5 家族会議
「では、父上に報告するから暫く待っていてくれ。」
殿下は颯爽と退室して行きました。
休憩室で一人待っている間、並んでも買えないと有名な高級店のお菓子や、香りからして高級な茶葉に違いないと思われる紅茶が侍女によって用意されました。
王宮の休憩室を貸切状態だなんて、特別待遇にも程があります。
折角なので、心を落ち着かせる為にも、優雅に舌鼓を打たせて頂きました。
三十分程で殿下は戻って来ました。
「待たせた。今しがた、父上はアセンブル伯爵家に結婚を申し込んだ。明日、王宮で返事を聞き、婚約が成立したら、君はその日から王宮住まいになる予定だ。」
「え?今日の明日で、もう王宮住まいですか?」
展開が早すぎて思考が追い付きません。
今日はこんな事ばかりな気がします。
一体何なのでしょう。
「さあ、送ろう。今日はゆっくり家族と過ごしたまえ。」
殿下にエスコートされて、乗り心地最高の、揺れの少ない王家専用馬車に乗せられました。
「では、また明日、王宮で。」
殿下はそう言うと扉を閉めて見送って下さいました。
任務の為とは言え、まさか殿下に求婚されて見送られる日が来るなんて思いませんでした。
それは家族も同じ気持ちだったようです。
私より少し遅れてお兄様が帰って来ると、直ぐに食堂で家族会議が始まりました。
「は?第二王子と結婚?明日、王家と面会?下手したらそのまま王宮暮らし?何だソレ。凄いな。」
カインお兄様が国王陛下から届いた書面に目を通して驚愕しています。
「相手を見つけろとは言ったが、まさか王子に見初められるなんて思わなかったぞ。まあ、良かったではないか。」
お父様は喜んでいるようですが、見初められた訳ではないので、複雑です。
「あら、どうしてそんな微妙な顔をするの?殿下と結婚したくないなんて、そんな訳ないでしょう?ワグナーより余程いいじゃない。」
首を傾げているお母様を初め、お兄様とお父様の視線も私に集中しています。
「自己を律する事も出来ないワグナーよりは、まあ……。でも、こんな筈ではなかったのです。」
箱の機能や極秘任務の詳しい内容は伝えず、夜会でやらかしてしまい、解錠が殿下にバレてしまったと家族に打ち明けました。
「急だと思ったが、なるほど。王家に目をつけられたら、どうせ断れないし、加護の使い道があって良かったじゃないか。王家にこき使われても、犯罪者に利用されないよう守ってくれるなら、逆に良いかもしれないぞ。」
お兄様の前向きさには、いつも頭が下がります。
「伯爵家は王家との結婚を想定して、幼い頃から家庭教師を就けて学ばせるのが常識だから、妃教育も問題無い。安心して王家に嫁げば良い。」
お父様がそんな想定をしていたなんて初耳です。
だから伯爵令嬢達は自信を持って殿下にアピールしていたのですね。
「殿下と結婚なんて、そんな幸運は、そうそう降って来ないの。セシルは解錠で、その幸運を掴んだのよ。これは運命に違いないわ。」
お母様がにっこりと微笑んで、私の手を力強く握ります。
予想通り、家族は結婚に大賛成で、お父様とお母様は、ワグナーよりも格上のお相手が見つかって、とても喜んでいます。
任務が終了したら婚約破棄されるでしょう。なんて、とても言えません。
「捨てる神あれば拾う神あり。なんて言いますし、捨てられる迄は頑張ろうと思います。」
そして、ご褒美に、新たな神を紹介していただきましょう。
「おい、そこは捨てられないように頑張る、だろう。ま、捨てられたら帰って来れば良いさ。」
お兄様が呆れながらも、優しい言葉をかけてくれました。
「セシル、結婚の申し出は受けるぞ。良いな。」
「はい、お父様。」
結婚を受けると話が纏まったところで、九時の鐘が聞こえて来ました。
鐘が鳴り終るまで、家族全員で目を閉じます。
胸に手を当て、上を見上げて深呼吸を繰り返すと、心も穏やかになる気がしました。