27 婚約披露パーティーの後
夜十時を過ぎた頃、婚約披露パーティは終了しました。
殿下のエスコートで王家専用の扉から退場して、私室へと戻ります。
参加者は途中でさっさと帰れますが、主役はそうもいきませんので、さっさと帰っていた身としては、大変疲れました。
でも、恋愛について鈍い事や、自分の気持ちを伝える大切さに気付けましたし、人間関係のわだかまりも無くなりましたので、有意義なパーティだったと思います。
殿下やアレク団長に、美丈夫ファンクラブの会報誌に載せても良い情報を聞かなければなりませんが、王家の皆さんを初め、意外にも沢山の方々に祝福されてしまいました。
殿下といえば、他の方々に結婚を諦めさせる為、率先して私との仲良しをアピールしていたようです。
そんな事をして、いざ婚約破棄する時、どう説明するつもりでしょうか。
私としては今の所、殿下に対して不満はありません。
出会う方々は素敵な方ばかりで恵まれていますし、応援されてしまいました。
それに、王家の秘密も沢山知ってしまいましたから、王宮にいる方が安全な気がします。
婚約した時、私の加護が役に立って、ご褒美が貰えるのなら婚約破棄されても良いと思っていました。
でも、今は婚約破棄されない方が有難いと思い始めています。
ただ、一生困らない穏やかな生活も捨てがたいので、どちらにしても私にマイナスはありません。
任務の為とは言え、今は婚約者ですから、相応しくあるよう頑張るつもりです。
それにしても、お腹が空きました。
パーティ会場には立食形式で美味しそうな料理が沢山用意されていましたのに、ダンスや交流が忙しくて、口にしたのは飲み物だけです。
だから、食事はドレスを着る為、遅めの朝食を取ったきり。
お腹が鳴らなかった自分を褒めてあげたいです。
ぐぅぅぅ……
「!?」
自分を褒めた直後に鳴りますか?私のお腹!
しかも、誰もいない静かな廊下を歩いている時に鳴るなんて、恥ずかし過ぎます。
殿下がチラリとこちらを見た気がしたのは、きっと気のせいではありません。
紳士として、気を遣って下さったのでしょう。
何も言わないまま、私室まで続く静かな廊下を変わらずエスコートして下さいます。
後ろに付いている二人の護衛騎士は距離を取っていますので、何も聞こえていないと思いたいです。
このまま知らないふりをするべきでしょうが、明らかに私のお腹は鳴りましたので、とても気まずいです。
私室に着くまで黙っていられませんでした。
「あの、殿下。」
「…………。」
返事がありません。声が届かなかったのでしょうか?そんな筈は……あ!
「あの、レリック様。」
「何だ?」
同じ声量だったのに、今度は反応されました。
どうやら名前呼びは継続しなければならないようです。
「お願いが二つ、あるのですが、宜しいでしょうか?」
回りくどい言い方をしてしまいました。
「内容による。何だ?」
「あの……お腹が空いてしまいまして、何か用意して頂けないでしょうか。」
「パーティの後は食事を用意するのが普通だから安心しろ。風呂後にと思っているが、それで良いか?」
「はい、ご用意して頂けるなら有難いです。」
気まずい沈黙を何とか会話で繋いで、ようやく私室に戻って来ました。
早速お風呂を済ませて、再び大部屋へ入室しました。
既に、テーブルには殿下お勧めの具沢山サンドイッチとスープが用意されています。
「お待たせいたしました。」
席に着いて紅茶を飲んでいる殿下の向かいに着席しました。
やはりシャツタイプの寝間着は、ボタンが三つも外されて、色気駄々漏れです。
ジェーン様が泣いて喜びそうですが、私は相変わらず見慣れなくて、目のやり場に困ります。
侍女長のシーナに、殿下の寝間着について相談しておけば良かったです。
きっと私の気持ちを理解してくれるでしょう。
仕方が無いです。今日も耐えるしかありません。
「セシル、もう一つのお願いとは何だ?」
殿下から聞いて下さるのは、言いやすくて助かります。
「はい、公爵令嬢のジェーン様から、美丈夫ファンクラブの会報誌の為に、殿下の情報が欲しいと頼まれまして、殿下さえ宜しければ、何か差し支えない事を教えては頂けませんでしょうか?勿論、無理にとは言いません。」
「…………。」
殿下は無言でサンドイッチを食べ始めました。
怒ったのでしょうか?殿下はそんな事で怒ったりは……あ!
「レリック様さえ宜しければ、ですが、駄目でしょうか?」
顔を窺うように首を傾げますと、サンドイッチを口に運んでいた殿下の手が止まりました。
「……っ、別に構わない。美丈夫ファンクラブを敵にするのは面倒だ。結婚を諦めてくれるのだから、少しくらい貢献しよう。」
やはり、これからずっと名前呼びしなければならないようです。
情報提供については思ったより、すんなり了承して下さいました。
ジェーン様を初め、皆様きっとお喜びになるでしょう。
「ジェーン様で思い出しました。ダンスの時、レリック様が令嬢方に私の事をお願いして下さったそうですね。有り難うございます。お陰で、皆様から受け入れて頂けたようです。」
「それは何よりだ。婚約者のセシルに害をなせば、王家の決定に反発したとして、不敬罪になる。そうなると面倒だから対策したまでだ。」
ダンス中、甘い微笑みで囁き、令嬢を魅了しながらも、殿下は冷静に、そんな事を考えているのです。
殿下が私に惚れているなんて、ジェーン様や令嬢方は思っているようですが、実は全く違うのです。
「ダンスのお相手をした全ての令嬢を骨抜きにしているとも伺いました。レリック様の笑顔は無敵ですね。」
殿下は腹黒ですが、味方ですと心強いです。
「無敵、か。だと良かったのだが。」
殿下は私を見て、フッと笑うと、サンドイッチを指差しました。
「そろそろ食べたらどうだ。お腹が鳴る程、お腹が空いていたのだろう。」
やはり、お腹の音を聞かれていたようです。
恥ずかしさで顔が熱くなりました。
「今、言いますか。折角忘れていましたのに。」
「つい、言ってしまった。済まない。」
その楽しそうな言い方は、済まないと思っていない済まないです。
私をからかう為に、敢えて今言ったのでしょう。
殿下はそういう悪戯好きな所が……いえ、腹黒なのです。
むうっと頬を膨らませながら、サンドイッチに手を伸ばして、両手で持つと、パクッとかぶりつきました。
「ああっ、美味しくて、幸せです。染み渡ります~。」
不機嫌も吹き飛んで、ふにゃっと顔も自然と綻んでしまいます。
クスクスと殿下に笑われてしまいました。
「それは良かった。だが、厄介な事になるから、外ではそんな風に気を抜いてはいけない。気を抜くのはここだけ、私の前だけにしておけよ。」
厄介な事?ああ、きっと、殿下に相応しくないと思われるのですね。
「分かりました。外では王家の一員として淑女らしく、上品に振る舞うよう、心掛けますね。」
「そんなに気負う必要は無い。外で気を抜かなければ、今まで通りで問題無い。今は私と二人だけだ。リラックスして、食事を楽しむと良い。」
「……はい。」
色気駄々漏れの殿下を前に、完全なリラックスは難しいですが、味に集中すればリラックス出来そうです。
食べかけのサンドイッチを口に運びました。
殿下もお腹が空いていたようで、両手にサンドイッチを持って、物凄い勢いで食べています。
「レリック様の好きな食べ物は、具沢山サンドイッチとお教えしても、よろしいですか?」
「ああ、構わない。」
殿下に許可を貰って後日、レシピと共にジェーン様に手紙で伝えました。
美丈夫ファンクラブの会報誌に取り上げられた具沢山サンドイッチは、令嬢の間で爆発的に広がり、軽食の定番になったそうです。




