44 大事な話
カーテンの隙間から漏れる光が眩しくて、目覚めたのは昼前でした。
今日はお休みと言われていました。
せめて朝、レリック様をお見送りしようと思っていましたのに、思っただけになってしまいました。
「お疲れでしょうから、起こさないようにと殿下に言われたのです。」
侍女のラナが教えてくれました。
レリック様だって疲れている筈ですのに、私だけ休むのは申し訳ありません。
昼食を食べながら、何か出来る事はないかと考えてみました。
騎士棟へ行って、ラナに習ったお茶を淹れる位しか浮かびません。
他にもお役に立てれば良いのですが、解錠しか出来ない私が訪ねても、解錠はもう必要ありませんし、単なる足手まといになるだけです。
大人しく妃教育の本を読んで過ごしましょう。
今夜は大事な話をされる予定です。
婚約破棄とか、ご褒美の話かと思っていましたが、違うそうです。
話は夕食の時、と言っていましたから、レリック様が帰る前にお風呂に入って……。
そうでした!シーナにレリック様の寝間着について相談しなければなりません。
お風呂上がりに胸元全開で色気駄々漏れにされては、気になって話が頭に入りません。
侍女長のシーナを呼びました。
「毎回、目のやり場に困りますので、レリック様の前が大きく開いた寝間着を変更出来ませんか?」
「あら、まあ。令嬢方は喜びそうですのに、セシル様は可愛らしいですね。」
うふふ、とシーナに微笑まれてしまいました。
真剣に伝えたつもりですが、これは変更して貰えないのでしょうか?
「お任せ下さいませ。殿下には、前の開きが控えめな寝間着をご用意致します。」
「有り難うシーナ。是非お願いしますね。」
シーナに相談して良かったです。
ホッと胸を撫で下ろしました。
「夕食の準備が出来ましたので、お越し下さい。」
夕方六時頃。
ラナに呼ばれたので、大部屋に入室して着席していると、お風呂を終えたレリック様も大部屋へ入室してきました。
レリック様の寝間着は、中央に少しだけ切れ込みが入っているだけの丸襟で、前の開きが控えめなシャツでした。
シーナ、有り難う。目のやり場に困りません。
「お帰りなさいませ。」
しっかりレリック様を見て笑顔で挨拶出来ました。
少し元気が良すぎたのでしょうか。
一瞬、驚いた顔をされた気がしますが、フッと微笑まれました。
「ただいま。話は食事を終えてから、私の部屋でしよう。」
「はい。」
食事中、何だかレリック様の空気が重い気がします。
あまり良い話ではないのでしょうか。
夕食を食べ終わって、レリック様の部屋に移動しました。
「そこのソファーに座って話そう。」
「はい。」
三人掛けソファーに座ると、レリック様が隣に腰掛けました。
シーナがソファーの前にあるテーブルに紅茶を用意して退室すると、レリック様が口を開きました。
「大事な話。と言うのは、魔を吸引する箱と、セシルがやるべき本当の任務についてだ。」
レリック様の言葉に思わず首を傾げてしまいました。
「あの、悪魔を吸引してエド団長を捕える任務は、本当の任務ではなかったのですか?」
その為に婚約した筈です。
「ああ、あの任務は本当に解決すべき秘匿任務だったが、箱の機能を確認したり、セシルに経験を積ませる予行演習の役割もあった。」
「あの任務が予行演習、ですか?」
レリック様はやっぱり腹黒です。
最初に会った時から、そのつもりだったのでしょう。
まんまと騙されました。
「結果論だ。たまたまエドが悪魔を召還したタイミングと、セシルが箱を解錠したタイミングが重なって、タイミング良く魔を吸引する練習になっただけだ。」
「それにしても、タイミングが良すぎませんか?」
思わずジト目になってしまいました。
「父や兄、私だってそう思った。他意は無い。」
レリック様は、フーッと溜め息を吐いて、気持ちを切り替えるように紅茶を一口飲みました。
「本来、あの箱は魔王を吸引する為に作られた箱だ。」
「魔王が存在するのですか!?」
悪魔の他にも物語の存在が実在していたなんて驚きです。
「実を言うと、魔王は世界に数体存在していた。去年、最強と恐れられていた最後の一体が『台座から抜けない剣』を抜いた他国の者によって倒された。」
『台座から抜けない剣』と聞いて、ハッとしました。
「もしかして、去年、建国祭の余興で出された、あの剣ですか?」
「そうだ。」
「では、その前の年のも?」
何か杖だったような……。
レリック様が頷いています。
「毎年、建国祭の余興で出されていた謎のアイテムは、全て魔王討伐に関わる物だ。だが、扱える者は世界で一人とされている。だから、その者を探す為、アイテムは国々を回っていた。」
私はとんでもない物を開けてしまったようです。
「話を戻すが、去年、魔王領と呼ばれる森に存在する魔王が『台座から抜けない剣』を抜いた者によって倒され、やっと世界に安寧が訪れると思われた。が、森の奥深くに、魔王の残滓が残っており、世界中の魔を引き寄せて、魔溜まりを作り、瘴気を発していると分かった。」
「瘴気?」
また謎の単語が出てきました。
「瘴気とは、魔を含んだ霧のようなものだ。」
「色や匂いはあるのですか?」
「無臭だが、色は黒い。瘴気に長く晒されると、人間は魔に囚われ、動物は魔物になる。魔物は異種の魔物を食べる事で、より大きく強い魔物に進化する。」
魔王の次は魔物ですか。益々物語の世界です。
しかも、進化するなんて。
進化とは長い時間がかかる筈ですのに、どういった原理なのでしょう。
「魔王は、特別強く闇に魅入られ、魔を引き寄せる力が強い人間の、なれの果てだと言われている。幸い、人間ではない魔物は魔王に進化しないが、人間を餌と認識している為、ここ一年、近隣諸国が順番で魔王領へ行き、魔物討伐をしている。我が国も一度、応援に行ったことがある。」
王国騎士団やレリック様が実際に魔物討伐していたなんて、王家に近い一部の貴族は例外でしょうが、一般国民は誰一人知らないでしょう。
知ったらきっとパニックになってしまいます。
だから、王家は様々な事を隠しているのでしょうけれど、秘匿事項が多すぎます。
「ええっと、つまり、魔溜まりがあるせいで魔物が発生して、大変な事態になっているとの解釈で宜しいですか?」
「その通りだ。魔溜まりは拡大し続けており、数年後には魔王領に接している国が飲まれるとも言われ、それらの国と接している我が国も危険な状況にある。その魔溜まりの魔を吸引するのが、あの箱だ。」
ああ、理解してしまいました。
この箱が機能するのは、一メートル以内です。
しかも、何故か私以外の人が箱を持つと、解錠しても暫くすると勝手に閉じてしまいます。
「……私がそこへ行かなければならないのですね。」
「そうだ。今まで黙っていて済まない。だが、全てを話しても、受け入れられないと判断した。」
「それは、そう、ですね。」
突然、私がこの箱で魔を吸引しなければ、世界が危機的状況に。なんて言われても、理解出来ないでしょうし、やります、なんて思えないでしょう。
レリック様や騎士団と任務に取り組んで経験を積んだからこそ、話を冷静に聞けている気がします。
「現地調査をした後、魔溜まりの吸引計画を立てる。任務の実行は、約一ヶ月後の予定だ。詳しい計画が決まったら話す。」
「分かりました。」
魔王の領地だった森なんて想像がつきません。
しかも、魔物が襲ってくるなんて。
剣は嗜み程度にしか習っていませんから、とても不安です。
視線を落として、視界に入った紅茶の一点を見詰めていると、レリック様が私の方へ体を向けました。
そして、私の左手を包むように優しく握りました。
「どんな状況だろうと、我々騎士団が必ず守る。セシルは今迄通り、箱を開けて持っていてくれれば良い。辛ければ、私も手を貸す。安心しろ。」
今まで通り。そう言われると出来そうな気がするのは、予行演習のお陰ですね。
「有り難うございます。頼りにしていますね。」
この先もずっと、レリック様と手を取り合って生きていきたい。
そんな気持ちで、空いている手をレリック様の手に重ねました。




