62 任務前夜
「セシル、食後は私の部屋に来てくれ。話がある。」
「分かりました。」
レリック様が私を部屋に呼ぶ時は、大事な話がある時です。
きっと任務の日取りが決まったのでしょう。
「ラナ、食後の紅茶を私の部屋に運んでくれ。用が終われば全員、下がって大丈夫だ。」
「畏まりました。」
レリック様の部屋には執務机の他に、三人掛けのソファーとローテーブルがあります。
私達がソファーに座ると、侍女のラナはテーブルに紅茶を用意して、部屋を退室しました。
レリック様は紅茶を一口飲むと、カップをソーサーに置きながら、口を開きました。
「明日から魔王領へ行く。魔溜まりに到着するまで、五日程の予定だ。」
「え!?明日からですか?」
「ああ、明日の九時からだ。」
明日からだなんて、レリック様はどうして肝心な話を、いつもギリギリに言うのでしょう。
私を驚かせる趣味でもあるのでしょうか?
「そういう大事な話は、事前にして下さるものと思っておりましたのに。」
今日、お守りの陣を描いて貰ったから良かったものの、ハンカチの刺繍が間に合わないではないですか。
思わず、抗議の目を向けてしまいます。
「そのつもりだったが、言った所でセシルのやることは変わらないし、ただ、不安な日々を過ごすだけになると思った。」
「それは、そうかもしれませんが………。」
レリック様なりに気を遣って下さったようです。
ただ、ハンカチの刺繍が間に合わなかった事だけが心残りです。
気持ちを落ち着かせる為に紅茶を飲みました。
「それでは、明日から私も一緒に魔王領へ行くのですね。」
「いや。セシルは今のところ、魔溜まりに到着するまで同行の必要は無い。が、やって貰う事はある。」
「何でしょう?」
「我々が帰還した時、魔に囚われている可能性がある。腕輪で帰還の連絡をするから、転移陣の前で箱を開けて待っていて欲しい。箱は明日渡す。」
「私は、転移陣の前で待っていれば良いのですね?」
「帰還の時だ。腕輪で連絡するから、それまでは黒騎士団の執務室で待機していてくれ。アレクも了解済みだ。帰還は大体、昼前と、夕方五時頃の予定だ。」
「分かりました。」
森には魔物が大量に発生しているので、騎士団は魔物を討伐しながら魔溜まりまで進まなければなりません。
しかも魔溜まりに近付く程、障気は濃くなり、魔物は大きく強くなるそうです。
私は魔物を討伐出来る程強くありません。
もし途中で私に何かあって、魔溜まりを吸引出来なければ、騎士団の努力が水の泡になってしまいます。
だから、出来るだけ同行しない方が良いと判断されたのでしょう。
「任務自体の責任は重いが、転移陣で毎日戻って来るから、いつもと変わらない生活になる。セシルも今まで通り、魔を吸引するだけだ。特に心配はいらない。」
レリック様は余裕の笑みを浮かべると、優雅に紅茶を飲んでいます。
明日から特別な任務が始まるとは思えないくらい、いつも通りです。
「それでセシル、私の部屋に無断で入るのは頂けない。騎士棟へ行くなら、せめて連絡すべきではないか?」
「え?」
騎士棟へ行った事がレリック様にバレています。
どうしてでしょう?
「陣には使った履歴が残るし、許可無く部屋に侵入した者を放置するほど、私は甘くない。」
レリック様が怒るのも当然です。
許可なく部屋に無断で入るなんて、泥棒と同じです。
そんな事まで失念してしまうとは、なんて愚かだったのでしょう。
「誓って疚しいことはありませんし、お部屋も転移以外で、何も触っておりません。でも、許可無くお部屋に入ってしまい、本当に、申し訳ありませんでした。」
隣に座るレリック様に体を向けて、深々とお辞儀をしました。
「では、騎士棟へ行った目的は何だ?黒騎士団の執務室でアレクと何をしていた。」
まさか、黒騎士団の執務室へ行った事まで知られているとは。
机の下に隠れていた事も、既に気付いていたのでしょうか?
任務日まで内緒にするつもりでしたが、明日が任務なら、もう隠す必要もないでしょう。
「実は、任務へ行くレリック様に、お守りになる物を渡したかったのです。でも、レリック様は令嬢からのプレゼントを全て寄付していると侍女から聞きました。」
「待て。流石に婚約者から貰った物を寄付するような酷い事はしない。」
「それは初耳です。」
「確かに今、初めて言ったが。」
レリック様が溜め息を吐いて、紅茶に手を伸ばしました。
話を続けても良さそうです。
「それで、贈り物を寄付されない為に、陣を付与して、お守りの価値を高めようと思いまして、アレク団長に相談しに行ったのです。」
「なるほど。で、そのお守りはどうなった。」
「はい、アレク団長がエド団長にお願いして下さって、陣を描いて頂きました。その、良ろしければ、貰って下さいますか?」
「寧ろ欲しい。」
意外な言葉に嬉しくて、思わず顔が緩んでしまいます。
「お待ち下さいませ。直ぐにお持ちしますね。」
急いで自室へ行くと、ハンカチに包んでいた一組の鈴を持って、レリック様の部屋に戻りました。
「鈴か。」
「はい、祓いの陣を描いて頂きました。障気で視界が悪い森で見失っても、互いに鈴を付けていれば、音で探せると思いまして。それに、癒されるでしょう?」
顔の前で鈴を鳴らすと、レリック様がふわりと優しい笑みを浮かべました。
相変わらず破壊力のある素敵な笑顔です。
「確かにお守りとして役立ちそうだ。明日から早速付ける。有り難う。」
私が渡した鈴の一つを受け取ったレリック様が、何を思ったのか、鈴に口づけしました。
「っ!」
私ったら変です。
レリック様が口づけをしたのは鈴なのに、私が口づけされたような気持ちになるなんて……。
何だかレリック様と目を合わせるのが恥ずかしくて、寝室の扉に目を向けました。
「明日から任務ですし、そろそろ休みましょうか。」
「そうだな。」
無事、任務を終えてレリック様に思いを伝える為にも、今は私の役割を全うする事だけを考えましょう。
どうか、お守りが少しでも役に立ちますように。




