30 別の方法
朝、七時半頃、侍女のレミに起こされました。
レリック様は既にベッドにはいません。
侍女に起こされる声も聞こえませんでした。
レリック様は、一体何時に起きているのでしょう。
今日から毎日、青騎士団のエドワード団長が見つかるまで、騎士棟で待機する予定になっています。
自室で騎士服に着替えて、身支度を整えてから、朝食のテーブルに着きました。
レリック様は私が用意出来るまで、食べずに待って下さっていました。
「レリック様、おはようございます。お待たせして申し訳ございません。次からは先に召し上がって下さいませ。」
「私が待ちたくて待っているから気にしなくて良い。さあ、食べよう。」
レリック様は爽やかに言うと、美しい所作で朝食を食べ始めました。
優しくて紳士、モテる筈です。
朝食が終わって騎士棟へ行く時間になりました。
「では行こうか。」
レリック様がサッと私の手を取って、当然のように手を繋ぎますが、未だに慣れません。
そう言えば、先日、騎士棟へ行く時は手を繋がなかったような気が……。
常に手を繋ぐ必要なんてあるのでしょうか。
でも、レリック様が無駄な事をするとは思えません。
「今日は別の方法で騎士棟へ行く。」
「別の方法、ですか?」
手を引かれて、大部屋から、レリック様の部屋へと入室しました。
部屋にある家具は、私の部屋とほぼ同じで、配置は対称です。
ただ、私の部屋には、この床に描かれているような模様はありません。
以前入室した時、無知だったので気にも留めていませんでしたが、今なら分かります。
これはただの装飾模様ではなく、陣だと。
「この陣は転移陣だ。騎士棟にある私の個室に繋がっている。この陣の中央に立って、二回ノックをすると陣が発動する仕組みだ。」
「便利ですね。陣があれば、地下道は必要無いのでは?」
「陣は消される可能性がある。どちらかが機能しなくなると使えない。だから、地下道も必要だ。それに、地下道は様々な場所に繋がっているし、有事の際には避難場所や逃走経路にも使える。」
「色々と考えられているのですね。」
また王宮の秘密を知ってしまいました。
「では早速転移してみよう。陣の中央に来てくれ。」
「はい。」
レリック様と手を繋いだまま、向かい合って陣に入りました。
陣の直径は、一メートル程です。
「私専用だから少し小さいか。もう一歩前に来てくれ。」
レリック様は転移の為に必要だから、そう言っているのだと分かっています。
でも、一歩前に進むと、令嬢が喜び叫ぶご尊顔と、騎士服を素敵に着こなすスタイル抜群のレリック様が、かなり間近に迫って来ます。
出来る事なら、私の心臓の為にも遠慮したいのですが、任務だから仕方がありません。
「……はい。」
頑張って一歩前に進むと同時に、繋いでいる手を引かれて、勢いでレリック様の胸に突進してしまいました。
「っ!」
近いなんてモノではありません。密着です。
身を引こうとしますが、背中にはレリック様の手が添えられて、頬や体がレリック様の体に密着したまま、身動きが取れません。
「レリッ――」
「そのまま。」
動揺する私とは対照的に、レリック様の冷静な声が頭の上から聞こえて来ました。
トントンと二回、足で床を打つ音が聞こえたかと思うと、一瞬明るくなって、気付けば騎士棟にあるレリック様の個室に景色が変わっていました。
どうやら転移に成功したようです。
騎士棟にある個室の床にも陣が描かれていたなんて、先日は気付きませんでした。
「こんな感じだ。簡単だろう。」
レリック様が少し体を離して、それでもかなり近距離から、顔を覗き込んで来ます。
レリック様の距離感は、これが普通なのでしょうか?そうだとしたら、大変困ります。
「そう、ですね。」
確かに転移自体は簡単でしたので、そこは便利だと思います。
「ですが、二人同時は狭い気がします。」
レリック様は何とも思っていないのでしょうが、転移の度にレリック様に抱き寄せられるのは、私の心臓が持ちそうにありません。
「この陣は私専用に描かれたから、私が一緒じゃないと他の者は使えない仕様になっている。しかし、セシルなら使えるのではないか?」
床の陣に目を向けて見ると、確かに錠前が見えます。
レリック様の言うように、解錠を意識して陣に触れれば、レリック様限定の制約を解けるでしょう。
「おそらく可能だと思います。でも、私が解錠してレリック様専用の制約が取れてしまうと、誰でも使える陣になってしまうかもしれません。」
「なるほど、セシルは解けても元には戻せない、か。それは困る。この陣がセシルでも使えるよう、バルト副団に相談しておこう。ああ、忘れていた。扉も登録しておくか。」
レリック様は何か、思い出したようです。
私の手を引いて部屋の扉まで行くと、ドアノブ付近についている、赤いボタンを指差しました。
赤いボタンにも陣が描かれています。
「このボタンは部屋の鍵になっている。扉を閉めると自動的にロックがかかる。扉にロックが掛かっている状態で、ボタンを押しながら声を登録すると、腕輪と反応して登録した者のみ、鍵を開けられる仕組みになっている。セシルも登録しておいてくれ。」
レリック様は赤騎士団の団長です。私は黒騎士団なので、必ず帰りが一緒とは限らないからでしょう。
「分かりました。」
ボタンを押しながら、セシルと声を登録しました。
「これでこの個室は、私とセシルだけのものだ。」
手を繋いだまま、見つめられて、まるで恋人に言うかのようなフレーズをレリック様が口にされました。
「……そう、ですね。」
レリック様にとっては、単なる事実という認識なのは分かっていますが、不覚にも赤面してしまいました。
今後もレリック様の無自覚な言動に振り回されるのでしょうか。
分かっていても、心臓が持ちそうにありません。




