3 レリック
夜会会場を出て、庭園を通り、馬車乗り場へ向かっていると、前方からレリック第二王子殿下がやって来ました。
サラサラな金髪と、サファイアのような美しい青い瞳、スッと通った鼻筋に形の良い唇がバランス良くお顔に配置されています。
背は高く、引き締まった体は何を着ても着こなしてしまうでしょう。
レリック殿下は王国騎士団の団長でもありますから、普段、公式の場でお見かけする服装は、王国騎士団の白い騎士服姿が多いです。
しかし、本日は一年の中でも大きな行事の一つである建国祭です。
王家主催の大規模な夜会とあって、普段の騎士服よりも、豪華な金糸や飾りが施されている特別な騎士服を纏っていました。
凛々しさが数割増に見える気がしました。
そんな見目麗しい殿下ですが、王族には珍しく、未だに婚約者が決まっておりません。
毎回、王家主催の夜会では、殿下との結婚を望む貴族令嬢達の激しいアピール合戦が始まります。
幸い、私は成人と同時に婚約者が決まりましたので、婚活とは無縁でした。
もし、婚約者が決まっていなくても、平穏をこよなく愛するハズレ加護の私は、競争率の激しい殿下との婚約なんて望まなかったでしょう。
仮に望んだとしても、ハズレ加護です。叶う筈がありません。そこは確信が持てます。
そんな令嬢の憧れで、雲の上のような存在の殿下と遭遇してしまいました。
夜会等、社交の場以外で、王族にお会いした場合、膝を折って声をかけられるか、通過するまでそのまま待つのがマナーです。
ここは会場の外ですので、スッと横に寄って膝を折り、待機しました。
「君、名前は?もう帰るのか?」
通過すると思っておりましたのに、声をかけられてしまいました。
立ち上がって、お返事を返します。
「アセンブル伯爵の娘、セシルでございます。もう、充分に楽しませて頂きました。では、」
失礼します。と言う前に話しかけられてしまいました。
「実は今、貴族の馬車が盗賊に襲われたと連絡が入った。まだ犯人は捕まっておらず、近くにいる可能性も高い。安全の為、暫く馬車は待機させ、帰宅希望者は休憩室に案内すると決まった。丁度良いから、私が案内しよう。」
殿下にエスコートの形を取られてしまっては、従うしかありません。
なんてタイミングが悪いのでしょう。早く立ち去りたいのに、馬車が動かないなんて。
仕方なく殿下の腕に掴まりました。
王宮内の庭園は、ランプでライトアップされて、幻想的な雰囲気です。
殿下とこんな素敵な場所を歩いたなんて他の令嬢に知られたら、嫉妬から何をされるか分かりません。
誰にも見つかりませんように……。
思いが届いたのか、幸い誰にも見つからずに休憩室までたどり着きました。
休憩室にはローテーブル、四人掛けのソファーが向かい合うように二脚あります。
室内には誰もいません。
考えてみれば当然です。まだ夜会が始まって一時間も経っていません。
こんなに早く帰るのは、私くらいでしょう。
「好きな場所に座りたまえ。」
殿下に促されてソファーに座ると、私の真向かいに殿下がドサリと座りました。
殿下は前屈みになって、肘をそれぞれ左右の膝に乗せた状態で、両手の指を組み、その上に顎を乗せました。
その体勢のまま、美しいサファイア色の瞳でじっと見つめて来ます。
何なのでしょうか。
ご用があるなら、さっさと言って去って欲しいものです。
殿下と二人きりで、とても気まずいです。
これならば、夜会会場に戻った方がましです。
「さて、どうやって箱を開けた。目の前で見ていたが、さっぱり分からなかった。」
「え?」
もしかして、もしかしなくても、初めから話を聞くために、ここへ連れて来られたのでしょうか。
なんと言うことでしょう!早々に知られてしまうなんて!
でも、待ってください。私は誰もいない事を確認しました。
殿下のような誰もが振り向く目立つ方を見失う筈がありません。
「目の前、とおっしゃいましたが、私が会場から出た時、殿下は私の向かいからいらしたと記憶しております。」
「ドレスを着た令嬢を追い越して先回りするなんて、勝手知ったる我が王宮では簡単だ。私は『存在を消せる加護』がある。君は何をした。」
殿下の青い瞳が鋭く光った気がしました。
王族が加護について自分から話すなんて、あり得ません。
ですが、殿下は自らの加護を話す事で、全て目の前で見ていた。嘘をつくのは不敬だ。そう、おっしゃりたいのでしょう。
諦めて正直に話した方が良さそうです。
「私は『解錠の加護』があります。鍵ならば、触れるだけで何でも解錠出来ます。」
「解錠の加護なんて初めて聞いた。目の前で見せてくれ。」
殿下はポケットから夜会会場にあった物と同じ箱を出して、テーブルに置きました。
「では。」
私は箱の鍵穴近くを手で触れました。
すると、パチンと解錠される音がして、僅かに箱が開きました。
「確かに触れるだけで開いたな。」
殿下は箱の上蓋を開けて中を見つめていますが、中には何も入っていません。
「賞金が貰えるのに、何故身を隠そうとする。」
箱を閉じた殿下は、私の前に再び箱を差し出して来ました。
また鍵がかかっています。蓋を閉じると鍵が勝手に掛かる仕組みのようです。
「私は平穏な生活を送りたいのです。解錠の加護が知られれば、厄介事に巻き込まれてしまうでしょう。」
話ながら箱に触れて、再び解錠しました。
解除した箱を殿下は手にして、相づちを打ちました。
「それは違いない。あと、毎年建国祭の余興に出される小物。あれは、なかなかに厄介な物だ。この箱は魔を入れて消す箱らしい。」
何故そんな話を?と思いながら、疑問が浮いてしまいます。
「ま、とは、もしかして、常に囚われないように気を付けるべき魔の事ですか?」
「そうだ。」
魔、それは私達の心に潜む闇。とも言われています。
魔に囚われると、人は疑心暗鬼になり、身の破滅を招く。だから、魔に囚われないように気をつけて生活しなければならない。そのように幼い頃より教わります。
けれど、ほんの僅かな心の隙に魔は作用するそうで、いち早く魔を払うには、気分転換が有効だとされています。
その為、朝の九時、午後の三時、午後の九時に、払いの鐘が教会で鳴らされます。
その間、国民は片手を胸に当て、目を閉じ、上を見上げて深呼吸をする儀式を必ずしなければならない決まりなのです。
もし、魔に囚われてしまった場合、祓い屋と呼ばれるフードを被った怪しい方々が、どこからともなくやって来て、魔を祓う為に何処かへ連れて行かれる。
そう幼い頃から脅されて、儀式を忘れないように教育されるのです。
実際に、祓い屋と呼ばれるフードを目深に被った人達が王都を歩いています。
しかし、彼らが本当は何をしているのか、誰も知りません。
怪しい宗教団体では?という噂も流れています。
「魔、も様々だが、この箱は目に見えるほどに成長した厄介な魔を封印して消すらしい。実際にまだお目にかかった事はないが。それとこの箱、開けて暫く持っていてくれ。」
「え?はい。」
殿下から箱を渡されて受け取ると、また鍵が掛かっています。
解錠して、言われた通り箱を両手で持ちました。
何がしたいのでしょう?
「それにしても、魔が見える程成長するなんて知りませんでした。」
「どうやら王都に一体いるらしい。」
「一体?一人ではなく?」
「ああ、因みにこれは、極秘情報だ。」
殿下は口元に人差し指を当てて、サファイアの様な青い瞳で私を見つめました。
ああ、とても、本当にとても嫌な予感がします。