34 騎士棟の食堂
時間はちょうど、正午になっていました。
私とレリック様、バルト副団とシアーノの全員で食堂へ向かいました。
初日は、お昼を済ませてから騎士棟へ行ったので、騎士棟の食堂は初体験です。
食堂は北棟の一階から三階の全てにあるそうです。
一階は白騎士団、二階の東側は黒騎士団、西側は青騎士団、三階は赤騎士団と部署が別れていて、自分の所属部署の階にある食堂に、食事が用意されるそうです。
でも、他部署との話し合いが長引いて他部署の食堂で食事をしたい時もあります。
その場合は、自分の所属部署がある食堂から、食事したい階の食堂に、陣で食事を取り寄せるそうです。
「セシルは黒騎士団所属だから、二階の食堂に食事が用意されている。バルト副団やシアーノ、アレクも全員二階の食堂だから、私も二階で食べるつもりだ。私の部署は三階だから、食事は陣で取り寄せる。」
食堂に向かいながらレリック様が説明して下さいました。
食堂は北棟二階の中央辺りにあります。
席は自由で、食事メニューは毎日決まっているそうです。
カウンターには、トレーに乗った食事が並んでいます。
そこから食事を受け取るシステムでした。
黒騎士団と青騎士団は、合わせて百名程だそうで、既にカウンターには人が並んでいました。
トレーを受け取るだけなので、待ち時間はそんなに長くないようです。
「諸君、席は確保しておいたから、食事を取っておいで。セシル嬢の分はもう取ってあるよ。」
アレク団長が食堂の席から手を振って声を掛けて下さいました。
「アレク団長、私も皆さんと並ぶべき所を、ご親切に、有り難うございます。」
「良いって。手が二つあるから、ついでに二人分運んだだけだよ。手が五つあれば全員分運べるのに、残念だね。」
アレク団長は肩を竦めながら、隣の椅子を引いて、座るように勧めて下さいました。
「思ってもいない事を。アレクが労力を使うのは女性の前だけだ。騙されるなセシル。」
レリック様は、アレク団長を警戒し過ぎではないでしょうか?
「ですよね。セシル嬢がいなかったら、絶対、自分のしか用意していないですよ。」
バルト副団ったら、そんな言い方をされなくても。
アレク団長は私達皆の為に席を確保してくださいましたのに。
「さっさと食事を取って来ましょう。セシル嬢と二人にしたら、直ぐに口説き始めますよ。」
シアーノ、それは無いですよ。アレク団長にも好みがあると思うのです。
皆さんから見るアレク団長は、かなり女性好きに見えるようですが、私から見たアレク団長は、親切なお兄様のような印象です。
「君達、僕を何だと思っているのかね。僕はただ女性に対して紳士なだけだよ。余計な事言ってないで、さっさと行って来なよ。じゃないと二人で食事を始めるよ。」
アレク団長が呆れた顔で手を振っています。
全員、急いで食事を取りにカウンターへと向かっていきました。
カウンターには沢山人が並んでいますが、一分も経たない間に、食事のトレーを持ったレリック様が、戻って来ました。
「レリック団長、お早いですね。他の皆さんと一緒ではなかったのですか?」
カウンターに目を向けると、皆さん、まだ列に並んでいます。
「私の食事は陣を通して三階から取り寄せる。受け取り場所が違うし、取り寄せ自体使う者は少ないから、ほぼ待たずに受け取れる。」
そう言えば取り寄せると言っていました。
「どんな風に取り寄せるのか、見てみたかったです。」
陣に食事が現れるなんて物語の世界でしか知りません。
それが実現しているのです。凄い事です。
「私達が転移する時と変わらないが、食器を返却する時にも使うから、それで良ければ見るか?」
「はい。見たいです。」
私は、すっかり陣の便利さに魅了されてしまったようです。
「セシルは陣に興味があるのか?さっきもシアーノにくっついていただろう。」
くっついていたのでしょうか?
そんなつもりはありませんでしたが、レリック様が言うのなら、そうだったのでしょう。
婚約しているのに、あまり男性に近寄るのはいけません。
気を付けましょう。
「物語の世界が目の前で起こっているので、興味はあります。あのような均整の取れた円や複雑な文字を覚えて、手だけで描けるなんて凄いです。」
「そんな風に褒められたら、青騎士団の連中は泣いて喜びますよ。」
その声はバルト副団です。
お戻りになったのですね。
「我々青騎士団は、戦闘において補助的な役割が多く、前線には出ない場合が多いので、一番地味だと言われ、予算が削られやすい部署ですから、認めてもらえるのはとても嬉しい事なのです。」
シアーノが良い笑顔を向けてくれました。
便利な道具を作って貢献しているのに、予算が削られるなんて大変です。
「もう揃ったし、食べても良いよね。いや、もう食べるよ。」
アレク団長は、かなりお腹が空いていたようで、全員が着席したのと同時に食べ始めました。
何となく量が多いとは感じていましたが、何となくではありませんでした。
よく見れば、お肉は普段の倍の厚さと大きさです。
パンも巨大で三つもあります。
サラダとスープは小ぶりでしたので、そこは助かります。
お肉は半分で、パンは一つで充分ですのに、どうしましょう。絶対に食べきれません。
じっとお皿を見詰めてしまいました。
「セシル、食欲がないのか?」
レリック様が気に掛けて下さいました。
「いえ、あの、量が多くて。でも、残すのは申し訳ないですし、まだ手を付けていないので、食事が足りない方がいらっしゃれば、半分ほど食べて頂けないかと思いまして。」
思い切って相談してみました。
「確かにセシルには多いか。それならば私が食べよう。正直、全然足りないと思っていたから丁度良い。」
この量で足りないなんて本当でしょうか?
気を遣って下さっているのではないでしょうか。
でも、食べて頂けるなら助かるので、お肉を半分切って、隣に座っているレリック様の方に、お皿を寄せました。
レリック様がザクリとフォークでお肉を刺して、自分の皿に移動させました。
豪快です。
「パンも貰って良いのか?」
「はい、私は一つで十分ですので、二個貰って頂けると助かります。」
「レリック、パンを二つ貰えるなら、一つは私にくれないかな。」
アレク団長も足りないようです。細身ですのに意外です。
「仕方ない。セシル、良いか?」
「ええ、私は一つあれば誰に食べて頂いても構いません。」
「レリック団長。自分にも肉を分けて欲しいのですが。」
シアーノも食べ足りないのですか?そんな風には見えませんでした。
「仕方ない。」
レリック様は私の切ったお肉を更に半分にして、私の向かいに座っているシアーノの方へ、お肉が取りやすいようにお皿を出しました。
「どうも、レリック団長、頂きます。」
レリック様の向かいに座っていたバルト副団が、フォークでお肉を突き刺して、自分のお皿に移しました。
何故バルト副団が?
レリック様はシアーノにお肉を渡そうとした筈です。
でも、レリック様は特に何も言わず、お皿を引っ込めて食事を始めました。
これは、普通の事なのでしょうか?
「バルト副団、肉を横取りしないで貰えますか?」
「私は副団だ。横取りする権利がある。」
「は?何言ってんの?クソ上司が。」
シアーノ、心の声が漏れてしまっています。あと、言葉遣いが変わっています。
まだ私のお肉は十分ありますから、半分切って分ければ、ご機嫌も直るかもしれません。
「あの、シアーノ、私のお肉を―――」
「セシル、それ以上は駄目だ。体力を落とさない為にも、食べられる量は食べるべきだ。」
確かに、レリック様の言う通りです。
「バルト副団、セシルが気にしている。シアーノにも分けてやれ。」
「はい。」
渋々、バルト副団がシアーノに、お肉を分け与えています。
皆さん、そんなに足りないのでしょうか?
凄い食欲です。
食事量は私が一番少なかった筈ですのに、食べるのが最後になってしまいました。
私の両隣にはアレク団長とレリック様、そして向かいにはバルト副団とシアーノ。
レリック様とアレク団長は勿論ですが、向かいのお二人も十分美形です。
そんな方々に囲まれて食事なんて、令嬢方にしてみれば、夢のような状況に違いないでしょう。
ですが、実際体験してみますと、皆さんに見守られるのは、喜びよりも緊張が勝って、落ち着けないのだと実感しました。
「食べるのが遅くて、申し訳ございません。皆さん、待って頂かなくても大丈夫ですよ。」
本当に、心からそう言っているのです。
「気にしないで。適当にお腹を休めているだけだから。」
アレク団長は相変わらず親切です。
他の三人も頷いて気を遣わせないように待って下さっています。
皆さん、なんて紳士で素敵なのでしょう。だからモテるのですね。
でも、その優しさが逆に、落ち着かないのです。
さっさといなくなって頂いた方が、気楽に自分のペースで食事出来るのです。
「食器を下げる陣を見たいのだろう?」
そう言えば、レリック様にお願いしていました。
「レリック団長、それは、次の機会がある時にお願い出来ますか?」
だから、もう待たなくて良いです。と言いたいのですが、やんわり上手く伝える方法が浮かびません。
「そうか。では、明日も一緒に食事をしよう。そうすれば食事を取り寄せる所を見せられる。」
そうでした。レリック様って面倒見の良い所があるのでした。
約束を忘れて、うやむやにしないタイプです。
そういう所が令嬢からモテるのでしょう。
「では、私も一緒に。」
「自分も。」
「勿論僕もね。」
結局、明日もこのメンバーで食事をする羽目になりました。
一緒に食事は良いのですが、明日も皆さんを待たせてしまうのでしょうか。
素敵男性達に見守られる位なら、レリック様と二人だけの方が、余程気楽だと思えるなんて。
何か麻痺しているのかも知れません。




