64 任務待機
魔溜まりの任務が始まって、三日が経過しました。
レリック様の言う通り、私が思うよりもずっと魔溜まりへの進行は順調で、騎士達に大きな怪我もなく、全員元気に帰還していました。
帰還の連絡を受けた初日は、心配でドキドキしながら陣へと向かい、不安な気持ちで箱を開けて帰還を待っていました。
騎士団が帰還して直ぐ、箱は灰色の煙のような物を少しだけ吸引して、自然に閉まりました。
確認の為、再び箱を開けると、直ぐに蓋が閉じて、吸引すべき魔は、もう無いようでした。
毎回、そんな感じで、誰も魔に囚われること無く、元気に帰還していましたので、私も安心して黒騎士団の執務室で帰還を待てるようになっていました。
「手伝いはお願いするけれど、それ以外は好きな事をして過ごしていれば良いよ。」
アレク団長の厚意に甘えて、お手伝いが無い時は、レリック様に贈る予定で間に合わなかった、ハンカチの刺繍をしていました。
午後四時を回った頃、腕輪から声が聞こえてきました。
「セシル、レリックだ。そろそろ帰還する。どうぞ。」
「セシルです。陣へ着いたら連絡しますので、お待ち下さい。どうぞ。」
箱を持って南棟一階の転移陣がある部屋へ向かいました。
いつもは五時頃の連絡ですが、今日は少し早いです。
胸騒ぎがします。
陣の前に着くと、箱を開けて再び通信しました。
「レリック団長、セシルです。準備出来ました。どうぞ。」
「了解、直ちに全員帰還する。以上。」
陣が光って騎士達が現れた瞬間、箱に黒い煙が流れ込んで来ました。
一分位煙を吸引して、箱は自然に閉まりました。
再び箱を開けて確認すると、直ぐに蓋は閉じたので、もう大丈夫そうです。
「セシル、助かった。」
「レリック団長、何があったのですか?」
「詳しくは私室に戻ってから話す。会議があるから、もう暫く黒の執務室にいてくれ。」
黒の、とは黒騎士団の事ですね。
レリック様が、戻ってと言う時は、大抵重要な話になります。
気を引き締めておかなければ。
夕食後、レリック様の部屋に呼ばれました。
ソファーに座るレリック様の隣に腰かけると、いよいよお話です。
「今日、早めに切り上げたのは、ある地点から、瘴気が急激に濃くなって、黒い霧で視界が悪く、騎士達も魔に囚われそうになる状況だった。更に、大型化した魔物が増えて、これ以上進むのは困難と判断した。」
「帰還した時、いつもより魔の吸引が多かったのも、そのせいだったのですね。」
納得出来ました。
「魔溜まりに近付くにつれ、瘴気は濃くなる。今後、霧が晴れる事は無く、前に進む為には、箱で瘴気を吸引しながら進むしか無い。済まないが、明日からセシルは任務に同行して貰うと決まった。」
「分かりました。体力作りもしましたし、さっさと行って、さっさと魔を吸引して、任務を終らせましょう、ね。」
勿論、簡単では無いと分かっています。
怖さや不安が無いと言えば嘘になりますが、やる気はあります。
両手で拳を作って、レリック様に頑張るアピールをしましたら、フッとレリック様の顔が緩みました。
「勿論だ。」
真面目な顔も素敵ですが、やはり笑っている方が何倍も素敵です。
レリック様が立ち上がって、私に手を差し出すので、無意識にその手を取りました。
手を引かれて、立ち上がった勢いのまま、抱き寄せられました。
これは、一人用の転移陣で一緒に転移する時と同じ状況です!
この距離感の近さに毎回動揺してしまうのに、レリック様ときたら、顔色一つ変わらないのが悔しいです。
回を重ねたせいか、レリック様を好きになったせいか、どちらともか、戸惑いを通り越して、恥ずかしいながらも、安心感や、喜びさえ感じるようになってしまいました。
何なら、暫くこのままでも良いとさえ思ってしまいます。
婚約当初に比べて、随分と気持ちが変わってしまいました。
「任務が終わったら……いや、何でもない。」
意味深な発言にギクリとしました。
今、婚約破棄なんて告げられたら、立ち直れそうにありません。
せめて任務が終るまで……。
いえ、任務が終る頃には気が変わって下さると有難いです。
「そろそろ休もうか。」
嫌々と首を振って、レリック様の胸板に顔を埋めたまま、思い切って両腕を腰に回して、しがみつきました。
「……もう少しだけ。」
かなり大胆な自覚はあります。
私から行動すれば、少しは意識して貰えるでしょうか?
それに寝ると直ぐ、明日になってしまいます。
本当は任務が不安で、まだ眠りたくありません。
「っ、いくらでも。」
今より更に強く抱き締められました。
ちょっと、受け入れ上手すぎませんか?躊躇ったりしないのですか?
私からお願いしたものの、内心戸惑ってしまいます。
あ!失念していました。
レリック様は、女性から抱きつかれる方が日常茶飯事の、見目麗しいと有名なモテ王子様でした。
私がしがみついた所で、またか。まあ、害も無いし、いくらでも。って感じで、レリック様には何も刺さらないのでしょう。
今更気づくなんて、どうかしていました。
きっと任務のせいで動揺していたのです。
それにしても、夏用の寝間着は騎士服よりも生地が薄いせいか、体の密着状態が続いていると、体温や体の形がありありと感じられて、何だか裸で抱き合っているみたい……だなんて、私ったら、何を考えているのでしょう!
破廉恥です!これはいけません。
レリック様の腰に回している手で、ポンポンと背中に触れて合図を送ります。
「あの、もう、大丈夫です。」
いつの間にか、任務の不安もすっかり頭から飛んでいました。




