36 赤騎士団へ
黒騎士団の執務室で会議を終え、明朝の任務に備える為、各々自分の部署へ戻る事となりました。
席を立つ前、レリック様は腕輪の赤いボタンを押しました。
赤いボタンは赤騎士団の部署全域に連絡出来ます。
「レリックだ。連絡事項がある。全員直ちに大広間へ集合。以上。」
威厳のあるキリッとした良い声です。
「セシル、これから赤騎士団の皆に紹介する。一緒に来てくれ。」
「はい。」
返事とほぼ同時に、サッとレリック様に手を繋がれて、黒騎士団の執務室から北棟の三階、東側にある赤騎士団の大広間へと案内されました。
大広間には、ボルドー色の騎士服を纏った男性達が肩幅に足を開いて、両手は後ろにした状態で整列していました。
レリック様と騎士達の前に行くと、一斉に視線が集まります。
赤騎士団は第一部隊から第五部隊まであり、各部隊の人数は二十名ほどで、総勢百名ほどだそうです。
現在、第一部隊が任務で出ているので、第二部隊から第五部隊の騎士達が整列しています。
全員のリーダーらしき男性騎士、おそらく副団長と思われる男性が、レリック様の脇に控えました。
黒騎士団や青騎士団に比べて人数が多いので、迫力が凄いです。
しかも、何だか睨まれている気がして、怖いです。
皆さんの前では流石にレリック様も手を繋ぎませんが、今は手を繋ぎたくなってしまうほど、心細いです。
ただ、淑女とは、どんな状況でも笑顔を絶やしてはならないのです。
レリック様の婚約者として淑女らしく、淑女らしくと何度も心の中で唱えながら、笑顔を心がけました。
「彼女が私の婚約者で、黒騎士団所属になったセシルだ。今後任務で関わるだろう。宜しく頼む。」
「「「ハッ!」」」
迫力ある返事に、肩がビクッと動きそうになりますが、淑女らしく何とか平静を保ちます。
レリック様に目配されて、私がご挨拶する番になりました。
「皆様、セシルと申します。宜しく……」
あ!間違えました!
淑女らしくと考えていたせいで、無意識に両手がズボンの布をつまんで、お辞儀の態勢を取っていました。
慌ててズボンから手を放して、姿勢を正してから礼をし直します。
「……宜しくお願い致します。」
ああ、やってしまいました。恥ずかしすぎます。
でも、顔を上げて淑女らしく、頑張って微笑みました。
「「「!!」」」
バッと音がして、一斉に足が揃えられると同時に、右手を胸に当てる敬礼をされました。
物凄く揃っています。
でも、返事はされませんでした。
失態をしてしまいましたし、レリック様のようには信用して頂けないのかもしれません。
「明朝、セシルを連れて、公園で見つかったエドの陣を解錠する予定だ。陣の見張りは黒騎士団が担当するが、不測の事態があれば動いて貰うので、そのつもりでいてくれ。」
「「「ハッ!」」」
皆さん、声の迫力が凄いです。
「報告はあるか?」
「第二部隊ありません。」
「第三部隊ありません。」
「第四部隊ありません。」
「第五部隊ありません。」
列の一番前に整列している男性が各々報告しています。部隊長でしょうか?
最後に、レリック様の脇に控えているブラウンの髪と瞳をした、リーダーらしき男性が口を開きました。
「第一部隊より、アジト、盗賊共に動きは無く、エド団長も現れていないとのことです。あと、レリック団長のサインが必要な書類がありますので、この後、執務室に届けます。」
「了解。皆、何かあれば連絡を頼む。」
「「「ハッ!」」」
再び迫力のある返事が返って来ました。
レリック様は私の手をサッと繋ぐと、大広間を後にして、西側にある執務室へと向かいました。
「「「ぬおぉぉぉ!!」」」
大広間から何とも形容しがたい声が聞こえて来ました。
「皆さん、どうされたのでしょうか?」
「さあ。セシル、私は執務がある。少し待って貰えるか?」
「はい。何かお手伝い出来る事はございますか?」
「え?」
レリック様が執務室の扉を開けながら私に目を向けました。
余計な事を言ったのかもしれません。
「何も知らない私では、お役に立てませんでしょうか。」
「いや、そんなことは無い。手伝うなんて言われるとは思わなかったから、驚いただけだ。」
「いやぁ、仲良しで何よりです。」
後ろから声がして振り向きました。
「あ、セシル嬢、私はクリスと言います。クリス副団とお呼び下さい。」
先ほどレリック様の側に控えていた男性です。
やはり副団長でした。
「はい、宜しくお願いします、クリス副団。」
クリス副団は大量の書類を抱えていました。
確か執務机には書類を送れる陣もあった筈です。
陣で送らないのでしょうか?
執務机に目を向けると、陣の中には送られて来たと思われる書類が、高く積まれていました。
あの書類を陣の外に移動しなければ、新たに書類は送れないのかもしれません。
執務机にドサリと書類を置いたクリス副団は、レリック様に良い笑顔を向けました。
「全て、今日中にお願い致します。」
レリック様は書類に視線を移して顔をしかめると、溜め息をつきながら着席しました。
パラパラと大量の書類に目を通しながら、物凄い早さで仕分けています。
「クリス副団、全て今日中と言ったが、急ぐ必要がない書類も紛れているのは何故だ?」
「アハハ、バレました?部下から、美丈夫のレリック団長に対する単なる嫌がらせです。」
「細かい経費の了承とか、本当に嫌がらせだ。遠征先の飴って何だ?」
殿下がブツブツ言いながらサインしています。
「セシル、見てサインするだけだから、直ぐ終る。座って待っていてくれ。」
「はい。」
私が手伝える事はないようです。
でも、座っているだけでは暇です。
執務室を出て行くクリス副団に声をかけました。
「あの、クリス副団、私に何か、お手伝い出来る事はありますか?」
「え?」
クリス副団の動きが一瞬停止して、目が見開かれた気がしました。
レリック様と同じような反応です。
私が手伝うと言うのは、そんなに驚かれる事なのでしょうか?
「そう、ですね。では、レリック団長に紅茶を淹れて貰えますか?私が淹れるよりも、セシル嬢に淹れて貰う方が、団長もお喜びになるでしょう。」
騎士団には侍女なんていません。
だから、皆さん紅茶を自分で淹れるようです。
困りました。
「あの、申し訳ございません。私、紅茶を淹れて貰うばかりで、淹れた事がございません。宜しければ教えて頂けないでしょうか?」
クリス副団もきっとお忙しいでしょうから、断られるのを覚悟して、お願いしてみました。
またしてもクリス副団が一瞬停止して、今度は瞬きの回数が増えた気がします。
どうしましょう、これは困らせてしまったのかもしれません。
レリック様の婚約者から頼まれたら、断りたくても断れないでしょう。
「あの――」
「意地悪を言ってしまい、申し訳ありませんでした。私で良ければお教え致します。」
クリス副団が意地悪?そんな風に感じませんでした。
レリック様を気遣われて、私にも親切にしてくださる良い方に思えます。
私が困らせていないのなら、安心しました。
「クリス副団、有り難うございます。宜しくお願い致します。」
レリック様が書類に集中している間、執務室にある給湯室で、クリス副団から紅茶の淹れ方を教わりました。
「適当ですよ。」
クリス副団はそう言いますが、お湯の温度や蒸らし時間等、勉強になりました。
「レリック団長、紅茶を淹れてみましたが、いかがですか?」
レリック様の手が止まったのを見計らって声を掛けました。
「セシルが淹れたのか?」
「はい、クリス副団に教わりました。侍女のようにはいきませんが、宜しければ、休憩しませんか?」
レリック様はチラリとクリス副団に目を向けて、書類を脇に寄せました。
「折角なので頂こう。」
緊張しながら、カップをソーサーの上に乗せてレリック様の前に運びました。
レリック様がカップを手にして、一口飲むのを緊張しながら見つめてしまいます。
「旨い。」
レリック様がふわりと微笑んで下さいました。
「良かったです。」
私も思わず安堵で微笑みました。
きっと侍女が淹れる美味しい紅茶には敵わないでしょう。
お世辞でも、嬉しいものです。
「クリス副団、本当に有り難うございます。分からない事があれば、また、教えて頂けますか?」
「ええ、勿論です。」
クリス副団は、優しい笑みを向けて下さいました。
「セシル、分からない事はクリス副団ではなく、私に聞けば良い。」
喉が渇いていたのか、レリック様がクイッと紅茶を飲み干しましたので、追加の紅茶を注ぎます。
「レリック団長、ご親切に有り難うございます。でも、私も皆さんの様に、お忙しいレリック団長の力になりたいのです。」
自分で言って驚きました。
私はレリック様の力になりたいと思っているようです。
私より後に寝て、先に起きているから心配なのかもしれません。
婚約者が過労死なんて嫌ですもの。
「……っ、それは、感謝する。」
レリック様は再び紅茶を口にして、書類に目を通し始めました。
レリック様を待っている間、少し冷めた紅茶を自分でも飲んでみました。
やはり侍女ほど美味しくはありません。
それでも笑顔で飲んで下さったレリック様の優しさに、心がほっこりしました。
私室に戻ったら、侍女に淹れ方の指導をお願いしてみましょう。
レリック様が心から美味しいと喜ぶ顔を、引出してみたくなったのでした。




