4 決断
「わ、私は何も聞いておりません。」
素早く箱を膝に置いて、私は耳を塞ぎました。
聞いてません、これ以上聞きませんアピールをしましたのに、殿下は立ち上がると、私の手首を掴んで、無情にも強制的に、私の手を耳から外して言うのです。
「残念だが、箱を解錠した時点で、極秘任務に有用だと証明してしまった。関わるのは決定事項だ。」
「決定事項だなんて、そんな……。」
「厄介なのは、この箱は私が持つと、直ぐに自然と閉まってしまう。君が開けて持たなければ、開けたままの状態を保てないらしい。君の代わりは誰も出来ない。つまり、君は我が国の極秘任務から逃げられない。」
どうやら初めから、殿下の掌の上だったようです。
ああ、あんな悪戯心さえ顔を覗かせなければ、こんな事にはならなかったのに。
極秘任務とはつまり、墓場まで持って行くべき他言無用の任務という意味です。
下手したら殺されてしまいます。
「今後、私はどうなるのでしょうか?邸には帰して頂けますよね。」
まさかこのまま帰れない、なんて言いませんよね?
手首を殿下に掴まれたまま、不安な気持ちで顔を見上げると、手を解放されました。
再び向かいのソファーに腰掛けた殿下が、私を見据えて口を開きました。
「帰してやりたいが、任務に協力するのが条件だ。それには、私と結婚して貰う必要がある。」
結婚?殿下と私が?何故そうなるのでしょう。
「任務の為に結婚するなんて、本気で仰っているのですか?」
驚く私に対して、殿下は顔色一つ変えません。
「当然だ。結婚すれば行動を共にしても、同じ部屋にいても文句は言われないし、護衛が就くから安全だ。だが、結婚せずに任務に取り組もうとすれば、独身の令嬢が王子と密会なんて余計な噂が立つ。君は身の危険に繋がる可能性があり、任務に支障が出る。それでは非効率だ。とは言え、直ぐに結婚出来ないから、任務が終わるまでは婚約になる。」
殿下は簡単に結婚と言いますが、ガリア王国の場合、王公貴族の結婚は、親同士の話し合いで決まるのが普通です。
「畏れ入りますが、結婚相手を殿下の独断で決められるのでしょうか?」
「私は父上から、結婚相手について、王家に相応しい相手という条件付きではあるが、自ら選ぶ許可を得ている。伯爵家なら家格も問題ないし、使える加護を持っている君ならば、王家としては結婚に何ら問題は無い。私が父上に報告して、アセンブル伯爵家に結婚を打診すれば、ほぼ決まりだろう。」
殿下の言うように、国王陛下から結婚を打診されたら、両親は断らないでしょう。
きっと喜ぶ筈です。
王家と繋がりが持てるなんて伯爵家にとってメリットしかないのですから。
殿下の要求を受け入れて、任務の為に婚約が決まれば、任務終了と同時に、また婚約破棄されてしまうのでしょう。
次に結婚するならば、一生を共に過ごせる方と仲睦まじく穏やかな結婚生活を送りたいと思っていましたのに、残念でなりません。
でも、この解錠というハズレの加護が犯罪者以外に必要とされて、誰かの役に立つ機会が初めて訪れたのです。
それは、私が望んでいた事でもありました。
「因みに、任務が終了した暁には褒美が貰える。君が望む、一生穏やかな生活とやらも叶うだろう。」
「本当ですか?」
任務が終了して、婚約破棄された後に、一生穏やかな生活を共に送れる良い方を紹介してくださるでしょうか。
「働きに見合った褒美を与えるのが我が国の方針だ。だから、望めば願いは叶えられる。さて、邸に帰れるかは君次第だ。どうする?」
私の中に芽生えた僅かな期待を感じたのでしょう。
殿下が確信を持って聞いてきました。
「……任務の協力はします。結婚は両家が認めるならば、従います。」
私は遂に腹を括ったのでした。