6 婚約成立
午前十時。
私と両親は、王宮の一室に通されました。
国王陛下、王妃殿下、そしてレリック第二王子殿下とテーブルを挟んで対面する形で、お父様、お母様、私が椅子に座りました。
「本日は突然の申し出にも関わらず、参上してくれた事、感謝する。」
国王陛下がゆったりとした口調で話し始めました。
「こちらこそ、我が娘を選んで頂けて、光栄にございます。」
お父様が畏まって返事を返しますと、国王陛下はにっこりと微笑まれました。
「では、結婚の返事は受け入れる、で良いか?」
「勿論でございます。娘を宜しくお願い致します。」
お父様は畏まって深々と頭を下げました。
王族は結婚に様々な準備が必要なので、その間は婚約になります。
両家の両親が婚約誓約書にサインをして、出会って数分の間に婚約は成立してしまいました。
「では、婚約披露パーティに着るドレスを作らなければなりませんね。仕立屋は待機させておりますから、セシルちゃんとアセンブル伯爵婦人はついていらして。」
セシル、ちゃん?
王妃殿下は、にっこりと微笑んでおっしゃいました。
お断りしないのを想定して、準備万端だったようです。
王妃殿下は男性陣を放置して、私達は別室に案内されました。
「アセンブル婦人、突然でご免なさいね。でも、貴女と最高のドレスを一緒に選びたいと思っていたのよ。今日は婚約披露パーティ用ですけれど、結婚式のドレスも一緒に選びませんこと?」
王妃殿下は普段凛として、他を寄せつけない雰囲気を醸し出していますが、今は、少女が可愛らしくおねだりするように、お母様に小首を傾げています。
「王妃殿下、御心遣い感謝致します。是非一緒に選ばせて頂きたいです。」
お母様はとても嬉しそうでした。
きっと婚約破棄されるので、結婚式には至らないと思うと、罪悪感で少し胸が苦しくなります。
本来、婚約が成立した場合、結婚までは王宮に通いながら本格的な妃教育を受けます。
しかし、任務の為という裏の目的を持っている殿下は、王宮で暮らしながら妃教育を受ける方が効率的だと両家に力説した結果、本日から王宮暮らしが決まりました。
両親は戸惑っていましたが、殿下に主張されて陛下が認めてしまえば逆らえません。
もしかしたら王妃殿下は、こうなると分かっていて、ドレス選びを理由に、少しでも私とお母さまが一緒にいられるように気遣って下さったのでしょうか。
「あら、アリッサ、これも良いと思いませんこと?」
王妃殿下はお母様の名前をご存知のようです。
お母様の生家は公爵家ですから、同じ公爵家の王妃殿下とお知り合いだったのかもしれません。
「ええ、素敵です。こちらも捨てがたくて。」
お母様も若干、言葉遣いが自然になっている気がします。
「ああ、そうね、あら、こちらは?」
王妃殿下とお母様はお友達だったのでしょうか。
二人がとても楽しそうなのは良いのですが、ドレス選びは思ったより大変でした。
私はただ、されるがままなのですが、あれもこれもと大量に試着させられて終わりが見えません。
ヘトヘトになりました。
「こんなに可愛らしい娘が出来るなんて、嬉しいわ。セシルちゃん、レリックの事、お願いね。あの子ちょっと頭が固いけれど、見捨てないであげてね。」
王妃殿下はにっこりと美しく微笑んで、私の手を優しく握って下さいました。
殿下は王妃殿下似です。
もし、こんな風に優しく微笑まれたら、一瞬にして心臓を掴まれてしまいそうです。
「私こそ、見捨てられないように頑張ります。殿下はとても人気がありますので。」
「セシルちゃんを見捨てるなんて、そんな事させないわ。」
王妃殿下はクスクスと可愛らしく笑いながらも、わりと本気な声色のような?
きっと気のせいでしょう。
いよいよ両親が邸へ戻る時間になりました。
不安で仕方がありません。
「婚約が決まって喜ばしいのに、何だその顔は。別に一生会えなくなる訳ではない。手紙も書けるし、必要な物は送ってやる。」
「そうよ。離れていても、いつでも貴女の幸せを祈っているわ。カインもね。」
お父様とお母様に励まされて、私は一人、王宮に残り、両親は邸へと帰って行きました。
「さあ、寂しがる暇も無い程忙しくなる。」
殿下に声をかけられて、私は自分の役割を思い出しました。
婚約はあくまでも任務の為なのです。
私の加護がお役に立てるなら、光栄ではありませんか。
ご褒美の為に頑張りませんとね。