37 緊急事態
夕方五時頃、レリック様の仕事が終わりました。
「セシル待たせた。私室に戻ろう。」
レリック様に手を引かれて、赤騎士団の執務室を退室しました。
地下道ではなく、騎士棟の個室から転移陣を使って、王宮の私室に戻るようです。
先に転移陣に入ったレリック様に、手と腰を引き寄せられました。
「あの―――」
転移陣を描き変えたのに、なぜ一緒に?
質問する暇もなく、またしても向かい合わせで密着したまま、転移する羽目に……。
「セシル、明日は早い。今日は早めに休もう。」
「……そう、ですね。」
どうやら、レリック様は、転移陣を描き変えた事を忘れているようです。
きっと、たまたま忘れていただけで、次は別々に転移すると言って下さるでしょう。
ようやく密着から解放されて、レリック様の部屋を出ると、大部屋には侍女のラナが待機していました。
直ぐにお風呂を済ませて、レリック様と夕食を取った後、お互い自室で別々に過ごしていました。
九時に鳴る、祓いの鐘を聞いたら寝るつもりですが、まだ時間があります。
「ラナ、紅茶の淹れ方を教えて欲しいの。」
「セシル様が紅茶をですか?王子妃になる方が、侍女の仕事までする必要はございませんよ。」
貴族令嬢は、侍女に紅茶を淹れて貰うのが普通なので、そう言われてしまう気はしていました。
「それが、必要になってしまったの。騎士棟には侍女がいないから、皆、自分で紅茶を淹れているそうなの。それで、私も紅茶を淹れる流れになったのだけれど、経験が無かったから、騎士に紅茶の淹れ方を教わって、レリック様に紅茶を淹れたの。」
思い出して、少し残念な気持ちになりました。
「まあ、そんなことが。」
「ええ、レリック様は褒めて下さったけれど、ラナ達みたいに美味しくはなかったから、申し訳なくて。ラナ達の淹れてくれる美味しい紅茶を飲むと、癒されて元気になれるから、私も騎士棟でレリック様に美味しい紅茶を淹れて差し上げたいの。」
ラナが、胸の前で手を組んで震えています。
どうしたのでしょうか?
「そんな風に思って下さっていたなんて嬉しいです。私で良ければ紅茶の淹れ方をお教え致します。」
「有り難う、ラナ。それで、レリック様には内緒で教えて貰いたいの。」
「分かりました。丁度この時間、殿下は自室に籠っていますから、今のうちに致しましょう。」
自室から大部屋脇にある給湯室に移動して、こっそりラナに紅茶の淹れ方を教わります。
レリック様は驚いて下さるでしょうか?何だか楽しみです。
「セシル様、明日もお早いでしょう。そろそろ九時になりますので、今日はこれくらいに致しましょう。」
レリック様も、そろそろ自室から出て来るかもしれません。
「そうね、ラナ、有り難う。」
急いで給湯室から寝室へ移動して、ベッドに座りました。
緊急の連絡もあるらしいので、腕輪は常に手が届くように、枕元に置いておきます。
レリック様は、まだ自室にいるようです。
九時。祓いの鐘が聞こえて、いつものように目を閉じて上を見上げ、胸に手を当てて、深呼吸を続けます。
鐘の音が止み、ベッドに横になった時でした。
「クリスです。赤、青、黒に告ぐ。エド団長が盗賊のアジトに出現。関係者は直ちに出動を。以上。」
腕輪の連絡に飛び起きました。
直後、勢いよく寝室の扉が開きました。レリック様です。
「セシル、今の連絡聞いたか?」
「はい、直ぐに着替えます。」
レリック様もまだ部屋着でしたので、着替える時間はレリック様にも必要な筈です。
きっとあまり待たせないでしょう。
腕輪を手に取って、自室へ行こうと、ドアノブへ手を伸ばしました。
「いや、夜も遅いから今回は良い。私だけ行く。」
「いえ、私も行きます。悪魔を吸引するチャンスです。今を逃せば、次はいつ、エド団長に会えるか分かりません。そうですよね?」
レリック様の目を真っすぐに見詰めますと、肩に手を置かれました。
「そうだ、その通りだ。急げるか?」
「はい。」
急いで自室へ入室すると、クローゼットから騎士服を取り出して着替えました。
レリック様の部屋をノックすると、着替えたレリック様が扉を開けて下さいました。
「行くぞ。」
「はい。」
陣の中心に立つレリック様に手を引かれて、勢いのままに抱き付きます。
急いでいるので、恥ずかしがっている場合ではありません。
陣が光って、騎士棟二階にある、レリック様の個室に転移しました。
「一階の転移陣へ向かう。」
「はい。」
レリック様に手を引かれて個室を出ると、階段へ向かい、一階まで降りて、東側に向かいました。
長い廊下の左右には、沢山の扉が並んでいます。
その一つを開けて、部屋に入室しました。
室内には直径五メートル程の陣が四つあり、番号が振られています。
「セシル、先ずはこの箱を開けて持っていてくれ。」
レリック様がベルトと一体型になっているポーチから、箱を取り出しました。
魔を吸引する、あの箱です。
「はい。」
箱を受け取って解錠すると、上蓋を開けた状態のまま、両手で持ちました。
「では行くぞ。」
扉から最も近い、一の陣へ入ると、レリック様が陣を足で二回、ノックしました。
陣が光って、気づけば、知らない場所の、知らない建物がある、屋外に立っていました。




