33 陣の描き直し
シアーノはベルトについているポーチから少量のインクが入った小瓶を取り出しました。
その小瓶の中に、陣が描かれた小さな紙を入れました。
「では、レリック団長から登録して下さい。セシル嬢は同じようにやって貰いますので、見ていて下さい。」
「分かりました。」
ワクワクしながら、レリック様を観察します。
シアーノの持っているインク瓶を受け取ったレリック様が、インク瓶の中に人差し指を入れて、指を抜きました。
不思議な事に、指にはインクが全然付いていません。
「レリック。」
レリック様は瓶の口に向かって声を出すと、瓶の蓋を閉めて、シアーノに渡しました。
「次はセシル嬢です。瓶の中にある陣を軽く押して下さい。登録ボタンのようなモノです。その後、指を抜いて、声を登録します。陣を描くインクは特殊で、手には付かないので、安心して下さい。」
「分かりました。」
シアーノからインク瓶を受け取りました。
瓶の中に人差し指を入れます。
陣が描かれた紙を押して、瓶から指を抜きました。
濡れた感覚もありませんし、匂いもありません。
本当に、全然インクが指に付いていません。
「セシル。」
瓶の口に向かって声を出してから、蓋を閉めて、シアーノに渡しました。
シアーノは、インク瓶のインクを別の瓶に少し移して、バルト副団に手渡しました。
「では、陣を描き直します。私はこちらを、バルト副団は向こうをお願いします。」
「了解。描き終えたら連絡します。」
バルト副団は陣に入ると、床を二回ノックしました。
陣が光ったかと思うと、バルト副団の姿は消えていました。
シアーノは筆を手にして、陣の側にしゃがんでいます。
どんな風に陣を描くのか気になります。
「シアーノ、近くで見ても良いですか?」
ワクワクした気持ちでシアーノにお願いすると、レリック様の手が、私の肩に乗せられました。
「セシル、シアーノの邪魔をしてはいけない。」
確かに、レリック様の言う事は尤もです。
私のせいでシアーノが間違えてもいけません。
「分かりました。」
残念ですが、諦めます。
「レリック団長、自分は大丈夫です。セシル嬢、近くにどうぞ。」
シアーノが親切にも、許可してくれました。
「シアーノ、有り難うございます。」
お言葉に甘えて、シアーノの隣にしゃがみました。
じっと見つめ過ぎてしまったのかもしれません。
シアーノはクスリと笑ってから、私に陣を描く説明をしてくれました。
「これは、陣を描く為の特殊な筆です。陣を描くと簡単には消えません。陣を消すには特殊な水を使います。」
シアーノは、筆と水の入った小瓶を、ポーチから出して見せてくれました。
筆は、どこにでもある筆のようですし、小瓶の水は無色透明で、ただの水にしか見えません。
「ここに、二人の名前を書きます。」
陣の空白部分をシアーノが指差しました。
「その辺りは、錠前が見えていた所です。」
「セシル嬢は鍵を掛ける場所に、錠前が見えるようですね。」
そう言いながら、シアーノはサラサラと文字を描いていますが、ちっとも解読出来ません。
「これは、何語なのですか?」
「陣語、でしょうか?陣の為だけの文字です。」
「そんな文字が存在するなんて、知りませんでした。」
「普通に生活していたら先ず、お目にかからないでしょうから当然です。」
シアーノの言葉にハッとしました。
陣の存在自体、公には明かされていないのでした。
「シアーノ、バルト副団です。陣の描き直しが完了しました。どうぞ。」
シアーノの腕輪に、バルト副団から連絡が入りました。
「バルト副団、シアーノです。こちらも完了しました。早速転移を実行してみます。どうぞ。」
「了解、待機します。以上。」
「では、バルト副団の方も完了したようなので使ってみましょう。レリック団長とセシル嬢限定になっているので、自分はどちらかと一緒ではないと戻れないのですが……。」
シアーノが、チラリとレリック様を見ました。
「では、私がシアーノと戻ろう。セシルは先に行ってくれ。」
「はい。」
レリック様に言われましたので、私から陣に入りました。
二回床を足でノックすると陣が光って、レリック様の個室に無事転移出来ました。
「レリック団長、バルト副団です。無事、セシル嬢と合流しました。以上。」
待機していたバルト副団が、レリック様に連絡して下さいました。
その後、レリック様がシアーノの背後に立って、シアーノの両肩に手を乗せた状態で、陣に現れました。
二人を見て、気がつきました。
今朝、レリック様と陣に入った時、何となく向かい合ってしまいましたが、向かい合う必要は無かったのです。
向かい合ったから、抱き合う形になってしまったのでしょう。
レリック様も後ろを向くように言って下されば……いえ、異性に不慣れな私と違って、レリック様にとっては、私が前を向こうと、後ろを向こうと大差無いのかも知れません。
それはそれでどうなのでしょう。
女性として、私はあまりにも魅力がないのでしょうか?
婚約破棄された位ですから、そうなのかもしれません。
女性としての魅力って何でしょうか?
機会がありましたら、どなたかに聞いてみましょう。
ああ、いけません、今は仕事中でした。
余計な事は後にしなければなりません。
「では、最後に私が入って試してみます。」
バルト副団が陣に入って、床を二回ノックしましたが、陣は無反応でした。
「では、自分も。」
シアーノも陣に入って試しましたが、結果は同じ、無反応でした。
「これでこの陣は、レリック団長とセシル嬢限定に描き変わりました。」
シアーノにお墨付きを貰って、レリック様が頷きました。
「では、それを踏まえてエドの陣を発見した時、どう対処するか、だ。」
「それは青騎士団の執務室で……いえ、エド団長に情報が漏れる可能性を考えると、黒騎士団が良いかも知れません。陣の解錠や、描き直しについても、アレク団長と共有するべきでしょう。」
「バルト副団の意見は尤もだ。だが、そろそろ昼時だ。黒騎士団へは午後からにしよう。」
私達はレリック様の個室を出て、食堂へ向かいました。
騎士棟の食堂は初めてです。
どんな場所なのでしょうか。楽しみです。




