。
レリック様とお揃いです。
忘れないよう、祓いの陣が描かれている鈴を腰ベルトに着けました。
若干音色は違いますが、これもレリック様とお揃いです。
勿論、魔を吸引する箱は忘れません。
自室で騎士服に着替えて、大部屋への扉を開けると、準備万端のレリック様が待っていました。
「では行こうか。そうだ、忘れないうちに。」
転移陣があるレリック様の部屋に移動した時、レリック様がポケットから何か出しました。
「これは指輪型の魔道具だ。魔溜まりのある方向を矢印で示す。男性用に作られているから、セシルは……。」
レリック様に左手を取られて、まじまじと指を観察されると、スッと親指に指輪を嵌められました。
「……っ!」
「やはり親指が丁度良い。」
レリック様から指輪を嵌められるなんて、魔道具だと分かっていても気恥ずかしいです。
午前九時。
祓いの鐘を聞いて、いよいよ魔王領へ転移します。
本日のメンバーは、青騎士団のエド団長とバルト副団、赤騎士団のクリス副団と第一部隊のカマイン部隊長、そしてレリック様と私の計六名です。
箱が魔を吸引するには、一メートル以内に近づく必要があります。
だから、大人数よりも、少数精鋭で向かうと決まったそうです。
私とレリック様を中心にして、前後左右を囲むように全員が陣へ入りました。
「転移したら直ぐに魔物討伐になる。安全は保証するから、怖くても箱を開けたまま、討伐が終わるまで、その場で、じっとしていてくれ。」
直ぐに討伐なんて、魔王領はかなり危険なようです。
「分かりました。」
箱を解錠して頷きました。緊張します。
「では行くぞ。」
レリック様が陣を足で二回、ノックしました。
転移直後は光で一瞬目が眩みます。
目が慣れた時には、周囲に漂う大量の黒い霧が、水を溜めていたお風呂の詮を抜いたように、物凄い勢いで渦を巻きながら、箱に吸引されていました。
本日のガリア王国は晴れでしたが、魔王領は黒い霧で日の光が届かないせいか、初夏の陽気にも関わらず、暗くて、ヒンヤリとしています。
暫くは視界が悪くて周囲の状況を把握出来ませんでしたが、箱が黒い霧を吸うにつれて、だんだんと視界が開けて来ました。
「ひゃっ!」
目の前に、本当に目と鼻の先位の近距離に、大きな魔物がいます!
元は狼?でも、頭には一本角が生えています。
唸り声をあげてこちらを睨み、今にも飛び掛かって来そうです。
「大丈夫だ。転移陣に足止めの陣を重ねているから、奴は動けない。箱をしっかり持っていろ。」
「はい。」
ぐっと手に力を入れて箱を持ち直しました。
足止めの陣。確かエド団長が盗賊を殺害する時に使っていた陣です。
動けるのは騎士団限定で、魔物が入ると動きが封じられる仕様のようです。
おそらく、転移直後の目が眩んだ時に、魔物に襲われたら大変だからでしょう。
「さあ、さっさと終らせるか。」
私を背にして、レリック様が魔物の前へ立ちはだかると、詳しくは見えませんが、剣で刺したり、斬っているのは分かります。
結果、魔物は大量の血を流して倒れました。
「いや~、今日は少ない方ですよ。」
「そうなんですか?」
背後にいるクリス副団が世間話みたいな口調で、魔物を斬り付けています。
カマイン部隊長も赤い目を見開いて、軽いノリで驚きつつ、魔物に留目を刺しました。
「二日目の午後が、一番多かった気がするな。」
「午前もなかなかでしたよ。」
エド団長が呟きながら剣を振っています。
同じくバルト副団も剣を振っています。
青騎士団は魔道具専門だと思っていましたので、てっきり陣を駆使して戦うと思っていましたが、武器が剣なのは意外でした。
転移して直ぐに討伐と聞いていましたが、まさか陣の中にいる魔物を討伐する事だとは思いませんでした。
皆さん、趣味で狩りを楽しんでいるような明るいノリで魔物を討伐しています。
相手が動けないから気楽なのでしょうが、生き物を殺す、それ自体、目の当たりにするのが初めてだったので、その残酷さが怖くて、思わず目を反らしてしまいます。
剣についた血を振り落としながら、返り血を浴びたレリック様が、振り向きました。
「セシルのお陰で周辺の視界がかなり良くなった。これなら魔物が襲って来ても対処出来る。陣を消したら出発だ。」
「陣を消すのですか?」
「転移陣は二つで一組と決まっている。進行先と帰還先を陣で繋ぐには、この陣を消さなければならない。魔物を放置したまま陣を消せば、一斉に襲いかかって来るから、討伐しておいた方が良いというわけだ。」
「そう、ですか。」
討伐と簡単に言いますが、実際目の当たりにすると、とても過酷です。
世間話感覚で討伐出来るようになるまで、どれほどの場数を踏んできたのでしょうか。
これから魔物の死体と血が流れる大地を歩くと思うと、怖くて足がすくんでしまいます。
「セシル、怖くて歩けそうにないなら、おぶさるか?」
レリック様に小声で顔を覗き込まれて、首を横に振りました。
今、私が出来る事は、箱を開けて持ち続ける事と、魔溜まりまで歩く事だけです。
私の足!動け、動け!皆が命懸けで戦っているのに、一人だけ怖がってお荷物になってどうするの!
心の中で必死に鼓舞して、かなりひきつっている自覚はありますが、淑女らしく笑顔を作りました。
「大丈夫です。折角体力作りもしましたし、歩けます。」
「本当に君ってヒトは……。」
キュッとレリック様の腕に頭を抱えられて、ポンポンと撫でられると、直ぐに解放されました。
「では皆、出発しようか。」
いよいよ魔溜まりに向けて出発です。




