51 サイギー子爵
アレク団長から家宅捜索の任務依頼を受けて二日後、時刻は夕方六時です。
いつも通り、私室の大部屋で私とレリック様は、夕食を取りました。
「現場に行くのはセシルだけだが、黒騎士団の執務室までは、私も一緒に同行しよう。」
レリック様の個室にある転移陣から騎士棟の個室に転移して、黒騎士団の執務室へ向かいました。
執務室に入室したのは、六時半頃です。
「セシル嬢、お待ちしておりました。レリック団長も一緒とは、予想の範囲内です。」
執務室にいたのはグレン副団だけで、アレク団長はいませんでした。
「アレク団長とラコッタは既に現場へ向かいました。こちらに転移陣を用意してあります。腕輪から連絡が来ましたら、セシル嬢は転移して下さい。セシル嬢の任務は解錠ですから、現場でアレク団長の指示に従って貰えれば大丈夫です。」
「分かりました。」
黒騎士団の執務室内にあるソファーに座って、連絡が来るまで待機します。
ソファー近くの床には、一人用の転移陣が描かれた布が広げてあります。
布ならば、どこにでも転移陣を持ち運べるので便利ですが、布に陣を描くのは、一人用が限界だそうです。
いつも任務はレリック様と一緒でしたが、今回は黒騎士団の任務なので、赤騎士団のレリック様は同行しません。
―――任務自体は簡単で安全だし、僕が護衛するから大丈夫だよ―――
任務の依頼を受けた時、アレク団長がそう言って下さったので、心配はしていません。
ただ、レリック様が任務に同行しないのは初めてなので、少しだけ緊張します。
レリック様が傍にいてくださる事が、どれだけ心強かったかを実感していました。
「セシル嬢、アレクだよ。準備出来次第、転移して来て。どうぞ。」
早速腕輪から連絡が入りました。
「アレク団長、セシルです。直ちに転移します。どうぞ。」
お返事して陣に入ろうとした時、レリック様がポンと私の背中を優しく押してくださいました。
「大丈夫、今迄の任務に比べたら、楽勝だ。」
不思議です。レリック様に背中を押して貰うと、それだけで緊張が解れました。
「そうですね。では、行って来ます。」
レリック様に勇気を貰って、微笑むと、足で二回、陣をノックしました。
この任務で証拠を得られれば、赤騎士団はサイギー子爵を捕える為に動けます。
レリック様のお役にも立てるでしょうから、頑張りましょう。
瞬時に周囲の景色が変わって、薄暗い部屋の中に転移しました。
陣の前にアレク団長が立っています。
「待ってたよ、セシル嬢。早速だけど解錠対象を探してくれるかい?やはり我々では何も見つけられそうにないのでね。」
「はい、では。」
私は解錠と、解錠出来る物を見つけられます。
周囲を見回すと、幾つか解錠出来る物があります。
先ずは、執務机の引き出しを解錠しました。
私は解錠だけで、中の確認はアレク団長とラコッタがします。
「どうしてこんなに簡単な所を見落とすかな。」
アレク団長が、引き出しの中を確認しながら、ぼやいています。
「加護の能力には逆らえませんから、仕方がないですよ。セシル嬢、他も頼みます。」
「はい、この収納は金庫になっていますね。」
猫のような黄色い瞳のラコッタに促されて、金庫も解錠しました。
他にも書棚や、絵の裏に隠された収納も解錠して、ラコッタやアレク団長に中を確認して貰いました。
「アレク団長、殺された奴隷商人との契約書、奴隷の出身地リストに顧客リスト。これだけ証拠が見付かれば、十分でしょう。」
ラコッタはアレク団長に報告すると、見つけた証拠品を、転送陣が描かれている布の上に乗せて、転送しています。
私の方は、最後の解錠対象を見つけて、床に敷いてあるラグをめくりました。
床下収納でしょうか?
解錠して、報告しました。
「アレク団長、ここで最後です。」
「よく見つけたね。我々では絶対、見落としていたね。」
アレク団長がやって来て、しゃがむと、床下収納の扉にある取っ手に手を掛けました。
不意に私の後ろから手が伸びてきて、目を覆われました。
アレク団長ではないので、ラコッタでしょう。
「ラコッタ?急にどうしたの?」
視界が真っ暗になって何も見えません。
「え?自分はここに……。」
「静かに。」
耳元で囁く声がしました。この声……。
「レリック!?いつからいたんだい?」
アレク団長が静かに驚く声が聞こえます。
「そんなことよりアレク、中を確認する時は気を付けろ。」
「ああ、すまない。配慮が足りなかったね。でも、死んではいないよ。眠らされているだけだね。」
アレク団長が床下収納の扉を閉めたのでしょう。
私の目を覆っていたレリック様の手が離れました。
「セシル嬢のお陰で証拠は得られたから、我々の任務は無事終了だ。さっさと部屋を元に戻して退散するよ。」
「セシル、アレク達は陣を回収して別ルートで帰還するから、我々は先に陣で戻るぞ。」
「はい。」
レリック様に手を引かれて、陣が描かれていている布の中心に導かれました。
陣は一人用なので、いつものように抱き寄せられて、黒騎士団の執務室へと転移しました。
「レリック団長!?一旦、赤騎士団に戻った筈では?」
グレン副団が、目を丸くしていました。
どうやらレリック様は存在を消して、グレン副団にも内緒で転移してきたようです。
私の事を心配して下さったのでしょうか?
「暇だったから、つい。」
ただの暇つぶしでした。
「つい、ですか……別に我々は構いませんがね。」
グレン副団は呆れたような顔をしていましたが、直ぐに真面目な表情に変わりました。
「それでレリック団長、見つかった全ての証拠品は、直ちに総長へ転送しました。既に赤騎士団の執務室には、サイギー子爵への逮捕状と家宅捜令状が、転送されている筈です。」
内密に家宅捜索をした後に、公けでも家宅捜索をするようです。
証拠品はその時に押収したと見せかける為でしょう。
「了解した。セシル、個室へ送るから先に私室へ戻って休んでいてくれ。私はこれから家宅捜索任務でサイギー子爵邸へ行く。団員に奴隷の居場所を教えなければならない。済まないが、少し急ぐぞ。」
レリック様が私の手を取って、執務室の出口へと歩きだしました。
先に私室へ戻るのは構わないのですが、ふと気になりました。
「レリック様。隠す加護は一度見つかると、無効になるのでしょうか?」
「それは……グレン副団、アレクから何か聞いているか?」
ドアノブに手をかけたレリック様が、足を止めてグレン副団に顔を向けました。
「いえ、今まで見つけた者はいない。と聞いているだけで、見つけた後の事は、アレク団長も分からないでしょう。何せ、前例がありませんから。」
「それもそうか。」
隠す加護について、はっきりした事が分からないまま、レリック様と黒騎士団の執務室を出ました。
アレク団長に依頼されていた任務は終わりましたが、まだお役に立てる可能性があるのに、このまま個室へ向かう気にはなれません。
歩く足を止めると、するりと繋いでいる手が離れて、レリック様が振り返りました。
「セシル、どうした?」
「レリック様、私も赤騎士団の家宅捜索任務に参加させてください。床下収納の扉は閉めると、鍵が掛かる仕組みのようでした。部屋を元に戻して、再び隠す加護が効くとしたら、レリック様は床下収納を見つけられず、私の加護が必要になる筈です。」
顔を上げてレリック様の目を見て訴えると、ふわりと微笑まれました。
「ありがとう、そう言ってもらえると助かる。実は私も、セシルに依頼しなければと考えていたところだ。」
そう言いながら私の傍まで来ると、今度は離さないとでも言うかのように、しっかりと手を握られました。
「では、行こうか。団員達が待っている。」
「はい。」
義務感からだと分かっていても、そんなに熱心に手を繋がれると、不覚にも好意を期待してしまいます。
私がレリック様の大きくて、温かい手が好きなように、少しは私の手に心地よさを感じてくださればいいのに……。
え!?感じて……欲しい?……レリック様に?
レリック様と手を繋いで、赤騎士団の執務室へと向かいながら、自覚していなかった自分の願望に気付いて、戸惑いを感じていたのでした。
ラコッタ初登場は目次15です。




